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INTERVIEW ART
歌舞伎俳優・中村隼人さん
「舞台とは全く違う難しさ」
妙心寺展で音声ガイドに初挑戦
2026.2.3
大阪市立美術館で2月7日から開催される「興祖微妙大師650年遠諱記念特別展 妙心寺 禅の継承」では、歌舞伎俳優の中村隼人さんが音声ガイドのナビゲーターを務めます。音声ガイドは初挑戦という隼人さんに、収録の難しさや妙心寺とのゆかりについて聞きました。
——初めての音声ガイド収録を終えられましたが、率直なご感想をお聞かせください。
私自身、美術館にはよく足を運んでいまして、音声ガイドを借りることもあります。いつか自分でもやってみたい仕事のひとつだったので、今回それがかなってとてもうれしい気持ちとともに、「こんなに難しいのか」ということを痛感しました。
——具体的にどんなところに難しさを感じましたか?
音声ガイドのナレーションには、絵を見ている方の想像力をかきたてるような役割も求められますよね。どの程度、言葉に感情を込めるのか、どのテンションで喋るのがいいのか、舞台とはまったく違う難しさがありました。
舞台では、役者は「役」を演じます。お客様も、「役」を見に来ていらっしゃる。だから私たちは、役として直接お客様に語りかければいい。でも展覧会というのは作品をご覧になっている方に語りかけるのであって、私は見ている方の「鑑賞」のお手伝いをするということ。そこは、舞台とは全然違うと感じました。
——歌舞伎役者としての技術が生きたと感じる場面はありましたか?
それは実際に音声ガイドを聴いていただいた方が判断されることだと思いますが……。逆の話ではあるのですが、実は、身に染みついている歌舞伎独特のイントネーションで苦戦したところがありました。例えば「縁(ゆかり)」という言葉。歌舞伎十八番のひとつである「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」では、「ゆかり」の部分を独特のアクセントで言うのですが、何度直されても、つい歌舞伎のイントネーションが出てしまう。何ヵ所か、そういう場面がありましたね。
——今回の収録は「音声ガイド史上最高難度」だったそうです。
そうだったんですか!(笑)
休憩の時、「こんなに難しいのか…」と、実は若干落ち込んでいたのです。お寺やお坊さんの名前は読み方が難しいものが多い。でも台本のふりがなに気を取られてしまうと、どうしてもスムーズに言葉にならないところも出てきます。今、最高難度だったと聞いて、むしろうれしいですね。完璧に読めた箇所が2つほどあって、その時は思わず大きくガッツポーズをしてしまいました。これが歌舞伎俳優の力だぞと(笑)。
——収録前に準備をする時間はあったのですか?
台本を前もっていただいたので、線を引いて自分なりに組み立ててはいました。ただ、いざスタジオで、無音の場所で収録が始まると勝手が違うんですね。自分が作り出した“語り”のテンポに、現場で自分が崩されていくような感覚もありました。
でもあまり考えすぎると逆効果なので、「ダメだったらリテイクをお願いすればいいんだ」というくらいの気持ちで、ナレーションでやってみたかったことにいろいろ挑戦したんですよ。歌舞伎のセリフ――、例えば「楼門五三桐(さんもんごさんのきり)」で石川五右衛門が「絶景かな」と言う場面がありますが、これを以前、ナレーターの方が言うのを聞いたことがあって。「これは“本物”がやらなくては!」と思っていたので、それが実現しました(笑)。
——今回、展覧会で特に興味を持たれた作品はありますか?
虎の屏風ですね、狩野山楽の「龍虎図屏風」。左隻に豹が描かれていて、これが雌の虎を意味している、というナレーションをしたのですが、私自身も学びになりました。当時の日本では、虎を見たことがない人がほとんどだったそうです。そんな中で、「虎の雌はこういう柄なのではないか?」と絵師が豹柄を独自に使ったりしたのかなと想像したりして、すごく面白いなと感じました。
——ところで今回の展覧会は「妙心寺―禅の継承」というタイトルですが、隼人さんは妙心寺塔頭(たっちゅう)での禅の修行体験がおありでしたね。
はい、5年ほど前に塔頭の退蔵院で修行をさせていただいたことがあります。早朝の掃き掃除や座禅をさせていただいて、心が整うというか、煩悩が落ちていく感覚というのでしょうか。心身がとてもスッキリする体験でした。
——座禅の体験は、その後の役作りにも生きましたか?
妙心寺に行った後、歌舞伎でお坊さんの役を何回かやらせていただいたのですが、悟りを開くとか、心を整理するとか、そういった場面での役作りに非常に役立ちましたね。普段、私たちはずっと頭を働かせて、心配事や次にやらなきゃいけないことを考えているわけですが、座禅によって頭をからっぽにしてリセットすることがどれだけ大事か。それを学べたのが本当に大きかったですね。
——展覧会を鑑賞される方に、どのように作品を感じてほしいですか?
絵師や、作品を代々守り続けてきたお寺は、どんな気持ちでこれを描き、継承してきたのか――。そんなことにも思いを馳せながら見ていただければ。音声ガイドでは比較的オーソドックスな見方をお話ししていますので、それと、ご自分の感じたことを照らし合わせて、「なるほど!」とか、「自分はこういうふうに見たけれど…」と対話するように聞いていただくのも、楽しみ方のひとつだと思います。いろんな意見があっていいし、いろんな思いがあっていい。とにかくこの音声ガイドをぜひ、聞いてみてください(笑)。
名越加奈枝
ライター、エディター。
ライフスタイル誌や、ノンフィクション、実用書などの書籍を刊行する出版社勤務を経てフリーランスに。旅や食、ビジネス、医療関連の書籍編集や、web媒体での執筆などで活動中。
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