記事保存

日経BizGate会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。

他人の手帳を読むことの魅力 断片的な情報が思考を刺激

『他人の手帳は「密」の味』(志良堂正史著、小学館)

ひらめきブックレビュー

デジタル機器全盛の時代だが、日々の記録は紙の手帳を使う人もいるだろう。手帳は他人が読むことを前提としておらず、自分にしか分からない感覚的・私的なことも記載する。そうした手帳・日記を収集し、手に取って読めるようにしているユニークな場所がある。東京・渋谷などにある「手帳類図書室」だ。

本書『他人の手帳は「密」の味』は、手帳類図書室の代表を務める志良堂正史氏が、「他人の手帳」の醍醐味についてつづった一冊。実際の手帳や日記(手帳類)を取り上げ、断片的な記載から持ち主のキャラクターを読み解いたり、人間ドラマを味わったりしながら、紙の手帳が持つ魅力を伝えている。

著者の志良堂正史氏はサラブレッドの調教やゲームプログラマーなどの経験も有する。2014年より手帳類の収集を開始し、2000冊以上を所有。手帳類図書室で一部を展示している。

他人の記述から自分の感情を知る

手帳類は書き手だけの記録であり、起承転結もなく、白紙のページもあったりする。それで読みづらいだとか、つまらないと思ってはいけない。断片的な情報から面白さや魅力を、読み手が主体的に見いだす姿勢が必要だと著者は主張する。

例えば、男性ギャンブラーの10年日記では「パチンコでまた負けた」「本当にやめなければ」と、やめられないパターンが繰り返されている。一方で、収支については克明に記録されており、毎日日記をつけるきちょうめんさも持ち合わせている。ギャンブラーは意志が弱く金銭的にだらしないという固定観念を覆す、人間のリアルさがあると著者は述べる。

また「夜」を「ヨる」と書いている手帳がある。著者は文字の丸さから書き手のキャラクターを想像している。一方、私は同じページにある「投薬6日目=3」の記載が目に留まった。「=3」はため息の表示だろうか。

私自身も服薬生活を送っており、時折薬を飲むことがおっくうになる。この人も服薬が面倒なのかもしれない。名も知らない誰かの記述を通して、普段は意識していない自分の感情を知った気がした。

書き手をバカにする読み方はしない

著者が手帳類の収集を始めたきっかけは、フランス文学者の東宏治著『思考の手帖』との出会いだった。東氏自身の手帳の記録を活字化した本だ。この本を読み、情報の断片から思考が創発される体験に魅了された。そこでネット上で呼びかけ、使用済みの手帳をまずは1冊千円で買い取るようになったという。

正直に言えば、他人の手帳をのぞくことは下世話な好奇心を満たす行為だと思っていた。けれども著者は手帳の内容をさらして、バカにするようなことはしない。展示やメディア利用について持ち主に許可を取り、買い戻しも可能な契約を取り交わすなど、管理体制もきちんと構築している。何より、断片的な情報に意味やストーリーを見いだそうとする姿勢は、とても真摯だ。

本書には1冊3キロを超える分厚いものなど見たこともない手帳類が登場し、読み進めるほど手帳の面白さや奥深さが実感できる。新しい年は私も、紙の手帳を使ってみたい。

今回の評者 = 倉澤 順兵
情報工場エディター。大手製造業を対象とした勉強会のプロデューサーとして働く傍ら、11万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。東京都出身。

他人の手帳は「密」の味

著者 : 志良堂 正史
出版 : 小学館
定価 : 1,100 円(税込み)

セミナー

Seminar

「日経BizGateイベントガイド」では、
企業が主催する法人向け無料イベント・セミナー情報をご紹介しています。