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統合IoTでビルを「スマホ」化 発想・知識を蓄積利用

清水建設、温故創新が開く次代の建設技術(中)アップデートできるビル

Art with Tech
あらゆるモノがネットにつながる「IoT」や人工知能(AI)が建設業の可能性を広げている。清水建設は日本の木造建築をはじめ文化財建造物を守る自動火災検知放水システム「慈雨」を開発。同社の「温故創新の森 NOVARE」(東京・江東)に移築した江東区指定有形文化財「旧渋沢家住宅」にこの技術を導入した。統合IoTによるアップデート可能なビル、3Dプリンティング建築施工を含め、温故創新の理念で同社が普及を目指す次代の技術について3回連載で報告する。

清水建設はビルを丸ごとアップデートする建築技術の社会実装を進めている。建物への基本ソフト(OS)「DX-Core」の導入に加え、建物自体をスマホ化する「統合IoT」技術だ。照明や空調、カメラ、ロボットなど、ビル内のネット接続機器をAIも活用しながら連動させる。新築案件だけでなく、日本の都市部に1万棟以上ある既存のオフィスビルの価値も高める。「社員の知識や企業のノウハウが蓄積されていくビルになる」と設計本部プロポーザル・ソリューション推進室プロジェクト計画部部長の牧住敏幸氏は語る。

牧住敏幸(まきずみ・としゆき) 1994年早稲田大学理工学研究科建築学専攻修了後、清水建設入社。96年多摩大学情報経営学大学院にてMBA取得。個人プロジェクトとして「貸はらっぱ音地」を主宰(日本建築士会連合会まちづくり賞)。各種PFI・PPPプロジェクトや木質建築、データセンターから教育・文化施設まで多岐にわたる設計に携わり、公共建築賞をはじめ、グッドデザイン賞、ウッドデザイン賞など受賞。新たな建設のあり方を目指す施設「温故創新の森NOVARE」では日経ニューオフィス大臣賞、BCS賞等を受賞

いろんな設備が簡単につながる

――IoTをビル全体に張り巡らす「統合IoT」のコンセプトは何ですか。

「当社はまず、自社開発したOS『DX-Core』を建物に導入し、照明や空調など設備機器ごとに異なっていた言語をAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)で翻訳して統一し、世界標準のインターネット通信方式『TCP/IP』で制御・操作できる環境づくりを提唱しました。『DX-Core』はローコード(プログラムレス)でのサービス開発を可能にし、ビル内の運用をデジタル化する『建物OS』です。当社の『温故創新の森 NOVARE』に導入し、建物の中枢に近い既存の各設備を言語共通化してきました」

「さらに一歩進み、より人間に近いインターフェースの部分も横串につなぎ、AIによる自動制御も活用したスマートなオフィス空間を築こうというのが『統合IoT』です。当社の『NOVARE』で統合IoT化を進めています。照明も空調もロボットも『DX-Core』によって共通のTCP/IP対応に変わったわけですが、次はPoE(パワー・オーバー・イーサネット)照明がポイントになりました。これはLAN(構内情報通信網)ケーブル1本で電力とデータ通信の両方を照明器具に送るシステムです」

「従来の照明設備はスタンドアローン(単独)で制御しますが、PoE照明は高速通信規格イーサネットを通じて電力も供給しながら照明も制御します。そうなると照明だけでなく、様々な設備や機材を同じイーサネットにぶら下げることができるようになります。イーサネット網にあらゆる設備を全部つなぐことによって、人間が日々身近に接するインターフェースのデバイスも含め統合IoTが実現するわけです」

統合IoT技術でビルをアップデートする仕組みの説明を動画で視聴(音声が出ます)

NIKKEI BizGate

建設会社からIoT提案

清水建設の「温故創新の森 NOVARE」は2024年、ニューオフィス推進協会と日本経済新聞社が主催する「第37回日経ニューオフィス賞」でニューオフィス推進賞・経済産業大臣賞を受賞した。長期ビジョン「SHIMZ VISION 2030」で掲げた企業像「スマートイノベーションカンパニー」の実現を目指す複合オフィスとして、統合IoTによる最先端のオフィス環境を評価された。その先進事例を視察するために、建設関連業に限らず様々な業界から日々来訪者が絶えない。

――具体的にはどのような設備や機材が統合IoTでつながっていきますか。

「各種センサーやマイク、スピーカー、カメラ、レコーダーなどです。空調設備やPoE照明は頭の部分ではTCP/IPで連動していますが、人間が接する末端のインターフェース同士はつながっていませんでした。建物内の各所にセンサーやカメラなどはありますが、それぞれ別々に回線を敷いていました。しかし今後はPoE照明のイーサネットにセンサーもカメラも接続できるようになっていきます」

――ビル内の設備の増設やアップデートが簡単にできるようになりますか。

「はい。これまでの設備はメーカーごとに縦割りで、配線も全部縦割りでした。末端同士、端末同士がイーサネットで共有できるというのがこれからの統合IoTの姿になります。こうして共有可能になるということは、末端の様々な機器を容易に増設したりアップデートしたりできることを意味します。オフィスビルの『スマホ』化です」

「オフィス内でTCP/IP化とイーサネット利用を進めると、機器の増設を可能にするハブが余ってきます。そこに新たな機器を挿して、さらにまた別の機器につないでいきます。日本ではアップデートやバージョンアップが容易にできる本当の意味でのスマートビルの建築がなかなか進んでいません。各種設備の通信接続の方式などがメーカーごと縦割りであるためです。それならば、当社のような建設会社が統合IoT化を顧客に提案し、スマートビルの実現に貢献しようという考えです」

「まずPoE照明の設置から始まり、建物のエリア全体にイーサネットを敷いて、そこにいろんなデバイスを付けていきます。従来のようにOS『DX-Core』で各設備の頭のほうをつなげただけでも、確かにいわゆるスマートビルにはなります。しかし、末端の機器を別々に配線して増設したり取り換えたりしなければなりません。それが求められるスマートビルの姿だろうか、と常々疑問に思っていました。そこで従来のスマートビルの作り方を取り払い、イーサネットを含む統合IoTの手法に挑戦してみようと考えました」

中古ビルも高付加価値化

――見学に来た人はどういった点に関心を持ち、どうしたいという要望が出ていますか。

「これからのビルは自分たちでアップデートできるのですね、と皆様が驚かれます。例えば、建物内の照明設備を変更・増設する場合、普通の照明機器は弱電と強電のうちの強電ですので、電気工事が必要になってきます。しかし、PoE照明は弱電なので、USB(ユニバーサル・シリアル・バス)規格の情報機器と同じです。電気工事技師しかできない作業ではなくなります。USBならば誰でも簡単に自由に挿せます。そうなると、日本の設備工事業界やメンテナンス業界も変わっていくと思います。ビル管理会社や設計者も関心を持って当社の事例を見学しています」

2023年に竣工した「温故創新の森 NOVARE」のオフィス内を歩くと、天井に張り巡らされたPoE照明がセンサーの役割も兼ねて、人の働き方や好みに合わせて照明を調節できる。床には空調システムが埋め込まれており、これも人の動きに応じて最適な送風や冷暖房を実現する。

通路には自動運搬ロボットが行き交う。建設会社として次世代のスマートビルに率先して挑戦する姿勢がみえる。こうしてアップデートが可能な建物になると、既存の中古ビルでもこれに近い先進的な機能を備えることができるようになりそうだ。

「温故創新の森 NOVARE」のオフィスの床には空調システムが埋め込まれており、人の動きに応じて最適な送風や冷暖房を実現する

――アップデートが可能になれば、既存の中古ビルも高付加価値化できますか。

「既存のビルも容易に高付加価値化が可能になります。わざわざ電気工事をすると高い費用がかかることを(顧客企業の)皆さんはよくご存じです。今の建設業界は、ブロック崩しゲームの状態だと思います。画面上を反射しながら移動するボールを打ち返し、れんが状のブロックを消していくゲームです。建てては壊すということしかできません。しかし、今後は建物にいろんなソフトがインストールされるのと同時に、建物が人のパートナーになってきます」

「例えば、照明や空調だけでなく、スピーカーやマイクもイーサネットにつないで、AIも活用すれば、社員のスピーチや会話も記録されて共有の知識としてビル内に蓄積していけます。例えば、社員の業務についていえば、『彼女はこういうことができる』『こんな提案を彼は会議で昨年発言した』などといった記録が有意義な情報となって活用されていきます。企業の空間建築が一つのセキュリティーというか、知識の積み重ね、アーカイブになっていくのです」

「学習するビル」の出現

――ビルのAI化が進んで「学習するビル」になるということでしょうか。

「その通りです。企業は単に建築物の床を使うだけではなくなります。本社の場所にすぎなかった建物自体が知識を吸収し、歴史を持ちます。本社ビルが200年を経れば、その建物自体に200年の歴史が積み重なってきます。どんどん知識やノウハウがたまっていくビルになると、それはもう単なる建築ではなくなります。だから統合IoTはすごく大切な技術なのですが、目で見えにくいので、来訪者にもなかなか伝わらず、理解が進みません」

「使い方に気を付ける必要はありますが、マイクでビル内の会議や打ち合わせの声を拾えば、アーカイブとして活用できます。例えば、会議室のプロジェクターを統合IoTにつなぐと、打ち合わせの中で、『それは1年前に誰々さんとも議論しており、こういう結論になっている』とパッと出てきます。みんなどこかの会議室で同じような議論をしているので、アドバイスができるようになります。そうなると、生産性は2倍に高まり、仕事の半分はしていなくてもよくなります」

ビルは知識を積み重ねていくと説く牧住氏

建築が動き出す

――建設業のあり方も変わりますか。

「いろんな業界の人たちと力を合わせて統合IoTを推進すれば、建築のあり方が大きく変わり、AIとテクノロジーによるオフィスのイノベーションが加速します。ビルで働く環境も、快適かどうかという次元にとどまらなくなります。今は個人が快適だと、業務が速く進むみたいな形のオフィス設計ですが、AIが業務をレコメンド(推奨)してくれるようになると、もっといろんなところで仕事をしたほうが良くなったりもするでしょう」

「建築物は動かないことが常識でしたが、ロボットが普及すると動き出します。建築の仕組みをロボットと一緒に屋外に持ち出していけるという発想です。そうなるためには、ロボットを含むソフトや空間、配線設備の統一化が当面の課題になり、今まさに統合IoTで挑戦し、たたき台にしているわけです」

「人手不足の中で不要な電気工事も減らせます。エネルギー資源や資材の不足と高騰という課題もある中で、物理的なものを作るよりも価値を創るという方向性を建設会社も少しずつ取り入れていくべきです。例えば、ネット上で『シミズ・ストア』みたいなサイトを作り、メンテナンスやビルのバージョンアップのための様々なアプリを提供していくことも考えられます。統合IoTには建設の未来があると多くの方々に知ってもらうことが重要です」

「建設」の枠を超える清水建設の最先端技術を伝える3回連載。第3回は建設用3Dプリンティング技術についてリポートする。

(池上輝彦、撮影 矢後衛、動画編集 本山香菜子、原右子)

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