世界最大の広告コミュニケーションの祭典「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」は、アワード各賞のほか期間中に開催されるセミナーも注目を集める。カンヌライオンズ2024では米国のグーグルやマイクロソフトといった巨大テック企業が、相次いで生成AI(人工知能)に関するセミナーを開催した。幹部らが自社が開発した生成AIサービスを檀上で実演するなど、世界各国の広告マーケティング関係者やクリエーターにAIの利用を促した。ただ、今年のグランプリや金賞を受賞した作品でAIの活用を大きく打ち出したのは一部にとどまった。

グーグル、マイクロソフト、オープンAI
「AIは人間の無限の好奇心を満たすためのツールであり、クリエーターやビジネスに与えるインパクトは計り知れない」
米グーグルが6月19日に開催したセミナーで、広告担当ヴァイスプレジデントのヴィディヤ・スリニバサン氏はこう強調した。クリエイティブラボのアレクサンダー・チェン氏は同社の生成AI「Gemini(ジェミニ)」を駆使し、様々な画像や広告コピーを創り出す過程を実演して見せた。これを受け、スリニバサン氏は「生成AIはクリエーティブ制作の可能性を解き放ち、その規模や速度を大幅に高める」と語り、来場した広告やマーケティング部門の関係者に生成AIが有用であることを何度もアピールした。

一方、米マイクロソフトのAI担当ヴァイスプレジデントのジャレッド・スパタロ氏は6月20日のセミナーに登壇し、「産業革命が手作業を変革したのと同様に、AIは知的労働を再発明する機能を果たすようになるだろう」と述べた。スパタロ氏は壇上のモニターに同社の生成AIサービス「Copilot(コパイロット)」の画面を映しながら、スーツケースの新製品を企画する事例を紹介。「本来なら非常に時間のかかる作業だが、コパイロットを使えば時間を短縮し、より効果的に企画できる」と説明した。
そして「コパイロットは最高に創造的なブレーンストーミングのパートナーになる。文字通り、指先にクリエーティブ部門があるようなもので、しかもけっして(人間のように)疲れることがない。私たちマーケティング担当者全員にとって、AIは、より多くの時間、より多くのスペース、より多くの能力を与えてくれる、問題を解決するための真新しくエキサイティングなツールなのだ」と結論づけた。

「(生成AIの)ツールは急速に変化している。最初は少し怖気づくかもしれないが、自分のワークフローに導入することで、実際にどのような問題が生じやすいのかを理解できるでしょう」
生成AIが普及するきっかけとなった「Chat(チャット)GPT」を開発した米オープンAI。CTO(最高技術責任者)のミラ・ムラティ氏は、米アクセンチュアグループのコンサルティング会社であるアクセンチュアソングCEO(最高経営責任者)のデビッド・ドロガと対談で、広告業界関係者への助言を求められてこう答えた。
両者はAI(人工知能)が人間の創造性に与える影響について話し合った。ドロガ氏がAIがクリエーターの仕事を奪うことを懸念したのに対し、ムラティ氏は「(生成AIは)かなり速いスピードで広範に受け入れられている。ごく少数の人たちの手中にあるわけではない」と人々の仕事や生活を民主化するポジティブな面を強調した。
AIの可能性を示す手話通訳者
カンヌライオンズ2024のセミナーでは、クリエーティブの制作でAIを実際に活用している広告マーケティング会社の関係者も相次いで登壇した。
世界的なマーケティング広告会社のモンクスは、NHKエンタープライズ・NHKグローバルメディアと共同でバーチャル手話通訳者「KIKI」を制作。緊急警報や空港での方向指示メッセージなどの文字情報を素早く手話で説明する技術の可能性を示し、デジタル・クラフト部門の銀賞を受賞した。共同創業者のウェスリー・ター・ハー氏は6月20日、広告業界が「他の多くの業界より革新が遅れている」としたうえで、AIが業界に与える影響について「顧客体験に何が起ころうとしているのかを我々は過小評価している」と指摘。AIは「(企業の)マーケティング・チームと広告会社にとって非常に大きなチャンスだ。私たちが生きている間だけでなく、人類の歴史において最も重要な技術革命のひとつとなるかもしれない」とその有用性に言及した。
「史上初のリアル対バーチャルのF1レース」
「最新のテクノロジーを使い、史上初のリアル対バーチャルのF1レースだ」
米国の大手広告会社FCBでグローバル・クリエーティブ・バートナーを務めるダニーロ・ボラ氏は6月21日のセミナーで、ビールブランド「ミケロブ・ウルトラ」向けに制作した広告プロモーション「LAP OF LEGENDS」をこう説明した。「LAP OF LEGENDS」はAIや拡張現実(AR)などの先端技術を駆使し、英国ウィリアムズ・レーシングのF1ドライバーであるローガン・サージェントと過去に活躍した伝説的なレーサー6人が運転するバーチャルカーが対戦するレースを実際のサーキットで実現した。
ダニーロ氏はその制作過程について「我々はレジェンドたちが出場したすべてのレースを深く分析してその属性を調べ上げ、(実物のレーサーがかぶる)ヘルメットの中で(バーチャル画像として)使用できるようにした」と説明し、テクノロジーの成果を強調した。「LAP OF LEGENDS」はデジタル・クラフト部門で金賞を受賞したが、最高賞であるグランプリは逃した。

カンヌライオンズ2024が始まる前に実施した調査では、全体の6割のブランドがAIへの投資を伸ばすと回答した。しかし、グランプリや金賞などの上位の受賞作の中で、AIを全面的に活用した斬新なクリエーティブは少数だった。今年の応募作はAIを使用したかを記載する必要があった。カンヌライオンズ2024の総括リポートは「AIはすでにクリエイティビティにおいて大きな役割を果たしており、今年提出された全応募作品の12%でAIが使用されていた。しかし、フェスティバルで見られたイノベーションの一部はAIに基づいていたが、(それらの作品も)人間に触発されていた(human-inspired)」と結論づけた。
ノーベル賞受賞ジャーナリストはAI依存に警鐘
2021年にノーベル平和賞を受けたジャーナリストのマリア・レッサ氏はAIへの過度な依存に警鐘を鳴らした。カンヌライオンズ2024の最終日となる21日の講演に登場したレッサ氏は、フィリピンで独立系ニュースサイトを立ち上げてドゥテルテ前大統領による強権的な政権を批判する報道を貫き、当局から名誉毀損や脱税容疑でたびたび摘発されたことで知られる。レッサ氏はカンヌライオンズが世界に優れた変化をもたらした人や団体に贈る「ライオンハート賞」を今回受賞した。

レッサ氏は講演でソーシャルネットワークが「ジャーナリストや活動家、野党政治家を攻撃するために使われてきた」と指摘。急速に発展する生成AIに使われる大規模言語モデル(LLM)は「(事実ではなく)どんなデータを投入するかに確率的に依存する機械」とし、当局によって操作された誤った情報が生成AIで増幅されることに懸念を示した。そして「戦争はウクライナやガザだけで起きているわけではない。(スマホがある)あなたのポケットの中にもある。今、あなたが何をするかが重要なのだ」として、メディアが生成AIなど新たなテクノロジーに依存することを危惧した。
カンヌラインズの主役の1人といっていい「ライオンハート賞」にレッサ氏を選んだことは、広告マーケティング業界がAIへの警戒心を解いていないことの裏返しとも読める。2025年の「カンヌライオンズ2025」では、生成AIを活用したクリエーティブが一段と存在感を発揮できるのか注目を集めそうだ。
(原田洋)
セミナー
Seminar「日経BizGateイベントガイド」では、
企業が主催する法人向け無料イベント・セミナー情報をご紹介しています。









































