世界最大の広告コミュニケーションの祭典「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」(カンヌライオンズ)には、世界各国の広告会社・有力企業が広告クリエーティブの自信作を応募する。膨大な応募作品の中から受賞作を選ぶ審査員を束ねるのが30部門ごとの審査員長である。2024年6月に開かれたカンヌライオンズ2024で、デジタルクラフト部門の審査員長を務めたのが博報堂執行役員の木村健太郎氏だ。日本人として唯一の審査員長である木村氏に、今回の審査の過程とカンヌライオンズの魅力について聞いた。(聞き手は日経BizGate編集長 原田洋)

――審査員長の打診を受けた瞬間にどう感じましたか。名誉なことだと思いますが、プレッシャーなどあったのでしょうか。
木村(以下略)「(カンヌライオンズCEOの)サイモン・クック氏からメールを受け取ったとき、(審査員長の打診を)全く予想してなかったので、何かの間違いかなと思いました。その後、カンヌライオンズはクリエイティビティ産業に夢と憧れを発信してきた広告祭なので、『若い世代のためにもやるからにはしっかり盛り上げなきゃいけないな』というプレッシャーを感じました」
「4月3日にクック氏ら幹部によるオンラインのブリーフィングがあり、審査のプロセスからダイバーシティ・エクイティ・アンド・インクルージョン(DE&I)のガイドラインまで丁寧に教えてくれました。審査員長の仕事の膨大さに驚愕(きょうがく)しました。4月18日にデジタルクラフト部門の10人の審査員が初めてオンラインで集まりました。その際、我々はなぜこんなに大変なことをするのか、とメンバーに問いかけました。そして『クリエイティビティの歴史の教科書のデジタルクラフトのチャプター(章)に載せる作品(WORKS)を選ぼう』と伝えたのです。審査員はいわば教科書の編集者であり、自分は編集長であると」
「デジタルクラフト部門はデジタル技術を使ったクリエーティブを対象とするアワードです。優れたデジタルクラフトは高い志と不可能とも思えるチャレンジから生まれる。このため、①Transformative Idea(変革を目指した高い志)②Innovative Implementation(実現するための革新)③Moving Brand and Industry Forward(ブランドと産業を前進させる)――という3つの審査基準を設けました。作品の出来栄えだけでなく、志、革新、前進の3つの基準で評価することにしました」
多国籍・多人種のメンバー構成 ルールを明確化し受賞作を決定
――多種多様な審査員たちとどのようにコミュニケーションを取ったのですか?
「審査員の国籍はドイツ、英国、インド、オーストラリア、中国、オランダ、ブラジル、南アフリカ、アラブ首長国連邦(UAE)と五大陸にまたがっていました。国籍だけでなく人種も様々でまさにダイバーシティーなチームでした。職種も幅広く、データの専門家もいれば、VFX(視覚効果)の専門家もいました」
「日本的な曖昧な意思決定を回避することに気をつけました。審査は利害が絡むのでどうしても『政治』が入り込みがちです。そうした余地を許さないためにルールを貫く。プロセスを省かず、全員が自らの主張を机上にのせてから投票し、結果は全員で受け入れるということを徹底しました」
「(英語が母国語でない)『ノンネーティブ』にも配慮しました。言語力や声の大きさで議論を支配する力学を排除するためです。初めて審査員をする人はみな(英語力が)不安になりますが、対話の量が不安を解消してくれます。何より審査員長の私がノンネーティブですから、この点はうまくリードできたと思います。中国の審査員はカンヌの審査会場に自費で英語の通訳を連れてきました」
――グランプリ選定に至る審査の過程を教えてください。
「デジタルクラフト部門には約550作品のエントリーがありました。(6月の本番までに)オンラインで審査員を2回集めて、75作品まで絞りました。自分も休日返上で博報堂ケトル(東京・港)のオフィスにこもって審査しました。受賞作はカンヌの会場内で6月15日と16日に審査しました。初日に(予選通過に相当する)『ショートリスト』の55作品を決め、最終日に銅賞以上のメダルを受賞する18作品まで絞り込み、この中から銀賞、金賞、そして最後にグランプリを決めました」
「審査会場はまるで『遊び場』のようでした。コンテンツをパソコンにダウンロードして試したり、体験して笑ったり、泣いたり。作品を1人で見るのと、みんなで見るのとでは印象が違います。グランプリを受賞した『Spreadbeats』は会場にあったパソコンの画面を見たときには喚声が上がりました。審査員の視点は多様で驚くほど意見が異なりましたが、全員の意見が出尽くしてから、3分の2以上の投票ルールにのっとって受賞作を決めていきました。日本人の審査員長で良かったこととして、『欧米スタンダード』にメンバーが合わせる審査にならなかったことがあります」

グランプリ選考 先端テクノロジーより人間の創造性を選択
――今年の応募作のうち約12%はAI(人工知能)を使っていたそうです。デジタルクラフト部門は特にAIを駆使した作品がグランプリを受賞するかが注目を集めました。
「この部門は『テクノロジーとクリエイティビティの交差点』に位置します。審査の対象となるのは、ロゴ、ウェブサイト、アプリ、フィルムイベント、ハードウエアまでなんでもありです。利用するデジタルテクノロジーもAIだけではありません。AR(拡張現実)、データビジュアライゼーションなど本当に幅広かった」
「AIに関しては『AIを使ってすごい、面白い』といった新規性の段階は2023年で終わり、2024年はAIを使って我々の社会や生活の課題を解決する段階に移行しました。AIを使った作品に問われたのはその『実効性』です。課題発見力とチャレンジは面白くても、本当に効果があるのか?課題解決になっているのか? という問いでした」
「AIは医学に貢献できるのか。絶滅危惧種の動物を救えるのか。いじめをなくすことができるのか。政治権力と戦えるのか。AIを使った実に多くの応募作がありましたが、その中で受賞に至ったのはちゃんと実効性のある作品でした。金賞を受賞したドイツテレコムの『Without Consent - A Message from Ella』は、子供の画像がAIで加工されて悪用されることを警告する内容です。この作品は欧州だけでなく、インドで大きな反響を呼び、子供の写真をネット上にアップする日常行動を変えたそうです」
――グランプリを受賞した『Spreadbeats』はどの点が評価されたのでしょうか。
「グランプリを争った『Lap of Legends』(金賞)は最先端のテクノロジーの結晶ともいうべき作品でした。一方のスウェーデンの音楽配信大手スポティファイの『Spreadbeats』は表計算ソフト『Excel』の技術だけを使いながら、BtoB(企業間取引)という通常はつまらない領域を面白く表現しました。2つの作品について、審査員がそれぞれ3〜4分間のプレゼンテーションをしてから投票しました。その結果、私を含む全員一致で『Spreadbeats』が選ばれました。ある審査員は『Lap of Legendsは自分の国ではできないかもしれないけど、Spreadbeatsならできるかも』と話しました。我々のチームは(先進テクノロジーよりも)多くの人々を勇気づける人間のクリエイティビティを選んだのです」

セミナー
Seminar「日経BizGateイベントガイド」では、
企業が主催する法人向け無料イベント・セミナー情報をご紹介しています。







































