映画館や飲食店などの「学割」。学生にとってはありがたいものの、「受けられるサービスは同じなのに、なぜ学生だけ安くするのだろう?」と疑問に感じたことはありませんか? 実はこの背景には、学生への温情だけではない、利益を増やしたい企業の戦略が隠れていると、政策研究大学院大学教授の安田洋祐氏は指摘します。「薄利多売で利益が出ない」という悩みにも効く「価格差別戦略」を、安田教授が、蓄積された膨大な学術的知見とビジネス現場で培った経験から解説します。慶應義塾大学教授の星野崇宏氏と送る連載「インフレ時代の値段のつけ方・考え方」6回目です。

ベストプライスは「いつもひとつ」とは限らない
プライシングや価格戦略と聞くと、つい「個々の商品の最適な価格はいくらか」という問いを思い浮かべてしまいます。しかし、実はプライシングを活用できる領域はもっと広いのです。前回の私の解説では、そのひとつとして「セット販売」を取り上げました。
内容を少しおさらいしておきましょう。最も重要なポイントは、複数の商品を扱っている企業は、以下の①や②の取り組みを通じて利益を増やせる可能性がある、という点でした。
② 個々の商品の価格を変えずにセット割引をうまく活用する
では、1種類の商品しか扱っていない、またはセット販売が難しい場合はどうでしょう。個別商品の価格決定・変更のほかに、企業が取り組める価格戦略はあるのでしょうか。
実はあるのです! それが以下で紹介する「価格差別」(price discrimination)です。
経済学では、同じ商品・サービスが、大きなコストの差がないにもかかわらず、消費者によって異なる価格で販売される状況を「価格差別」と呼びます(※1)。映画館のシニア料金、まとめ買いによるディスカウント、クーポンによる値引きなど、世の中では実際にさまざまな価格差別が行われています。
ここからは、お弁当屋さんを例に、「どんな価格差別戦略があるのか?」「価格差別をすると、どういう理屈で利益が増えるのか?」といった問いを一緒に考えていきましょう。
薄利多売はなぜ「もうからない」のか? お弁当屋さんでの思考実験
あるお弁当屋さんが、ランチタイムに弁当を1個500円で販売していて、1日あたり100個売れているとします。もしこのお店が100円の値上げを行って価格を600円にすると、販売量は60個に減るとしましょう。売り上げは50,000円から36,000円へと、3割近く減少する状況です。
このとき、お弁当屋さんは値上げをするべきでしょうか、それともしないほうがよいでしょうか。価格差別のことはいったん忘れて、みなさんもぜひ考えてみてください。ただし、弁当1個あたりの(平均)製造コストは400円で、いくつ作っても変わらないとしましょう。
それぞれの価格のもとで、販売量・売り上げ・1個あたり利益・総利益を求めたのが表1です。
この表1から、値上げによって、利益が10,000円から12,000円へと2割も増加することがわかります。弁当の品質を改善したり宣伝したりせずに、ただプライシングを見直すだけで利益を数十パーセントも増やせる、という発見は驚きではないでしょうか。
利益アップの背後で販売量や売り上げが大きく落ち込んでいることから、いかに薄利多売でもうけることが難しいかを、この例は物語ってもいます。
もちろん、表の数字は仮定にもとづいた架空のものなので、現実のプライシングは慎重に行うべきでしょう。ただ、次の点は重要な教訓としてぜひ覚えておいてください。
教訓② 値上げで販売量が大きく減らない限り薄利多売は避けるべき
「学割」は学生への温情ではない? 企業の利益から考える
ここまでの議論から、弁当の価格を500円か600円のどちらかにするとき、利益最大化の観点からは600円が望ましいことがわかりました。次に、いよいよ価格差別について検討していきます。
今回扱うのは学割(学生割引)です。学生と社会人で異なる価格をつけることで、お弁当屋さんは利益をさらに増やすことができるかもしれません。以下では、話を単純にするために、弁当を2個以上購入する客はいないとします。
500円で100個、600円で60個の弁当が売れるという前提条件から、500円なら買うけれど600円では買わない客が40人、500円でも600円でも買う客が60人いることがわかります。価格に敏感な前者をタイプA、敏感ではない後者をタイプBと呼ぶことにしましょう。
いま、タイプAのうち30人、タイプBのうち10人が学生だと仮定します(※2)。ここで、学生向けの学割価格を500円、社会人向けの価格である通常価格を600円に設定してみます。この価格差別戦略が生み出す利益は、以下の表2のように計算できます。
価格差別がない場合の最大の利益が12,000円だったことを思い出してください。学割を導入するとさらに2,000円増えて、14,000円の利益が達成できるというわけです。高くても弁当を買ってくれる社会人に対しては価格をキープして、安くないと買ってくれない学生に対してのみ値引きをする、というのがポイントです。
学割価格の導入によって購買行動が変わる学生たちに注目すると、なぜ利益が増えたのかがはっきりと理解できます。価格が600円のままだと10人しか弁当を買いませんが、500円だと40人全員が買います。割引によって1個あたりの利益が200円から100円に下がる半面、学生向けの販売量は10個から40個へと4倍に増え、結果的に利益も増えるというわけです。
いかがでしょうか。「学割」と聞くと、企業が利益を犠牲にして、所得の少ない学生たちに温情的な価格で商品を提供しているイメージがあるかもしれません。しかし、この例が示しているように、適切な学割はむしろ企業の利益を増やす有効な手段なのです。
価格差別の大敵は「転売」 必ず対策を
最後に、価格差別に関する注意点にも触れておきます。学割をはじめとする価格差別を行う際に、最も注意しなければならないのは「転売の防止」です。価格差別はその定義上、同じ商品を異なる価格で販売することになります。安い価格で買った客が別の客に商品を簡単に転売できてしまうと、そもそも高い価格では売れなくなってしまいます。
転売を防ぐためには、そもそも極端な価格差をつけない、転売しやすいモノではなく転売が難しいサービスで価格差別を活用する、といった対応が欠かせません。価格差別で成果を上げるためには、きちんとした転売対策を行う必要がある点を覚えておきましょう。
今回の記事では、学割のように消費者の属性に応じたグループごとに、異なる価格をつけるような価格差別を扱いました。次回は、クーポンを活用して、消費者の自発的な選択に応じて価格が変わってくるような状況を分析する予定です(※3)。どうぞお楽しみに!

