「自社商品をもっと知ってもらいたい」「競合から乗り換えてもらいたい」ときに、まずは値下げによる販促を検討することが多いのではないでしょうか。実は値下げによる販促は、「買いだめ」や「値下げを待つ」心理が顧客側に働き、「販促後の長期効果は平均するとゼロ」という驚きの研究結果があることがわかっています。では、値下げで売り上げを増やすにはどうしたらいいのでしょうか? 慶應義塾大学の星野崇宏教授が、蓄積された膨大な学術研究とビジネス現場で培った経験から、プライシングに関わる行動経済学の知見を解説します。政策研究大学院大学教授の安田洋祐氏との連載「インフレ時代の値段のつけ方・考え方」9回目です。

顧客獲得の価格戦略
「価格差別」については、本連載の6回目と7回目で、安田教授が解説してくれました。価格差別とは、同じ商品・サービスを、大きなコストの差がないにもかかわらず、消費者によって異なる価格で販売する方法です。顧客の支払意思額に応じて継続的にクーポンを配布することで、売り手は低リスクで効果的に利益を増やすことができます。
一方、「新規顧客」を獲得する際には、どのように値付けすればいいのでしょうか?
通信やソフトウエア、金融保険、情報サービス、といった契約型サービスでは「これまで利用したことがない潜在的新規顧客」に自社の顧客になってもらいたい、ということで大幅値引きをすることがあると思います。
あるいは、旅行や化粧品、またはビールなどのいわゆる「非契約型」のサービスや商品でも、自社の商品を試したことがない顧客に、まずは「商品を使ってもらって」、あわよくば「競合他社商品ではなく、自社商品に乗り換えてほしい」と思うビジネスパーソンは多いでしょう。そのために、期間限定で大幅値引きなどをするケースをよく見かけます。
しかし、このような販促としての「値引き」は、需要の先食い(買いだめ)やキャンペーン終了後の買い控えを起こす可能性すらあります。今回は、新規顧客獲得のための値付けについて解説します。
顧客獲得のための「値下げ販促」が売り上げの低下を招く?
このような一時的な値引き販促の効果についてはさまざまな研究がありますが、一例として以前紹介した、1800以上の財やサービスの価格弾力性について調べたメタ分析での数値を紹介しましょう。この研究では、既存商品について、耐久財(何度も使用でき、使用期間も長い製品)や非耐久財、サービスなどさまざまな分野での平均的な数値として、
ことが報告されています。値引き販促は極めて強力かつ誰もが思いつく、実行しやすい手段です。在庫圧縮・季節商品の売り切り・新商品導入のための既存商品の売り切りなどの目的であったら、値引き販促でとにかく売れば良いという場合もあります。
とはいえ、こうした価格変更による販促が「短期的観点で利益につながる」かといえば、必ずしもYESではありません。さらにいえば、「長期的観点では損害を与える」可能性もかなりあることがわかっています。
どういうことでしょうか?
値下げ販促後に予想される結果は3パターン
図1は、値引き販促期間前・期間中・期間後の売上数量を示しています。
当たり前ではありますが、販促前に比べて、販促開始中は売り上げが跳ね上がります。販促が予告される、あるいは予測される場合には、販促期間前に「販促待ちによる買い控え(*)」が起きることも多く、直前の売り上げからの上昇率は先ほど述べたように非常に高くなります。
あなたがリテール営業で業績評価が売り上げだけで行われるのであれば、販促費を使って一時的な売り上げをつくってしまいたくなりますよね。実際、こうした値引きによる販促は非常によく行われていますし、営業にとっては売り上げの上昇が一時的でも問題はないのでしょう。しかし、会社全体としての問題は、販促終了後にどのような結果をもたらすか、ということにあります。図1で示したように、一時的に上昇した売り上げは、販促をやめた途端落ち込むことになるのです。
「望ましい販促」と「やらなきゃよかった販促」
さて、図1では、販促後の売り上げの推移を(a)~(c)の3つのパターンで示しました。
パターン(a) 企業が望む世界
これは販促費を掛けた企業側が望む結果です。販促によって顧客の認知が得られ、購入強化効果といわれる、
という望ましい効果が得られる場合です。もちろん、実際にこれが成立することも多くあります。特に、すでに販売しているものの、新発売時にあまり認知が取れていない商品やサービスなどで適切な販促を設計すれば得られる結果といえます。
パターン(b) 売り上げがもとの水準に戻る
しかし、大半の場合では、販促期間後に売り上げは一度大きく落ち込み、その後販促前の水準に戻ります。この場合、販促費と利益増分を計算すれば、価格販促を行った期間中だけで見ても、利益増分のほうが多少上回ることもあるでしょう。
また、販促はただ単に経費を掛ければいいというものではなく、目に見える費用以外にも小売等との調整などさまざまなコストが生じています。それらを総合すると、(b)の結果というのは、多くの企業にとって「ほぼ意味がない」といえるのではないでしょうか?
パターン(c) 販促をしなかった場合よりも落ち込む
さらに場合によっては「販促をしなかった場合よりも」落ち込むという、「最悪のケース」も起こり得ます。
(b)のところでも触れましたが、値引きや販促などのコストを掛けたのにトータルで考えたら売上数量が「変わらない」または「低下する」というのは、費用対効果(ROI)はマイナスです。「やらなきゃよかった」ということですよね。
売り上げにマイナスの影響をもたらす5つの仕組み
せっかくコストを掛けたのに、なぜ、パターン(b)や(c)のようになってしまうのでしょうか? 以下のようなメカニズムが知られています。
(1)需要の先食い
生鮮食品などでなければ、その商品をもともと買っていた人は値引きを利用してストックを増やし、結果として販促期間後に売り上げが減少します。この場合は、ある程度時間がたつと販促期間前の売り上げに戻ります。
(2)チェリーピッカーによる見せかけの効果
既存商品への一時的な販促で売り上げが上がったように見えても、それはチェリーピッカーが一時的に販促に群がっていることがあり得ます。チェリーピッカーとは、「値引きなどの販促やセールがあれば購入し、そうでなければ買わないような人たち」のことです。
販促期間に一時的に売り上げが跳ねる部分は、彼らが購入する分が見かけ上増えるだけで、販促期間が過ぎれば別の販促対象商品やサービスに移っていきます。チェリーピッカーについてはまた別の回で詳しく取り上げます。
(3)価格感の変化(内的参照価格効果)
前回説明した、参照価格効果は(c)のような最悪なケースをもたらします。「頭の中のプライスタグ(値札)」が販促時の値引き価格になってしまう、またはそれに引きずられることで、起きるのです。
(4)ブランド価値・好意の低下(プロモーション利用効果)
値引き販促をすると「値引きしないと売れないブランドなんじゃない?」と思われてしまい、そのブランドへのイメージや好意が低下する場合があることが知られています。これは(c)のように売り上げが推移する理由の1つです。
(5)選択理由が価格になる(価格への帰属)
値引きは、「値引きがあるから買った」「価格が理由で買った」というような消費者の認知を招きます。販促前には「なんとなく買っていた」消費者の一部が、販促中に「価格で買った」という意識になってしまえば、販促終了後には価格により意識を払うようになります。その結果として、「値段が安くないので買わない」ことになるのです。
「値引き販促の長期効果はゼロ」? 驚きの研究結果
販促後に(a)が起きるのかどうかは、マーケティングにおける販促の意義を考えるうえで非常に重要な問題です。そのため、これまでさまざまな研究が行われてきました。51研究132の分析を総合したメタ分析の結果を紹介しましょう(DelVecchio et. Al., 2006)。
まず、これによると「販促後の長期効果は平均するとゼロ」になることがわかっています。基本的には図1の(b)のように売り上げがもとに戻るということです。
ただし条件によっては(a)にも(c)にもなることも示されています。ではどのような場合に(a)になるのでしょうか? この点に関しては以下のことが知られています。
① 大幅すぎる値下げをした場合は(c)になりやすい
20%を超える値引きをすると、先ほど挙げた(3)(4)(5)が発動してしまうようです。確かに販促期間中は大幅な売り上げ増ですが、そこからの落ち込みが非常に大きくなります。
② 告知しないで値下げをすると(c)になりやすい
最初から「期間限定の値引きです」などと告知する場合には、参照価格効果は起きにくくなります。一方、何もいわずに値段だけ下げると、参照価格効果によって(c)になりやすくなります。
③ クーポンや追加プレミアムは(a)になりやすい
値引きがクーポンによるもので「あなただけ」という特別感があれば、「クーポンをわざわざ使った努力をした、だから自分はそのブランドを好きなのだ」と消費者は思いやすいようです。同様に、値引きではなく追加でお試しや別のものが加わるプレミアム型の販促は(a)になりやすいようです。
筆者が共同で複数企業と行った研究でも、値引きよりクーポンのほうが長期的な効果が高いことがわかりました。面白いのはクーポン対象商品だけではなく、当該ブランドや当該企業の商品全体への波及効果があることです(Tsujikawa, Nakano and Hoshino, 2026)。
④ 耐久財やサービスでは(c)になりやすい
(4)のプロモーション利用効果から、値引きがされていると品質への疑念が起きやすいためです。
⑤ ブランドへの知識が低いと(c)になりやすい
新ブランドや認知されていないブランドであると、(4)の効果が強まるようです。
「買いだめ」の心理を逆手にとり売り上げを増やす
本稿の最後に、もう1つ、かなり精緻に「販促が何をもたらすのか」、特に「買いだめさせることの効果」を示した研究を紹介しましょう(Ailawadi et al., 2007)。この研究は、一般消費財で、ストックができる商品を対象としたものです。
この研究ではスキャナーパネルデータを活用しており、先駆的な試みが行われています。スキャナーパネルデータとは「特定の消費者に、買ったものをすべてスキャンして報告してもらっているデータ」で、この研究では販促データをひもづけて調査されています。小売業者が自社のデータだけ使う場合には、顧客が他店舗で購買したものは見ることができません。その意味でも、同じ消費者がどこであれ買った商品が網羅的にわかるデータは大変重要です。
この研究で使った販促期間のデータでは、価格販促期間中は、通常の3倍程度、値引き商品の売り上げが増えていることがわかりました。ここまで一時的な値引き販促効果があると、その後の買い控えがありそうです。そして実際、短期的には買い控えがありましたが、それ以上に、図1の(a)の効果をもたらす条件があることもわかりました。
まず値引き期間中の売り上げ上昇は「他社からのブランドスイッチ」と「自社顧客の買いだめの効果」に分解され、買いだめによる上昇分はさらに以下の4つに分解できました。
② 競合購買の先取り抑制
③ 自社ブランドの将来購買前倒し(需要の先食い)
④ (先ほどの)購入強化効果
結果として①が半分程度を占め、また保存期間が短い商品ほど①の割合が大きいことがわかりました。悪い効果である③の需要の先食いは思ったほどなく、①②④によるポジティブな影響が大きいことがわかりました。また、最大のシェアを持つ市場リーダーでは③の影響が強くなることもわかっています。
販促の効果を「長持ちさせる」ためのエビデンス
このような研究はほかにもありますが、一般的に需要の先食いがあっても消費量が増える効果がある場合には、価格販促は長期的に効果があるようです。
特にストックできる商品の場合であれば、
・市場リーダーよりフォロワーで行う意義が強い
・行うなら多めのサイズの商品に手厚い販促をして購入してもらうことで、競合商品を買わせない効果が長持ちする
といったことがわかっています。
次回は安田教授担当の回になります。顧客が「いくらまで支払っていい」と思っているか「本音の価格」を聞き出す、BDMオークションについて解説します。
Ailawadi, K., Gedenk, K., Lutzky, C. & Neslin, S. (2007). Decomposition of the Sales Impact of Promotion-Induced Stockpiling. Journal of Marketing Research, 44, 450-467.
DelVecchio, D., Henard, D. H. & Freling, T. H. (2006). The effect of sales promotion on post-promotion brand preference: A meta-analysis. Journal of Retailing, 82(3), 203–213.
Fernando de Oliveira Santini, Valter Afonso Vieira, Cláudio Hoffmann Sampaio, Marcelo Gattermann Perin. (2016). Meta-analysis of the long- and short-term effects of sales promotions on consumer behavior. Journal of Promotion Management, 22(3), 425–442.
Tsujikawa, R., Nakano, R. & Hoshino, T. (2026, in press). The Effects of Coupon Redemption on Customer Lifetime Value and Spillovers. Journal of Retailing and Consumer Services.
