「ようやくつくり上げた新商品。できるだけ高値で売りたいけれども、いくらまでなら支払ってもらえるの?」。類似の商品やサービスがなかったり、一点ものだったりすると、なかなか「ちょうどいい価格」をつけるのは難しいものです。しかし実は、「学術研究に裏付けられた『本当に支払ってもいいと思っている上限額を聞き出す方法』がある」と語るのは、政策研究大学院大学の安田洋祐教授。しかもその方法は、すでにビジネス現場で実装されはじめているといいます。その方法とは? 慶應義塾大学教授の星野崇宏氏との連載「インフレ時代の値段のつけ方・考え方」10回目です。

第10回は政策研究大学院大学の安田洋祐教授が解説(写真:尾関祐治)
第10回は政策研究大学院大学の安田洋祐教授が解説(写真:尾関祐治)

いくらまでなら支払える? 顧客の本音を知ることはできるのか

 これまでの記事で扱ってきたセット販売学割クーポンの事例では、価格に応じてどれくらい商品が売れるかがわかる、つまり需要が予測できるような状況を想定していました。しかし、現実はそう簡単ではありません。今までにはなかったタイプの新しい商品やサービスに対する需要は、特に予測するのが難しいものです。

 すでに市場で販売されている商品やその類似品が市場に存在する場合、過去の販売データからある程度は正確に需要を予測できます。予測の精度を上げることで、企業はより適切な価格戦略や販売戦略を通じて、利益を改善することもできます。そのため、実務においても研究の世界でも、需要予測は非常にホットなテーマとなっています。少し大げさにいえば、「需要予測を制する者がプライシングを制する」という状況です。

 ところが、全く新しい商品の場合には、そもそも参考になる販売データが存在しません。その場合、どうすれば需要を予測したり、適切な価格付けをしたりすることができるのでしょうか。

アンケート調査で「正直な回答」が引き出せないのはなぜ?

 全く新しい商品について多くの企業では、潜在的な消費者にアンケート調査やヒアリングを行い、新商品に対する好み(経済学では「選好」と呼びます)を直接聞き出そうとします。選好を表明させることで選好データを新たに生み出す、とも解釈できるでしょう。そのための手法は選好表明法と呼ばれています。

 現実によく用いられている代表的な選好表明法としては、以下が知られています。

① 仮想評価法(Contingent Valuation Method: CVM)
② 価格感度測定(Price Sensitivity Meter: PSM)
③ コンジョイント分析

 ①仮想評価法(CVM)は最も基本的な選好表明法で、「この商品・サービスにいくらまで払ってもよいか」というWTP(支払意思額)を消費者に直接質問するものです。②価格感度測定(PSM)と③コンジョイント分析はどちらもWTPそのものではなく、関連する選好情報を聞き出す手法です。②はマーケティングの実務で広く使われる一方、③は実務だけではなく研究においてもしばしば用いられています(※1)。

 みなさんの組織や部署でも、このような選好表明法を使ったことがあるかもしれません。実際の販売データでは粗い情報しか引き出せないのに対して、選好表明法は消費者から細かな好みを直接聞き出すことができるため、一見すると非常に魅力的なアプローチです。

 ところが、これらの手法にはある共通した致命的な欠点があることが知られています。それがいったいどんなものなのか、想像できますか? ヒントは、販売データの元となっている「消費者行動には必ず当てはまるけれど、アンケート調査には当てはまらない」要素です。

※1  ②価格感度測定は個々の消費者に4つの質問を行い、(1)高すぎて買わない価格、(2)高いが購入可能な価格、(3)安いと感じる価格、(4)安すぎて品質が疑わしい価格の分布を求め、これらの情報から「許容価格帯」と「最適価格」を推定する手法です。③ コンジョイント分析は複数の属性(価格・機能・デザインなど)を組み合わせた(架空のものを含む)商品群から、「どちらを選ぶか」「どちらがより好ましいか」といった質問を、消費者に繰り返し回答してもらい、それらの情報から各属性の価値や価格弾力性などを計測する手法になります。

「正直に答えても得をしない」ならば、その調査はうまくいかない

 その欠点とは、回答者が身銭を切っていないことです。上で紹介したような選好表明法を用いる場合には、回答者となる潜在的な消費者に対して、通常は一定の謝礼を支払います。ただし、その謝礼をもとに彼らは商品を購入するわけではなく、あくまで仮想的な質問に答えるだけです。そして、次の点が最も重要なのですが、質問に対してどのように回答しても謝礼の金額は変わりません。経済学的にいうと、回答者が正直に選好を表明するインセンティブを持たない仕組みになってしまっているのです(※2)。

 それに対して、販売データは実際の購買行動をもとにしているため、必ず消費者が身銭を切っている、つまりインセンティブの問題がそもそも生じない点に注目してください。行動を通じて背後にある消費者の好みが明らかになる(= revealされる)ことから、経済学では「顕示選好」(revealed preference)とも呼ばれます。

 余談ではありますが、経済学者は総じてインセンティブの問題を重視するため、表明選好ではなく顕示選好を用いた分析を好む傾向が強いです。「強い」というか、「めちゃくちゃ強い」です! 逆にいうと、表明選好は軽視されがちで、経済学の教科書などでもほとんど触れられていません。

 実務の現場で表明選好が実際に使われていることや、活用の仕方次第では非常に有益であることを考えると、この状況は個人的にはちょっと残念です。表明選好と顕示選好は互いの欠点を補い合える補完的な関係で、どちらか一方だけという排他的な関係ではありません。必要に応じてバランスよく、どちらもうまく活用していくべきだと思います。

 少し脱線してしまいました……ここで販売データ(顕示選好)と選好データ(表明選好)の特徴を整理しておきましょう。両者をざっくり比較したのが次の表1になります。

表1 販売データと選好データの比較
表1 販売データと選好データの比較
(表制作=キャップス)
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 販売データはインセンティブに、選好データは情報の細かさにそれぞれ強みがあることがわかります。

 では、両者の良いとこ取りをするようなデータ収集の仕組みは考えられないのでしょうか。つまり、消費者に「身銭を切って細かい選好情報を表明させる」ような方法です。

※2 正直に選好を表明するインセンティブがないことは、単にデータの信頼性を下げるだけでなく、場合によっては回答に一定方向のバイアスをかけてしまうかもしれません。例えば、実際に存在する商品に対して仮想評価法を使うと、消費者はその商品のWTPを低め、つまり過小に表明する傾向があることが指摘されています。仮想的な質問だとわかってはいてもつい回答金額を支払うと勘違いしてしまったり、自分たちへの調査が実際の価格を左右する可能性を考慮して、戦略的に低い価格を選んだりする消費者がいるからです。

本音もたちまち聞き出せる経済学の最先端の知見

 実は、顕示選好と表明選好の良いとこ取りができる魔法のような方法が存在するのです。しかもそれは、半世紀以上前にすでに論文として発表されていました。発案者である3人の研究者たちのイニシャルを取って、「BDMオークション」や「BDMメカニズム」と呼ばれています(※3)。

 BDMオークションでは、仮想評価法と同じように回答者に直接WTPを尋ねるのですが、その答えによって「結果」が変わる点が大きく異なります。「結果」が変わるとはどういうことか、BDMオークションの3段階のルールを見ていきましょう。

ステップ① 消費者が商品に対するWTPを表明する

ステップ② 商品の価格が抽選で選ばれる

ステップ③ 状況に応じて次のどちらかの結果が実現する
結果A ①のWTPが②の抽選価格以上 → 消費者が抽選価格を支払って商品を購入する
結果B ①のWTPが②の抽選価格未満 → 何も起こらない(金銭や商品の移転はなし)

 上のルールの中で、特に重要なのがステップ③です。消費者がステップ①で表明したWTPの金額が、ステップ②でランダムに決まる抽選価格以上だった場合には、なんと実際に身銭を切ってその商品を購入する仕組みになっているのです。つまり、回答がそのまま実際の購買結果に影響する設計になっています。

 なお、BDMオークションの実施時点でまだ商品やサービスが出来上がっていない場合には、ステップ③のAにおいて、サンプル品や新商品との引換券を渡すことで対応できます。

※3 発案者である研究者たちは、Gordon Becker(B)、Morris DeGroot(D)、Jacob Marschak(M)の3人です。1963年にBehavioral Scienceという学術誌に掲載されたStochastic models of choice behaviorという論文で彼らの仕組みは発表されました。

なぜBDMオークションでは、人は正直に答えるのか

 実際にこの仕組みは、研究の世界だけでなく実務でも使われはじめています。私が共同創業したエコノミクスデザイン社では、BDMオークションを活用したプライシング・サービスの特許を取得し、アサヒグループをはじめとする民間企業へのこのサービスの提供を実際に進めているのです(※4)。

 と、つい終わってしまいそうになりましたが、ここで1つ疑問が浮かぶはずです。

【問】BDMオークションでは、なぜ消費者は商品に対するWTP(支払意思額)を正直に表明しようとするのか?

 先ほど触れたように、通常のアンケート調査では回答者は身銭を切らないため、正直に答えるインセンティブがありません。むしろ戦略的に安い金額を答えてしまう可能性すらあります。他方で、BDMオークションでは消費者が自分の評価額を「正直に」申告することが最も合理的な行動になります。

 そのカラクリの鍵となるのが、③のAが実現した場合に、消費者が支払う金額が自分の申告額ではなく、ランダムに決まる抽選価格になるという点です。一見すると、少し不思議なこのルールが、なぜ人々に正直な回答を促すのでしょうか。

 次回の記事では、BDMオークションの背後にある経済学のロジックを解き明かしていきます。実はこの仕組みは、200年以上前にとある文豪(ぶんごう)が考えついた交渉術とも驚くほど似ています。さらに、この仕組みはノーベル賞を受賞したオークションの理論とも深く関係しています(だからこそ、BDM「オークション」と呼ばれているのです!)。ぜひお楽しみに。

※4 BDMオークションを中心としたエコノミクスデザイン社とアサヒグループとの戦略的プライシング分析のコラボについては、こちらのプレスリリースを参照ください。

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