「この商品、言い値で売ります」と言われたら、あなたならどう答えますか? きっと多くの人が、「本当に払える額よりも安く答える」のではないでしょうか。政策研究大学院大学の安田洋祐教授らが普及に努める「BDMオークション」には、こうした売り手の機会損失を防ぐ、ある仕組みが取り入れられているといいます。その仕組みとはどういうものでしょうか? そして、なぜ人は、その仕組みがあると正直に答えてしまうのでしょうか? 慶應義塾大学教授の星野崇宏氏との連載「インフレ時代の値段のつけ方・考え方」11回目です。

第11回も政策研究大学院大学の安田洋祐教授が解説(写真:尾関祐治)
第11回も政策研究大学院大学の安田洋祐教授が解説(写真:尾関祐治)

「身銭を切って買う」としても、正直に買いたい値段を表明するとは限らない

 前回の記事では、消費者から商品に対する本音のWTP(支払意思額)を聞き出すことができる、BDMオークションという「一見すると不思議」な仕組みを紹介しました。おさらいをしておくと、これは次のような3段階のステップにもとづく方法です。

ステップ① 消費者が商品のWTPを表明する

ステップ② 商品の価格が抽選で選ばれる

ステップ③ 状況に応じて次のどちらかの結果が実現する
結果A  ①のWTPが②の抽選価格以上→消費者が「抽選価格」を支払って商品を購入する
結果B  ①のWTPが②の抽選価格未満→何も起こらない(金銭や商品の移転はなし)

 特に鍵を握るのがステップ③で、回答次第では消費者は身銭を切って商品を購入することになる、というのが大きなポイントです。他の代表的な選好表明法には欠けている「身銭を切る」という性質が、回答者に正直にWTPを表明させるインセンティブを生み出しているのです。

 ただし、消費者が支払いさえ行えば、どんな仕組みでもインセンティブの問題が解消するわけではありません。たとえば、消費者が表明したWTPの金額で商品を購入できるようなルール、つまり実質的に消費者が価格を決定できるような場合には、誰も本音のWTPを明らかにしようとはしません。きっと、思いっきりWTPを割り引こうとするはずです。

 このように、たとえ身銭を切るような仕組みを採用したとしても、支払いルール次第では消費者から本音をうまく引き出すことはできないのです。では、なぜBDMオークションは本音を引き出すことができるのでしょうか。そこにはいったい、どのようなカラクリが潜んでいるのでしょうか。

「正直な表明」を引き出すために必須の2つの性質

 ここからは、前回の記事で挙げたもののまだ謎解きが終わっていない、次の【問】に答えていくことにしましょう。

【問】BDMオークションでは、なぜ消費者は商品に対するWTP(支払意思額)を正直に表明しようとするのか?

 この【問】に答えるために、以下では、BDMオークションにおいて「正直表明」が常に最適な表明戦略であることを明らかにしたいと思います。具体的には、次の2つの性質が成り立つことを示していきます。

性質① WTPよりどんな低い金額を表明しても(=過小表明)損をする
性質② WTPよりどんな高い金額を表明しても(=過大表明)損をする

なぜWTPより安い金額の表明が「損」になるのか?

 まずは性質①を説明します。具体的な数字を置いたほうがイメージしやすいので、ここでは「商品に対する真のWTPが1,000円」だとして考えてみましょう。消費者が正直に1,000円と表明する「正直表明」と、割り引いて800円と表明する「過小表明」という2つの表明戦略を比較して、整理したのが、数直線を用いた図1になります。

図1 WTPより低い金額を表明するのは「損」
図1 WTPより低い金額を表明するのは「損」
(図制作=キャップス)

 抽選によってランダムに選ばれる「抽選価格」は事前にはわかりません。そのため、ここでは「x円」と記号で表現して、数直線上のどこかに配置されると考えます。さらに、この価格が配置される領域を3つに分けて、ケース①~③と呼ぶことにします。

 まず、抽選価格が800円未満となるケース①を考えてみましょう。ステップ③のルールを思い出すと、表明されたWTPの金額が抽選価格以上なので、どちらの表明戦略のもとでも取引が行われます。その際に消費者は(表明したWTPの値とは関係なく)x円で購入することから、両者の間で結果に違いは生じません。

 次に、抽選価格が1,000円よりも高いケース③を考えてみましょう。今度は表明されたWTPよりも抽選価格のほうが高いので、どちらの表明戦略のもとでも取引が行われません。そのため、やはり両者の結果は同じになります。

 2つの表明戦略に違いが生じるのは、抽選によって価格が800円から1,000円の間で選ばれるケース②だけです。このとき、正直表明のもとでは「x円で購入」が実現して「1,000円 - x円」分の利益(その分だけ得をする)が生まれるのに対して、過小表明の場合には購入なしとなり何も起こりません。ケース①~③を総合すると、正直表明のほうが過小表明よりも優れた戦略であることがわかります。

 以上の議論では、真のWTPを1,000円、過小表明の金額を800円と想定していました。しかし、これがどんな金額の組み合わせだったとしても、前者が後者を上回る限りは先ほどの理屈が成り立つことが確認できるでしょう。つまり、「WTPより低い金額を表明するのはどんな場合であっても損である」こと(性質①)が証明できたのです。

WTPより高い金額の表明もやはり「損」になる理由

 性質②、つまり過大表明が損になることについても、これとほぼ同様の理屈で示すことができます。

 図2を見てください。こちらは、消費者がWTPを正直に1,000円と表明する「正直表明」と、多めに盛って1,200円とする「過大表明」を比較し整理した図になります。

図2 WTPより高い金額を表明するのは「損」
図2 WTPより高い金額を表明するのは「損」
(図制作=キャップス)

 過小表明の分析と同様に、ケース①と③では両者に差がなく、抽選価格が1,000円から1,200円の間となるケース②のときだけ違いが生じます。

 正直表明のもとでは何も起こらないのに対して、過大表明の場合には「x円で購入」が実現します。後者は「1,000円 - x円」分の利益を生み出すのですが、xが1,000円よりも大きい値のため利益はマイナス(払いすぎ)になり、過大表明のもとでは損失が発生してしまうのです。

 ケース①~③を総合すると、正直表明のほうが過大表明よりも優れた戦略であることが確認できました。これで、WTPより高い金額を表明するのはどんな場合であっても損であること(性質②)も示せました。

本音を引き出すために「抽選」は本当に必要か?

 少し分析が複雑だったかもしれませんが、BDMオークションで消費者がWTPを正直に表明しようとする理由を理解していただけたかと思います。ここまで読んで、消費者から本音を聞き出すために「商品の価格を抽選しなくてもよいのでは?」と気付いた方もいるかもしれません。

 そうなんです。次の2つの条件が満たされていれば、実はBDMオークションのステップ②は抽選以外の形に変更することができるのです。この意味で、消費者から本音のWTPを聞き出すという目的を果たすために、抽選という要素は本質的ではないといえます。

条件① 消費者が価格を事前に予想することができない
条件② 価格が自分の表明するWTPとは無関係に決まる

 実際に、抽選とは異なる非常に単純な方法で、BDMオークションと実質的に同じ仕組みを使った詩人・作家がいます。それも、なんと200年以上も前にです。その人物は、自分の原稿への対価が安すぎるのではないかと感じて、出版社から自分の作品に対するWTPを聞き出そうとしたのです。さあ、その人はいったい誰でしょう。

 正解は、『ファウスト』や『若きウェルテルの悩み』といった作品で有名な、ドイツの偉大な文豪(ぶんごう)ゲーテです。この興味深い逸話の背景については、「日本のホワイトカラーは絶滅目前? 文豪ゲーテに学べ」(冨山和彦氏、星野崇宏氏との鼎談)でも触れていますので、ぜひあわせてご覧ください。

ノーベル賞級の手法を先取り? ゲーテの奇妙な交渉

 さて、ゲーテは次のような奇妙な交渉を持ちかけたといわれています。

「私はこの原稿の希望価格を紙に書いて封筒に入れておきました。あなた(出版社)がいくらまで支払えるか、その最大の価格を教えてください。もし、あなたの金額が私の封筒の数字以上の値であれば、作品を売りましょう。ただし、支払額はあなたが提案した金額ではなく、私が封筒に書いた額で構いません。もし、あなたの金額が、私の封筒の数字より小さい場合には契約は不成立です」

 ちょっと不思議なルールですよね。ただ、封筒の数字をBDMオークションにおける抽選価格(x)と同じ役割だと考えると、ゲーテによるこの“封筒”交渉術とBDMオークションは実質的に同じ仕組みであることがわかります。

 重要なのは、出版社が封筒の中身を知らず、どんな数字でもあり得ると予想していることであって、その数字が抽選によってランダムに選ばれる必要はないのです。それにしても、BDMオークションの論文が書かれる200年以上も前に、ほぼ同じ仕組みが考案・実行されていたというのは驚くべきことです。さすがは文豪ゲーテですね(※1)。

図3 ゲーテが実践した“封筒”交渉術
図3 ゲーテが実践した“封筒”交渉術
(図制作=キャップス)

 ところで、消費者や出版社といった買い手からWTP(支払意思額)を本音で聞き出す仕組みのことを、なぜBDM「オークション」と呼ぶのでしょうか。今までの議論には、入札やオークションの要素は全く登場していません。

 実は、BDMオークションのルールを少しだけ変えると、「二位価格(セカンドプライス)オークション」という入札ルールに一致することが知られています(※2)。この二位価格オークションはさまざまな形で現実に応用され、なんとノーベル経済学賞も受賞している優れた仕組みなのです。次回の記事では、この話をさらにぐっと深掘りしていきます。

※1 このように、理論的には完璧な手法で交渉にのぞんだゲーテだったのですが、実は出版社からWTPを聞き出すことに失敗しています。理由は、彼のビジネスパートナーによる裏切り。なんと、ゲーテに隠れて封筒の数字を出版社に伝えてしまったのです。「策士、策に溺れる」ということなのかもしれませんね(苦笑)。この逸話については、次の学術論文で詳しく紹介されています。興味のある方はぜひチェックしてみてください。
Moldovanu, B., & Tietzel, M. (1998). Goethe's Second-Pprice Auction. Journal of Political Economy, 106(4), 854-859. https://www.journals.uchicago.edu/doi/abs/10.1086/250032?journalCode=jpe.
 日本語でゲーテの交渉術に触れている文献は、私の知る限りほとんどありません。例外は川越敏司『 行動ゲーム理論入門 第2版 』(2020年、NTT出版)で、逸話だけでなく理論的な解説もきちんと書かれています。何を隠そう、私がゲーテの交渉術を知ったのも本書の初版(2010年出版)がきっかけでした。行動経済学、実験経済学、ゲーム理論を横断的に学ぶことができる個性的で優れた教科書で、しっかり学びたい方におすすめです。

※2 ステップ①におけるWTPの表明を「入札額の決定」、ステップ②で決まる抽選価格を「ライバルの入札額」だと解釈すると、BDMオークションは入札の一種だと考えることができます。詳しくは次回の記事でご紹介しますので、しばしお待ちください。

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