リスキリング(学び直し)が注目される今、リベラルアーツ(教養教育)としての茶道を見直してみませんか。今回はIT企業やスタートアップで要職を歴任し、「電脳コラムニスト」として新しい働き方やキャリアの築き方を伝える村上臣氏に、茶道で得られる学びについてお聞きしました。(聞き手は、日経BP 総合研究所上席研究員 大塚葉)

村上 臣(むらかみ しん) スマートニュース ヴァイスプレジデント
村上 臣(むらかみ しん) スマートニュース ヴァイス・プレジデント
1977年生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒業。在学中に仲間とともに有限会社「電脳隊」を設立。2000年ヤフー(当時)に入社。2011年に退職後2012年に再入社し、執行役員兼CMOに就任。2017年LinkedIn(リンクトイン)日本代表に就任。2022年Google日本法人検索担当ゼネラルマネージャーに就任。2024年ニュースアプリを運営するスマートニュースのヴァイス・プレジデント 日本プロダクト担当に就任。複数のスタートアップの戦略・技術顧問も務める。武蔵野大学アントレプレナーシップ学部客員教授。主な著書に『転職2.0』『稼ぎ方2.0』(いずれもSBクリエイティブ)など

40代で茶道の稽古を始めました。きっかけを教えてください。

 以前から茶道などの日本文化に興味があり、自分で抹茶を点(た)てて飲んだりしていましたが、忙しくてなかなか稽古の時間が取れませんでした。ただ「〇〇道」は何事も身に付くまでに時間がかかるので、仕事をスローダウンする老後から始めたのでは楽しめる時間が短くなると考え、2020年に43歳で本格的に稽古を始めました。きっかけはコロナ禍です。在宅業務が続き、自宅のワークスペースを整えてお茶を飲んだりしているうちに、やはりきちんと習いたいと思うようになりました。

 ものづくりが好きで、自分で器などを焼いていたこともあり、師匠はものづくりの心が分かる「作家さん」に近い先生がいいと思って探していたところ、ご縁があって業躰(ぎょうてい:裏千家家元の名代)の奈良宗久先生に師事することになりました。

奈良先生のご実家は加賀前田家ゆかりの、金沢・大樋焼(おおひやき)の窯元ですね。先生ご本人も、大学在学時から陶芸家として活躍なさっていました。

 日展、日本現代工芸美術展にもたくさん出品なさっていますね。最初に奈良先生のお点前(てまえ)を拝見したとき、スタイリッシュで格好良く、「これが僕の目指す境地だ」と思い、ご指導いただくことになりました。今は稽古場に月2回通っています。

 2017年にリンクトインに移ったことも、茶道を始めたきっかけの一つです。僕にとって初の外資系企業でしたが、当時シリコンバレーではメディテーションやマインドフルネスがブームで、当時のリンクトインの社長もマインドフルネスに傾倒していました。彼は日本通で、日本文化についていろいろ聞かれるのですが、きちんと答えられなくて。そこで岡倉天心(『茶の本』で知られる思想家)や鈴木大拙(仏教哲学者)を読んで勉強したりしました。

 さまざまな茶会にも参加しています。「ICC(インダストリー・コー・クリエーション)サミット」という、スタートアップや企業の経営幹部が集まるカンファレンスに毎回モデレーターとして参画しています。このサミットは京都、福岡などで開催され、ピッチコンテストやディスカッション、交流会などを行っていますが、数年前に「最終日に茶会をやろう」ということになったのです。サミットには茶道家でTeaRoom代表取締役CEOの岩本涼さんも参加していて、彼と主催者が「ICC茶会」を企画しました。今年3月の福岡での実施が7回目になります。

2025年9月に京都で実施した「ICC KYOTO 2025」で、岩本氏が大徳寺玉林院で開催した茶会に参加する村上氏(写真提供:ICCサミット)
2025年9月に京都で実施した「ICC KYOTO 2025」で、岩本氏が大徳寺玉林院で開催した茶会に参加する村上氏(写真提供:ICCサミット)

 昨年は徳川美術館(名古屋市)の「黄金茶会」に行きました。美術館開館90周年ということで、茶室には重要文化財の純金の皆具(かいぐ:茶道具のセット)がしつらえてあったのです。床の間には牧谿(もっけい)が描いたと伝えられる「洞庭秋月図」や青磁の花入など美術館所蔵の逸品が飾られ、当時の戦国大名が見ていたのと同じ景色を目前にして感激しました。茶道を始めてから、こうした茶会に誘ってくださる「茶友」も増えています。60〜70代の女性が大半で、仕事では知り合えない、新しいネットワークができています。でも、僕がどのような仕事をしているか知らない方も多いと思います。

村上さんは『転職2.0』などで「キャリアの後半は、ゆるいネットワークを多くつくると良い」とおっしゃっていましたが、茶道もそれに近いかもしれませんね。

経営者は茶道をやらないと“オワコン”!?

茶道は女性の趣味と思われがちですが、ビジネスパーソンにとっても仕事に生かせるのではないかと考え、この連載を始めました。

 僕も同じ思いで、周囲の経営者やリーダーに茶道を広めています。「これからの経営者は茶道をやらないと“オワコン”だよ」と(笑)。昔の戦国大名にとって能と茶道は必須でしたし、昭和初期までは多くの財界人が茶道をたしなんでいました。現代の経営者には、ゴルフもいいですが、ぜひ茶事もやってほしいと思います。皆に声をかけ、日本料理店などで食事をし、作家とともに伝統工芸を学んだり抹茶をいただいたりする会も開催しています。

 経営者は「人」と関わりますよね。茶道では空気を読み、相手に配慮することが求められます。亭主は茶会や茶事に来てもらう客のことを考えて準備をし、もてなします。僕も拙いですが「お客さまにいい思いをして帰っていただきたい」と、目配りするように努めています。これは組織マネジメントに直結しますし、「相手が何に興味を持ち、モチベーションが上がるのか」と考えることは、まさに「1on1」そのものだといえるでしょう。日本企業の組織・人材マネジメントにおいては欧米の手法が取り入れられていますが、日本にはそもそも「茶の心」があったわけで、こうしたことを体感するのは良いことだと考えます。

 経営者の中には現代アートを蒐集(しゅうしゅう)する方もいますが、主に投資が目的であるように思われます。茶道具をたくさん持っていても、茶道をしない方もいます。でも茶道具は鑑賞するだけでなく、実際にお茶を点てて使いたいものです。最近、陶芸などの作家さんの多くが代替わり・襲名して、僕と同世代の方が活躍しています。このようなクラフトマンシップが好きで、応援したいと思っています。

茶道具を美術品として扱うのではなく、日常生活で実用に供することを推進した「民藝運動」の境地ですね。今日はお気に入りの茶碗(わん)をお持ちいただいています。

 志野の茶碗(写真左)は、加藤亮太郎さん(岐阜県の陶芸家)の作品です。コロンとしていてかわいいでしょう。窯焚きにもお邪魔しましたが、3日間ほど交代で焼くんです。茶碗は窯から出してみないと色が分からないといいますが、この緋色もいい色合いです。

 もう一つ(写真右)は松林豊斎さん(京都・朝日焼十六世)の作品で、ICC茶会でヘラルボニー(障害がある作家のアート作品の収益化を目指す企業)とコラボしていくつか作ってもらったうちの一つです。絵付けはヘラルボニーとの契約作家、肥後深雪さんによるものです。朝日焼で青磁釉(ゆう)を掛けたものは珍しいですね。

 前述のように僕自身もものづくりが好きで、盆栽に熱中していた頃に盆栽を入れる鉢や普段使いの皿などを自分で焼いていました。陶芸教室にも通いましたが、自宅にも小さな電気窯を買い、土や釉薬を取り寄せていたこともあります。

本格的ですね。エンジニアは茶道や焼き物に興味を持つのかもしれません。

 理系の人は、茶道にハマると思いますよ。

左が加藤亮太郎氏による志野茶碗、右が松林豊斎氏による青磁釉の茶碗
左が加藤亮太郎氏による志野茶碗、右が松林豊斎氏による青磁釉の茶碗

茶道はAI時代に人間にしかできないこと

あるメディアで「茶道には、ずっと初心者でいられる良さがある」と書いておられました。

 茶道は覚えることが多く、おそらく一生かかってもマスターできないでしょう。千利休が「稽古とは一より習ひ十を知り十より返るもとのその一」と歌に詠んでいます。どこまでいっても謙虚に学び続けるのが大事だと思います。

 茶道を始めて、自分がかなり変わりました。今思うと、若い頃は少し調子に乗っていたかもしれません。ヤフーで最年少の執行役員になりメディアにも取り上げられて「鼻持ちならない人間」だったと思います。しかしリンクトインに転職して「上には上がいる」と分かり、謙虚さを少し取り戻しました。さらに茶道を始めて「自分は全然ダメだな」と感じ、世の中の見方も変わって、「傲慢になってはいけない」と思うようになりました。

 奈良先生の社中はお弟子さんに教えている方も多く、僕なんか本当に「ぺーぺー」です。先生や皆さんにご指導いただきながら、謙虚に学ぶということをこの年になってできるのは、ありがたいことです。

 AIがこれだけ進化すると、人間にしかできないことは何か、と考えますよね。これはもう茶道だろうな、と。基本的に人と直接関わるものはAIにはできない領域で、特にフィジカルが絡むものとしてはホスピタリティ業界もそうですが、茶道は代表的ですよね。

 AIの進化で人間にできることがなくなるという恐怖感がある中、茶道は絶対に残るし、逆に重要性が高まっていきます。「対面でもてなす」という心の使い方は、「ChatGPT」にはできませんからね。目で見るだけでなく音や香りなど茶道は五感を使いますし、それにプラスして「第六感を使って先読み」するような世界です。この、感性を扱うということがAIにはできません。やはりロボットよりは人間にもてなされたいのが人情ですよね。AIがアップデートされるたびに、「これからの時代には茶道が必須」と感じています。

村上さんに「AI時代の茶道2.0」についてお聞きしたいと思っていたので、ぜひ詳しくお話しください。

 茶道にはさまざまな日本文化が総合的に含まれていますし、身体を動かして学ぶ稽古という「身体性」があるのも特徴です。点前をしていると、自然な流れの中に次の「手」があり、そこに意味があると分かってきます。点前の所作は、究極まで削り落とされ研ぎ澄まされて行き着いた形だと思います。点前は足腰を使うので健康にもいいですし、所作に気を配るようにもなります。自分の思うように体をコントロールできるようになり、瞑想と同じ効果があると思います。朝起きてお茶を点てて飲むと、午前中は驚くほど仕事に集中できるのです。僕にとって抹茶は「ジャパニーズレッドブル」のようなものです。

 また、茶道は季節感を大事にするので、道を歩いていても今までは見過ごしていた木や花に目が行くようになり、感じ取る情報量が格段に多くなりました。こうした感性が育ったのは、茶道を始めてはっきりと感じた変化です。人との関係性も同じで、「この人は何をしたいのか」を察する能力が以前より上がりました。季節の挨拶など、これまでまったく気にしていなかったことに気配りができるようになる。この感性の部分を磨くことが、AI時代に生き残るには必須で、人間にしかできない経験を積み重ねていくことは、これからより一層重要になると考えます。それで皆に「お茶をやりましょう」と普及活動をしているわけです。

企業では最近、リベラルアーツ(教養教育)研修が注目されています。リベラルアーツも視野を広げる意味で茶道と同じかもしれません。

 リベラルアーツで感性を磨き、広い視野で物事を捉える「メタ認知力」を養うことにつながるわけです。ヤフー時代の同僚で、『シン・ニホン AI×データ時代における日本の再生と人材育成』(NewsPicksパブリッシング)の著者である安宅和人さんが、今後のバリューチェーンについて「AI時代は『コ』の字型の社会になる。上の横棒が『ディレクション(意思決定)』、真ん中の縦棒が『生成・最適化・実行』、下の横棒が『ダメ出しと責任(判断)』である」と言っています。

 今後「生成・最適化・実行」の部分がAIに取って代わられ、究極的に人間にやれることは、上と下の横棒、つまり物事の方向性を示すこととダメ出しをすることだと指摘しています。この二つは結局、センスと経験によるところが大きいです。となると、茶道をはじめとしてリベラルアーツのように人間のセンスや経験を磨く学びが必要になります。

 実は僕は、AI時代には日本企業は(人事面で)「大逆転勝ち」できるのではないかと思っています。海外の企業は、これまで個人の専門性をひたすら伸ばしてきました。いわゆるジョブ型雇用ではスペシャリストとして仕事をするので、企業内で部署を横断する異動はまずありません。ある意味、非常にサイロ化しているのです。人が不足すると、社内ではなく社外から調達するわけです。こうした個人の専門性がAIに置き換えられるようになると、スペシャリストは今後行き場を失ってしまうでしょう。

 一方日本企業では、社員にさまざまな部署を経験させてジェネラリストを育ててきました。こうしたさまざまなファンクションの知識がある人がAIと組めば、最強となるでしょう。ここにきて日本型雇用は、世界で勝ち残るための変革を起こすきっかけになるのではないかと考えています。この話は、また別の機会にご紹介できれば幸いです。

「茶道で感性を磨き、広い視野を持つことが、これからのAI時代には必要不可欠になってきます」(村上氏)
「茶道で感性を磨き、広い視野を持つことが、これからのAI時代には必要不可欠になってきます」(村上氏)

村上臣氏がお薦めする茶道の本

『看脚下』(千玄室著、淡交社)
写真:スタジオキャスパー
 著者は2025年に102歳で逝去した裏千家茶道15代家元。生前「大宗匠」と親しまれた。書名は「足元を見よ」の意。
 「大宗匠は生き方を含めて尊敬しているので、最後に書かれた本ということで紹介します。僕自身は大宗匠と面識はありませんでしたが、奈良先生はご存命の頃に近くで学んでおられたので、思い出をよく話してくださいました。大宗匠は第二次世界大戦で特攻隊から復員し、終戦後は『一盌(わん)からピースフルネスを』の理念を掲げて世界各国を回って茶道を広めました。僕もそのお気持ちを大切にし、世の中に広めていければと考えています」(村上氏)

『川瀬敏郎 一日一花』(川瀬敏郎著、新潮社)
写真:スタジオキャスパー
 花人の川瀬敏郎氏による、山野草の写真と言葉を366日分を収めた写真集。
 「川瀬さんは池坊で華道を学んだ後パリに行き、その後は独自の流儀で創作活動をしています。この本は、東日本大震災後に川瀬さんが花を生け続けたブログの1年分を書籍化したものです。被災者への鎮魂の意味を込めて毎日一花ずつ捧げていたのですね。川瀬さんの生け方は花に人為を加えない『投げ入れ』で、山野や道端に咲く草木や花の良い部分を持ってきてサッと生ける、キュレーションのようなセンスを感じさせます。千利休が『花は野にあるように(生けよ)』と言いましたが、茶花に通じるものがあると思います」(村上氏)

取材・文/大塚葉(日経BP 総合研究所) 写真/稲垣純也


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