リスキリング(学び直し)が注目される今、リベラルアーツ(教養教育)としての茶道を見直してみませんか。今回はビジネス専門人材の仲介を手掛けるビザスクのCEO端羽英子氏に、茶会によるネットワーキングの楽しさについてお聞きしました。(聞き手は、日経BP 総合研究所上席研究員 大塚葉)

歴史や戦国大名に興味を持っていたそうですね。茶道を始めたのはいつですか。
学生時代から歴史好きで茶道をやりたいと思っていて、大学1年のときに茶道部に入ったのが最初です。東京大学には表千家の茶道部があり、茶室もありましたので、すぐに入部しました。
部員同士で自費で和菓子を買って、お茶と一緒にいただくのが楽しかったです。当時は若くて元気いっぱいだったので、先生から「畳はもっと静かに歩きなさい」と注意されたりして、「私、お茶に向いていないのかな」と思ったこともありましたが。
他大学の茶道部との交流もあり、東大茶道部の渉外担当として活動していました。さまざまな大学の茶道部が学園祭で開催する茶会に参加したり、こちらの茶道部での茶会にお招きしたり、お互いに訪問し合ううちに「茶会は楽しい」と感じるようになりました。
3年生になって本郷の校舎に移ってからは、駒場校舎の茶室に通う時間がなくなって、残念ながら茶道から離れてしまい、再開したのは2012年にビザスク(創業時はwalkntalk)を立ち上げたときです。当時、起業すると多忙になるという発想がまったくなく、「会社員を辞めるので、これからは自分の時間が持てる」と、自宅近くの茶道教室に通い始めました。
ところが、実際にはものすごく忙しくなってなかなか稽古の時間が取れず、先生のところに伺っても「すみません、今日はお点前(てまえ)はせずにお茶だけいただきます」と言って、先生に「うちはカフェじゃないのよ」と冗談交じりに言われたりしていましたね。結局1年くらいしか続けられませんでしたが、お菓子とお茶をいただくだけでも心が安らぐのを感じました。
「三度目の正直」でお稽古を再開したのは、2018年に子どもが高校1年になり手が離れた頃です。自分が行きたい街の教室にしようと考え、銀座にある茶道教室を探して伺うようになりました。とても熱心な先生で、茶事や旅行会などさまざまなイベントも企画してくださっています。
数年前から本格的に始めたのですね。茶道の稽古では点前という「型」を重視しますが、どのように感じていますか。
私自身は、型を習うのは好きです。起業家の仕事は世の中にないサービスを探してつくっていくことですが、茶道の世界は真逆で、何百年と続く型があります。その一つひとつに理由があり、点前の型を学んでいると謙虚な気持ちになれるのです。先生のご注意があると、「なるほど」と素直になれる。茶道の稽古が、自分の中でバランスを取ってくれている気がします。
経営者になると、立場上本気で叱ってくれる人が少なくなりますよね。
そうですね。社会的なプレッシャーや責任ある立場などに関わりなく、「この瞬間の最高のおもてなしをする姿勢」を教示してもらえるのがとてもいいと思います。「(所作や道具の置き方などを)どのようにしたら美しく見えるか」ということをずっと考えてきた先人たちが、点前の型をつくって長く伝えてきたわけで、そこに歴史の重みを感じます。歴史好きな私の感性に通じるものがあります。

ロールモデルは近代の数寄者。経営者のサロンを目指す
ご自宅に茶室も造られましたね。許状もいただきましたか。
大学の茶道部や今の先生のところで、許状をいくつかいただきました。ただ私はお茶の先生になりたいわけではないので、資格の取得にはあまり興味がないのです。もちろん歴史ある点前の稽古には敬意を表していますが、目指しているのは益田鈍翁(三井物産などを創業した益田孝)のような数寄者(すきしゃ)です。稽古にまい進するというより、彼らのように茶会を繰り広げたいんですよ。
2022年に鎌倉に自宅をかまえたとき、茶室も造りました。三畳の小間なので一度に4人ぐらいしか入れませんが、スタートアップの経営者などをお招きしてお茶を差し上げたりしています。懐石料理はつくれないので茶事というより茶会ですが、濃茶と薄茶をお出ししてそのあと食事をしながら皆で交流します。
松下幸之助さんの話で、松下電器産業(現パナソニック)の社員が新規事業を提案すると、松下さんがお茶を点(た)てながら話を聞いたというエピソードを耳にしたことがあり、すてきだなと感じました。私がお茶を点ててお客さまをおもてなししているときに、皆さんが会社や事業のことなどを話してくれるといいな、と思います。お茶会にお招きした方同士が、その後仕事でつながったという話を聞くとうれしいです。
自宅の茶会には茶道の経験がない方もお招きしていますが、「なんだか面白そう」と思って来ていただいて、皆さんで楽しくお茶を飲んでいただけるといいと感じています。
自宅で使っておられるお気に入りの茶道具をお持ちいただきました。
まず掛軸は、益田鈍翁の90歳の頃の和歌を表装したものです。「山家(さんか)」と題が付いているので、晩年に隠棲的な生活をしていた頃のものでしょうか。「かくまでと思はざりしにさびしきは語る友なき山の庵なり」という歌で、話し相手もいなくなって、こんなに寂しくなるとは思わなかった、と詠んでいます。実際には鈍翁には茶道があり知人もいましたから、本当の意味では寂しくなかったかもしれませんが。私も自宅に皆さんをお招きするときにこの掛軸を掛けて「めっちゃ寂しいから、皆さんうちに遊びに来てね」と話しています。
もう一つは文鎮と筆置です。最近、墨をすって筆で巻紙に手紙を書くようになりました。茶道では、お茶会の案内状やお礼状を筆で書く習慣がありますよね。
すずりで墨をする行為が、マインドフルネスにつながりますよね。
楽しいですよ。筆文字はまだあまりうまくないのですが、巻紙は間違えて書いてしまっても切ってつなげればよいので実は便利です。巻紙で手紙を出すと、皆さん面白がってくださいます。先日も、仕事の会食のお礼が遅くなってしまったおわびに巻紙で手紙を出したら、喜んでくださいました。巻紙の手紙は休日などに楽しみながら書いていて、まさに趣味が仕事につながっています。
茶道で自然につながり、「一座建立」を目指す
端羽さんの茶道は、まさに経済人のサロンを目指しているのですね。
自宅の茶室に皆さんをお招きするとビジネスの話もしますが、決して「(仕事につなげたいという)下心があって集まる会合」ではなく、あくまでもお茶という趣味の世界を一緒に楽しめるネットワークをつくりたいと思っています。そして、そういう人たちとなら共にビジネスをしたい、と思えるようになるのがいいですね。私はこれを「茶室外交」と呼んでいます。
茶道には長い歴史があり、古くから伝わる道具を使ったりしますよね。近代の数寄者たちは、こうした茶道の伝統的な価値観や教養などを大事にしながら、茶室の中で「これからの日本を豊かにしていこう」と語り合っていたわけです。過去を学びながら未来について語るのは、かっこいいですよね。起業家である私の気持ちと近い、と言うとおこがましいですけれど、茶道と経営は別物ではなく重なるのだと考えています。
ビザスクは「知見と、挑戦をつなぐ」をミッションとし、「あらゆる障壁を超え、世界中の知見とミッションを最も効果的につなぐグローバルプラットフォームを創り、より良い未来へ貢献する」というビジョンを掲げています。この理念につながりますね。
その通りで、ビザスクの事業の根幹は専門家と企業をつなぐサービスです。私自身、リアルな場で人と人をつなぐことが好きで、その延長線にあるのが「茶室外交」なのです。茶道を通じて、「未来を良くしていきたい」という思いを同じくする人や同志がつながればうれしいですし、それも無理やりだったり打算的だったりせずに自然に集まって、未来を一緒につくっていけたら、それこそが「一座建立」なのだと思います。
茶道は楽しいし、自分で点てられなくてもお客さまになるだけでもいいので、まずはお茶会に行くことから始めるといいと思います。そしてお茶が好きになり興味を持ったら、ぜひ小さくてもいいのでお茶会を開いてみることをお勧めします。
私にとって茶道は、仕事に励むためのモチベーションになっています。私自身「現代の茶人経営者」を目指しているので、ビジネスでもしっかり実績を残しながらお茶のネットワークを広げられれば、と思っています。

端羽英子氏がお薦めする茶道の本
「戦国武将や茶人、家元などが削った茶杓をひたすら紹介した本です。師匠の薦めで読み始めましたがまだ終わらず、もしかすると一生かかっても読了できないかもしれません(笑)。実は、初めのうちは茶杓にあまり興味がなく、それぞれの違いもよく分かりませんでした。それが2年前の奈良旅行のときに初めて自分で茶杓を削り、『茶杓には作者によって違いがあり、それぞれが美しい』と気づいたのです。本書を読みながら『これはあの戦国大名が削った茶杓だ』と思いをはせるのも、歴史好きとしてはワクワクします。自作の茶道具が後世まで残り、使い続けてもらえたら最高ですよね。これは起業する良さと同じで、(会社やビジネスという)自分の死後にも残るものをつくることで、自分の足跡が歴史に残ればいいなと思います」(端羽氏)
取材・文/大塚葉(日経BP 総合研究所) 構成/南浦淳之(日経BOOKプラス) 写真/稲垣純也
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