皆さんは、どのような「本の読み方」をしていますか? 実は、「読む」というのは多様性に富んだ行為であると語るのは、YouTube「ゆる言語学ラジオ」のパーソナリティで、自身も読書好きであり、近刊『 会話の0.2秒を言語学する 』(新潮社)がベストセラーとなっている水野太貴さんです。しかし、世の中の「読書家たち」によって、その多様性が封殺されていると水野さんは指摘します。それはどういうことでしょうか? 教育心理学と認知科学の専門家で、『 科学的根拠(エビデンス)が教える 子どもの「すごい読書」 』(日経BP)の著者・猪原敬介さんをホストに語ります。1回目は、「読む」ことの多様性と読書の科学について。
読書だけが「正解」ではない! だけど読書を勧めたい理由
水野太貴さん(以下、水野) いきなりこんな話から入るのも変ですが、猪原さんが書かれたこの本(『 科学的根拠(エビデンス)が教える 子どもの「すごい読書」 』、日経BP)の「誠実」さに心打たれました。読書の効果をテーマにしていながら、「読書は〇〇に効くんです!」「本はこう読め!」と露骨にうたうことを避けて、とても慎重な表現を選んでいる。
たとえば、「本を読むと頭が良くなる」とか「将来の年収が上がる」みたいな読書の効果についての言説は多いですけど、生まれ持った特性が読書に向かない人や、読書に慣れ親しむことができない環境で育った人のことを軽視しがちだと思うんですよ。
でもこの本は、たとえば最後のPart6で、読書に向かない特性を持った子が存在することや、そういう子にとっては読書以外のメディアのほうが向いている場合もあることをしっかり書いていますよね。これは本当にぐっときました。

猪原敬介(以下、猪原) ありがとうございます。ご指摘の箇所はかなり悩んだ部分で、多くの人に本を手に取ってもらうことだけを考えたら、そういうことは書かないほうがよかったかもしれません。でも、読書に親しめない人がいるのは行動遺伝学的にも事実だと思うんですね。
水野 本当にそうですよね。あと、子どもの頃、家にどれだけ本があったかとか、環境にも大きな差があるはずだし……。
子を持つ多くの親が、「親が努力して環境を整えれば子どもは読書好きになるはずだ」という幻想を持っている気がするんです。そのせいで、お子さんが読書好きにならなかった親が、「読み聞かせが足りなかったからだ」みたいに自分を責めたりしそうだなって心配しているんですが、この本では、専門家である猪原さんがそういった幻想を否定してくれているので、勇気づけられる方も多いと思います。
猪原 その上で、本の結論としては、そういった個人差はあるけれど、やっぱり他のメディアよりも平均的に質が高く、かつ、質のばらつきが小さい本は基本的にはお勧めである、というところに落ち着きましたね。
水野 それを、科学的根拠に基づいて書かれたわけですね。
ようやく進む「科学的な読書の研究」が示すこと
水野 読書をテーマにした本はたくさんありますが、その多くは科学ではなく、個人の体験や経験則に基づいて、お勧めの読書法を説くものですよね。実は僕は、あれがあまり好きではないんです。
というのも、読書って個人差が大きいと思うからです。以前、僕がスピーカーをしているYouTube・Podcast「ゆる言語学ラジオ」で読書のコツをテーマにしたことがあるんですが、そのときも、「これはあくまで一個人の事例でしかないですよ」ということは強調しました。
読書はたくさんの人が興味を持つ割には科学的なアプローチをした本がほとんどない分野ですよね。
猪原 実際、研究者も少ない分野です。ただ、2020年以降は研究が盛んになっています。心理学では、過去の研究データをたくさん集めて、もう一度分析する「メタ分析」という手法が広まっているんですが、読書研究もその手法を導入して盛り上がっているんですね。

水野 メタ分析の材料になる過去の読書研究がたくさん蓄積されたということですか?
猪原 そうです。2000年前後くらいはメタ分析の対象になる論文の数もせいぜい20本くらいでしたが、今だと200とか300の論文のデータをまとめて分析するようになっています。
水野 なるほど、じゃあ読書研究はひとつの成熟期を迎えているんですね。
そういった読書研究では、さっき僕が言った読書の個人差や文化差は、どのくらい問題になっていますか? たとえば、研究の対象者が高い教育を受けた西洋人に偏ってしまい、非西洋圏や教育水準が高くない人々が軽視される「WEIRD(ウィアード)問題」はクリアされているのかな、とか。
猪原 クリアされているとは言い難いですね。やはり欧米への偏りはあります。ただ、日本や、近年は中国からもそれなりに読書研究が出てきています。
水野 たとえば、英語の本を読む場合と日本語の本を読む場合とでは、読書体験に違いはないでしょうか。
猪原 日米の比較だと、文字体系以前に社会的な条件の違いが大きいかな。学校制度も違うし、アメリカは貧富の差が大きいですから、そういった違いが際立ちます。あと、文化差という点では、たとえば読書がどれだけ寿命を延ばすかというデータには国ごとの違いがあったりしますが、読書が言語・共感・知的能力にプラスの効果を持つのは、世界的な傾向ですね。
「読む」という行為の多様性
水野 以前、認知症や、読み書きに困難を抱えるディスレクシア(発達性読み書き障害)などの方がどのように本を読んでいるかを記した『読めない人が「読む」世界』(マシュー・ルベリー、原書房)という本を読んで、「読む」という行為の多様性を知りました。すごく色々な読み方があるんですよ。裏を返すと、僕のような「普通」の読み方は、決して普通ではないんだということですよね。
猪原 確かにそうですね。
水野 人類史を振り返りながら口承と文字記録との関係について論じた『声と文字の人類学』(出口顯、NHK出版)という本には、明治時代の日本の新聞に、「電車内で新聞を音読する人がいて迷惑である」という投書があったと記されていました。
日本だと明治時代くらいまでは、「読む=音読」でしたよね。それが徐々に今のような、声に出さずに読む「黙読」に取って代わられていく。だから昔は新聞を音読する人がたくさんいたんだと思いますが、これも読み方の多様さ、僕たちにとっての「普通」を疑わせるエピソードですね。
猪原 本当にそうです。被験者にパソコンの画面で長文を読んでもらう実験をしたときに痛感したんですが、多くの人が50分くらいかけて読み終える文章を、速い人は25分くらいで読んでしまう。一方で、2時間くらいかかる人もいる。読書のスピードひとつとっても、これだけの個人差があるんです。

水野 時間がかかる方は、途中で集中力が切れてしまうとか?
猪原 いや、そうではなく、本当にていねいに、ゆっくりと読むんです。実験室なので様子が分かるし、眼球運動も測定しているので、それが分かるんです。それがその方にとっての「読む」ということなんですね。
水野 速読法を説く本も多いですが、こういった「読み」の個人差はあまり意識されていない気がします。
今の僕は月に20冊くらい本を読みますが、読書が苦手な人からすると、超人的に見えると思うんですよね。月に20冊って。
猪原 それはすごい読書量ですね(笑)。確かに超人的かも……。
水野 でも僕は生まれたときから月に20冊読んでいたわけではなくて、少しずつ段階を踏んで読めるようになっていったわけです。もちろん、僕が生まれ持った認知特性が、すごく活字向きだったことも忘れてはいけない要素ですけど。
どんな読書家も、いきなり『資本論』から読みはじめた人はいないと思うんですよね。最初は簡単な本を、ゆっくりと読んでいたと思うんです。でも、読書家はその時代のことを隠しがちじゃないですか。あれってズルいっていうか、読書に親しんでない人が本を読むハードルを、無駄に高くしている気がするんだよな……。
(構成=佐藤喬、写真=鈴木愛子)
本が好きな子にも、ちょっと苦手な子にも。本を読めば、将来、直面する「壁」や「迷い」を乗り越えやすくなる。本の効果は、「頭がよくなる」だけではありません。探究心・知的好奇心・思いやり・友達や周囲の大人とのコミュニケーション力…読書の効果を無理なくいいとこ取りするための、科学的根拠が教える読書法!!
猪原敬介著/日経BP/1980円(税込み)
