読書研究の専門家で、『 科学的根拠(エビデンス)が教える 子どもの「すごい読書」 』(日経BP)の著者・猪原敬介さんのもとには、しばしば保護者から「漫画は読書に入りますか?」という質問が届くといいます。その質問自体が、「読書家たちの振る舞いが、読書のハードルを上げている証拠」と語るのは、YouTube「ゆる言語学ラジオ」のパーソナリティで、自身も読書好きであり、近刊『 会話の0.2秒を言語学する 』(新潮社)がベストセラーとなっている水野太貴さん。それはどういうことでしょうか? 対談2回目は、水野さんの読書経験の振り返りを通して、「結局、漫画は読書に入るのか?」という問いについて考えます。

「読書のハードルが不必要に高すぎる」? 読書家たちの初心者時代

水野太貴さん(以下、水野) 僕は出版社に勤める人間でもあるんですが、「読書バリアフリー」をもっと進めたいと思っています。読書家と呼ばれる人たちが、不必要に読書のハードルを上げていると感じるんですよ。

猪原敬介(以下、猪原) ハードルというと?

水野 たとえば、いかにも「自分は難しい本をたくさん読んでいますよ」みたいに見せかける人は多いですけど、実際は本の前書きとか書評だけ見て読んだフリをして語っていることも少なくないと思うんです。でも、それを隠すから、本を読まない人からすると「読書家ってものすごく大量の本を読んでるんだな、じゃあ自分には読書なんて無理だな」と感じちゃう。

水野太貴(みずの・だいき)
1995年生まれ。愛知県出身。名古屋大学文学部卒。専攻は言語学。出版社で編集者として勤務するかたわら、YouTube、Podcastチャンネル「ゆる言語学ラジオ」で話し手を務める。同チャンネルのYouTube登録者数は48万人超。著書に、『会話の0.2秒を言語学する』(新潮社)、『復刻版 言語オタクが友だちに700日間語り続けて引きずり込んだ言語沼』(バリューブックス・パブリッシング)、『きょう、ゴリラをうえたよ 愉快で深いこどものいいまちがい集』(KADOKAWA)がある。

猪原 確かに(笑)。

水野 あと、よくあるのが「読書初心者時代」の隠蔽(いんぺい)ですよね。どんな読書家も子どもの頃はやさしい本を読んでいたはずだし、そもそも、読書を始めるきっかけになった要因が、周囲の環境にあったと思うんですよね。家に本がたくさんあったとか、親が本を読むのを見て育ったとか。

 読書家にはそういう、本人の努力ではなく、環境によって下駄(げた)をはかせてもらっている面が絶対あるのに、隠すのが気に食わない(笑)! そういったアドバンテージがない人が読書にチャレンジしづらくなるじゃないですか。

水野太貴の「読書初心者」時代

猪原 今の水野さんはかなりの読書家だと思いますが、「読書初心者」時代は何から読み始めたんですか? 子どもの頃にことわざ辞典を愛読されていた、というエピソードを「ゆる言語学ラジオ」で聴きましたが、その時点でただ者ではないような(笑)。

水野 確かに、小学校2年生のときにはことわざ辞典を読んでいました。それは難読漢字が好きだったからなんですが、僕の漢字への好奇心も、環境によって加速した面は強いですね。というのも、僕が難しい漢字を書けることを褒めてくれる先生がいたんですよ。だから、その先生に褒めてもらおうと一生懸命難しい漢字を覚えた面があるんです。そして、漢字への関心を手掛かりに、読書に入っていった感じです。

 でも、幼い僕がそういう人と出会えたのは運じゃないですか。誰にでも起こることじゃない。僕はそういう運の良さは隠さないでいたいですね。

猪原 水野さんのご実家は、読書についての環境はどうでしたか?

水野 猪原さんの『科学的根拠(エビデンス)が教える 子どもの「すごい読書」』には、読み聞かせの効果を説いた箇所(Part5)がありますよね。

「どんな読書家にも必ず初心者時代がある」と水野さん。
「どんな読書家にも必ず初心者時代がある」と水野さん。

 そこを読んで思い出したんですが、子どもの頃、母親が僕と姉貴を自転車に乗せて、よく図書館まで連れて行ってくれたんですよ。図書館はちょっと遠くて、しかも坂の上にあるんですが、母親は子ども2人を乗せた重い自転車を漕(こ)いで、絵本を借りて読み聞かせてくれました。『からすのパンやさん』(かこさとし作・絵、偕成社)が好きだったな……。

 母親はあまり本を読まないんですが、こういう形で読書への地ならしをしてくれていたのは間違いないです。本当に感謝ですよね。

漫画から読書に入って何が悪い?

猪原 ちなみに、もう少し大きくなってからになると思いますが、漫画も読みましたか?

水野 読みました! 父親は漫画を含め、本が好きでたくさん持っていたので、小学校くらいには父の蔵書を、漫画から読み始めていましたね。

猪原 水野さんのお父さん世代が読んでいた漫画というと、なんでしょう?

水野 親父は感性が若くて、世代問わず流行の漫画はたくさん持っていたんですよ。『幽☆遊☆白書』(冨樫義博、集英社)、『H2』(あだち充、小学館)、『美味しんぼ』(原作:雁屋哲、作画:花咲アキラ、小学館)、『ONE PIECE(ワンピース)』(尾田栄一郎、集英社)なんかを読んだのはよく覚えていますね。小学生のときは、行政書士を描いた『カバチタレ!』(監修:青木雄二、原作:田島隆、作画:東風孝広、講談社)が好きでした(笑)。「内容証明」とか専門用語の意味も分からずに読んでいましたね。

猪原 『幽☆遊☆白書』って、まさに私が世代的にドンピシャですよ(笑)。

 水野さんに漫画について伺ったのは、読書研究をしていると、すごく頻繁に「子どもが漫画を読むのはどう思いますか?」と聞かれるからです。漫画の読書効果については本のPart2に書きましたが、水野さんはどう思いますか?

猪原さんのもとには「漫画は読書に入るか?」という質問が多く寄せられているという。
猪原さんのもとには「漫画は読書に入るか?」という質問が多く寄せられているという。

水野 え、全然いいんじゃないですか? 僕は本に貴賤(きせん)はないと思っているので、漫画でもライトノベルでもビジネス書でも、読みやすい本から読書に入ればいいと思いますよ。世の読書家も、そうやって本に触れるようになったわけですから。

猪原 なるほど。ただ、親御さんは子どもに、もっと教育効果が高そうな、難しい本を読んでもらいたがることが多いんですよ。

 でも今の水野さんのコメントで気づいたんですが、子どもが漫画を読むのを心配する親御さんは、読書家の多くも、最初は漫画や読みやすい本から入って、だんだんと難しい本に移行していったという、いわば「階段」があることを知らないのかもしれませんね。読書に親しんでない親御さんほど「階段」の存在を知らず、過剰に不安になってしまうのかもしれません。

「小説の読み方が分からない!」

猪原 水野さんはこうして、漢字への関心や漫画を入り口として、読書に入っていったんですね。

水野 そうですね。でも読んでいたのは、「説明文」の本ばかりなんですよ。たとえば小学生のときにハマっていたのは雑学本です。「カバの汗はピンク色!?」みたいな小見出しがあって、400字くらいでその説明があるような。

 一方で、「物語文」というか、小説は全然読めなかったんですよ。小学校5年生の冬休みに「小説も読まなきゃな」と思って、その頃はやっていた『エラゴン』(クリストファー・パオリーニ著、大嶌双恵訳、静山社)というファンタジー小説を読んだんですけど、全然読み進められないんです。1ページ1ページ、ページ番号を数えながら100ページまで読んだときに「やっとここまで来たか」と思ったのをよく覚えていますね(笑)。だから、僕は読書が苦手な人の感覚も分かる気がします。

猪原 小説の何が苦手なんですか?

水野 なんというか、僕の脳は文章を「情報」として処理してしまうから、物語文を読んでもイマジネーションを膨らませる方向に行かないんですよ。今も科学本とか、研究者が書いたような本ばかり読んでいるし……。

猪原 水野さんは読書家なのに、小説を苦手としているのは面白いですね。

水野 あ、いや、必ずしもそうでもなくて、高校時代は星新一のショート・ショートはよく読んでいました。ああいう、短くて「オチ」がある話が小説だと思い込んでいたんですよ。だから後で太宰治とかの純文学を読んでも、「で、オチは?」と思ってしまって楽しめませんでした(笑)。

小説を読むとつい「で、オチは?」と思ってしまうという水野さん。
小説を読むとつい「で、オチは?」と思ってしまうという水野さん。

猪原 一般に、子どもにとっては説明文よりも物語文のほうが分かりやすいので、水野さんのパターンは興味深いなあ。

水野 猪原さんの本のPart2に、「物語文は説明文よりも分かりやすい」と、エビデンスを挙げて書いてありましたよね。今の僕は説明文のほうが分かりやすいと思っているので、びっくりしました。

(構成=佐藤喬、写真=鈴木愛子)

本を味方にすると、子どもの人生は豊かになる!!

本が好きな子にも、ちょっと苦手な子にも。本を読めば、将来、直面する「壁」や「迷い」を乗り越えやすくなる。本の効果は、「頭がよくなる」だけではありません。探究心・知的好奇心・思いやり・友達や周囲の大人とのコミュニケーション力…読書の効果を無理なくいいとこ取りするための、科学的根拠が教える読書法!!

猪原敬介著/日経BP/1980円(税込み)