「物語文は、説明文よりも僕にとっては難しい」と語るのは、YouTube「ゆる言語学ラジオ」のパーソナリティで、自身も読書好きであり、近刊『 会話の0.2秒を言語学する 』(新潮社)がベストセラーとなっている水野太貴さん。「読む」ことの多様性の中では、「難しさ」や「分かりやすさ」の尺度も人それぞれだと指摘します。教育心理学と認知科学の専門家で、『 科学的根拠(エビデンス)が教える 子どもの「すごい読書」 』(日経BP)の著者・猪原敬介さんをホストにお届けするスペシャル対談の3回目は、改めて読書における多様性と読書研究の未来について。
「ゆる言語学ラジオ」はミステリー小説である
猪原敬介(以下、猪原) 水野さんほど本を読んでいる人が、 「オチ」がない物語を楽しめないというのは面白いですね( 第2回参照 )。でも水野さんがいう「オチ」の定義って、具体的にはなんですか? 笑いではないですよね。
水野太貴さん(以下、水野) 一言で表現すると、読者が「なるほど!」と感じられる種明かしですね。謎や不可解な状態を成立させる補助線の提示です。典型的には、ミステリー小説の終盤にあるトリックの解説がまさにそうで、あれは僕にとってはオチなんです。僕はクイズも好きなんですけど、その理由もやはりオチとして正解の提示があるから。

猪原 なるほど(笑)。
水野 実はYouTube「ゆる言語学ラジオ」もオチを重視して台本を作っているから、構造がミステリー小説に似てくるんですよ。
たとえば、ミステリーの冒頭だと、厳重なセキュリティーがあるにもかかわらず貴重な宝石が盗まれたとか、誰もいない建物で人が殺されたとかの、謎が提示されますよね。
猪原 はい、そうですね。
水野 「ゆる言語学ラジオ」の冒頭も同じで、誰も死にませんけど、代わりに言語学的な謎を示すんです。「食べた」など過去を意味する助動詞の「た」があるけれど、「お、バスが来『た』」は現在だし、「あ、明日は彼女の誕生日なのに忘れて『た』!」だと未来じゃないですか。これは不可解な謎です。
猪原 おお、確かに……。
水野 そして、その謎を鮮やかに説明する言語学の知見を紹介する。これは、ミステリーの種明かしと同じですし、僕流に表現するとオチです。
猪原 まさにそうですね。
水野 ただ、このオチ重視のスタイルにはリスクもあります。これが極端に悪い方向に行っちゃったのが陰謀論ですよね。社会や政治に対する謎や不安、不満に対して、あまりにも簡単すぎる「種明かし」をしてしまうのが陰謀論ですよね。構造だけで見ると、陰謀論とミステリー小説や「ゆる言語学ラジオ」は似ているところがあると思います。
猪原 よく分かりました。水野さんは、種明かしであるオチがある説明文は楽しく読めるけれど、それがない物語文はピンとこないというわけですね。
実は私も水野さんと同じくミステリー小説が大好きなんですが、楽しみ方が違って、オチとかトリックの種明かしにはあまり興味はありません。登場人物同士の会話とか、文体の雰囲気を楽しんでいるんです。同じものを読んでも、水野さんと私とで読み方が全然違うのが面白いですね。
分かりやすさと科学的誠実さのバランス
水野 オチを用意する構造は、僕のはじめての単著『会話の0.2秒を言語学する』(新潮社)でも意識しましたね。
猪原 そうそう、あの本、すごく面白かったです。実は私は学生時代、言語学か心理学かで迷っていた時期がありました。それで、言語学の講義をとったり本を読んだりもしたのですが、当時の私にはすごく難しくて、正直、何を言っているかよく分からないと思いました。それで結局、自分の関心は言語学にはないと思って心理学を選んだんです。
そんな私でも『会話の0.2秒を言語学する』はとても楽しめました。言語学に興味がある高校生や大学生は、まずはこの本を読むのがいいんじゃないかな?

水野 ありがとうございます。おっしゃるように言語学って、研究者による分かりやすい入門書が多くないんですよね。
ただ、一般人向けの入門書を書くようなアウトリーチ活動って、時間がかかるわりに研究者にとっては業績にならないし、下手したら他の研究者から白い目で見られてしまうリスクもあるじゃないですか。
その結果、アカデミックな観点からは大いに問題がある一般書がたくさん作られてしまっている分野がありますよね。さっきの陰謀論じゃないですが、過剰に単純化・一般化することで、科学的には問題があるオチがついてしまうこともある。
猪原 そうですね。
水野 つまり、研究者による分かりやすい本は社会に必要だけど、知的な誠実さは犠牲にしたくない。両者はトレードオフの面があると思うんですが、猪原さんの本のバランス感覚は見事でした。
たとえば本の冒頭、Part1でいきなり「実は、心理学ではある主張を『証明』するのは難しく、データを統計解析することで、その主張をデータは『否定しない』ことを示すしかない。それを積み重ねるのが実証である」ということを書かれているじゃないですか。このくだりなんて、誠実すぎて感動しましたよ(笑)。あまたある読書本も含めて、個人的な主張を「証明」したと叫ぶ言説ばかりなのに……。
猪原 ありがとうございます。読書に関して、科学的に確からしい知識をできるだけ曲げずに伝えたかったのでそういった表現になっていますが、一方で、「こうやって読書させれば子どもの学力は伸びます!」みたいな、分かりやすい結論を求める読者が多いのも事実だと思ったんですよね。
それで私が行きついたのが、「一生ものの本と出合おう」というシンプルな指針です。
水野 なるほど、あの結論は、そうやって行きついたものだったんですね。
猪原 子どもを読書好きにする特効薬はないですし、将来的に子どもが読書好きになるにしても、それまでには時間がかかる。長期的な営みですから、親子ともに無理があると続かないと思うんですよ。
だから、表面的に色々な読書法を試すのではなくて、心から読書を楽しめるマインドを身に付けるのが、結果的には読書の教育効果をいちばん感じられる道なんじゃないかなと思って、ああいう結論にしました。
読書の多様性と未来
猪原 対談の冒頭で言ったことの繰り返しになってしまいますが、読書についての研究が盛んになったことで、読書にどのような効果があるかを、科学的に語れるようになりました。この本はそういった知見を紹介するものです。
ただ、これは私が専門とする心理学の方法論の弱点でもありますが、大量のサンプルから採集したデータを相手にする以上、個人差や多様性が埋もれがちなんですね。もちろん、本に書いたように、その方法でたくさんのことが分かってきたのは事実ですが、そろそろ研究は次のフェーズに進んでいいような気がするんです。
水野 次のフェーズというと?
猪原 細かな個人差や、特性の違いをもっと問題にしてもいいと思うんです。ここまで話してきたように、水野さんと私とでも、本の読み方には大きな違いがありましたよね。「本を読む」という行為には、まだまだ知られていない多様性が潜んでいるはずなんです。
水野 なるほど、大量のデータに基づく量的な研究だけではなく、質的な研究にも力を入れていくということですよね。社会学では質的研究が注目されていますし、言語学でも質的なアプローチが増えているのは、猪原さんがおっしゃるような問題意識を持つ人が増えているからかもしれませんね。
猪原 はい、この対談もそうですが、特定の個人の読書に焦点を合わせるケーススタディのほうが、個人間のばらつきがはっきり出ますから、量的な研究よりも気づきが多い気がします。
実は『科学的根拠(エビデンス)が教える 子どもの「すごい読書」』は、AIが急激に浸透しつつあることを意識しながら書いたんです。今後、AIによって、読書の位置づけや本の読み方は激変するかもしれません。そんな時代ですから、最終的にはそれぞれのご家庭、そしてそれぞれの個人がどのように本を読むかにかかっています。
読書についての科学的知見をまとめた本書が、その判断のお手伝いをできればうれしいですね。

(構成=佐藤喬、写真=鈴木愛子)
本が好きな子にも、ちょっと苦手な子にも。本を読めば、将来、直面する「壁」や「迷い」を乗り越えやすくなる。本の効果は、「頭がよくなる」だけではありません。探究心・知的好奇心・思いやり・友達や周囲の大人とのコミュニケーション力…読書の効果を無理なくいいとこ取りするための、科学的根拠が教える読書法!!
猪原敬介著/日経BP/1980円(税込み)
