イーロン・マスク、スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス……。天才的なイノベーターが生み出したイノベーションはそれぞれ異なりますが、「思考の型」は共通しています。第一原理思考、アナロジー思考、パラノイア思考、物語思考、反逆思考、情熱思考、SF思考など、傑出したイノベーターに共通する「10の思考法」を、本人たちへの取材や100冊以上の書籍から得た知識を基に徹底解剖した書籍『 天才思考 世界を変えるイノベーションを生む10の思考法 』から一部を抜粋・再編集してお届けします。連載の第6回では、イーロン・マスクやビル・ゲイツと発達障害の関係を取り上げます。 =敬称略
天才的なイノベーターには発達障害を持つ人が多いというイメージを持つ人も少なくないのではないでしょうか。
イーロン・マスクは2021年5月に、米NBCの「サタデー・ナイト・ライブ(Saturday Night Live)で、自らが「アスペルガー症候群である」と告白しました。
「時に変なことを言ったり、SNSに投稿したりすることは自分でも分かっていますが、それは私の脳がそのように機能しているからです」「私が怒らせてしまったすべての人に言いたいのは、私は電気自動車(EV)を再発明し、ロケットで人間を火星に送ろうとしているということです。そんな私が『落ち着いた普通なヤツ』だとでも思いましたか?」(マスク)
アスペルガー症候群とは、かつて使われていた診断名で、知的発達や言語発達の遅れを伴わない自閉症スペクトラム障害(ASD)の一類型とされています。
空気を読むのが苦手で、コミュニケーション能力が低く、対人関係をうまく築けない。没頭すると一心不乱に物事に取り組み、周囲の声さえ聞こえなくなる「過集中」状態になる、といった特徴は、まさにマスクに当てはまります。
2022年4月にスピーチイベント「TED」に登壇したマスクは、発達障害の影響についてこう述べています。「私にとって、社会的なシグナル(暗黙の了解や空気感)は直感的に理解できるものではありませんでした」「周りが直感的に理解していることが分かりませんでした。言葉をそのまま額面通りに受け取ってしまい、それが間違いだと気づくのに時間がかかったのです」
スペースXの社長兼COO(最高執行責任者)のグウィン・ショットウェルは、米伝記作家のウォルター・アイザックソンが著した『イーロン・マスク』で、マスクの発達障害が対人関係に与える特徴について次のように述べています。
「イーロンのようにアスペルガーな人は、人間関係を円滑にする手がかりに気づけませんし、自分の言葉がほかの人にどう受け取られるのかが自然に分かったりしません。イーロンは相手の性格や個性をきちんと理解できますが、それは学習の結果であって、感情による自然な理解ではありません」
ASDの人は他人に共感する力が足りない場合があるとしばしば指摘されており、マスクにもそれが当てはまるようです。
マスク自身も「正直に言って、幸せな子ども時代ではありませんでした。とても過酷な環境でした。でも、たくさんの本を読みました。本を読み、映画を見ることで、少しずつ物事を理解していったのです」と前述したTEDのインタビューで述べています。さまざまな本を読んだことが、マスクが他者の気持ちを理解する助けになったようです。
「傷ついた人の手当も私の仕事なんです」
「イーロンはくそ野郎じゃないんですが、でも、おりおり、そう思われてもしかたがないことを言ったりします。自分の言葉が相手にどう受け取られるのかを考えないからです。ミッションを成功させたい──それしか頭にないんです」(ショットウェル)
夫が自閉症スペクトラム障害だったショットウェルは、マスクが抱える発達障害の特徴をよく理解しています。炎上するような発言をしたときには、マスクをたしなめるような努力をするのではなく、ただ、心を癒やすことだけを考えるのだそうです。「傷ついた人の手当も私の仕事なんです」とも、ショットウェルは述べています。
しかしながら発達障害という脳の個性は、マスクの強力な武器でもあります。アスペルガー的な特性の1つである「ハイパーフォーカス」と呼ばれる特定の対象への過度な集中は、宇宙ロケットやEVなどの専門知識の土台になっています。
「一度興味を持った対象を徹底的に掘り下げる特性が、後にロケット工学やEVの設計を独学で学ぶ原動力になった」とマスク自身も語っています。さらに書籍『天才思考』で詳しく紹介した、常識にとらわれず、物事を根本的な物理法則にまで分解して課題を発見し、新たな解決方法を見いだす「第一原理思考」を実践するうえでも、発達障害はプラスに働いている可能性があります。
ビル・ゲイツも自閉症スペクトラム障害
ビル・ゲイツも『ビル・ゲイツ自伝1 SOURCE CODE 起動』でこう語っています。「いま僕が子どもだったら、おそらく自閉症スペクトラム(ASD)と診断されるだろう」「なぜ息子がある種のプロジェクトに夢中になるのか、空気を読めないのか、他人への影響を考えずに無礼な態度や不適切な態度を取ることがあるのか、母と父が理解するのに役立つ指針も教科書も存在しなかった」
ゲイツも少年時代に過集中などの強いこだわりがあり、他人とのコミュニケーションが苦手で、身体を揺らす「自己刺激行動」が目立っていました。私自身も2002年に米シアトルのマイクロソフト本社でゲイツを取材した際に、座った状態で体を激しく前後させる様子を目撃して驚いたことがあります。このような自身の行動が、現在のASDの定義に合致するとゲイツは認めています。ゲイツの娘も2025年4月に配信された米人気ポッドキャスト番組のインタビュー動画で「父はアスペルガー症候群だった」とコメントしており、家庭内では公然の事実だったようです。
驚異的な集中力で、寝食を忘れるくらい熱中して取り組む
一方でアスペルガー症候群の人には、驚異的な集中力で、興味のある対象については寝食を忘れるくらい熱中して取り組むことができる場合があります。この特徴は、数学や物理学などの研究やプログラミング、芸術などの分野で、突出した成果を生みやすいともされています。
「プログラミングに取り組み、36時間眠らずにいることもあった」。ゲイツは前出の自伝でこうも述べています。
さらに「僕には昔からすさまじい集中力があった。それを学校でうまく活用する方法にようやく気づいたのだ。あるテーマに本気で集中し、事実、定理、データ、名前、考え、そのほかなんでも取り込めば、頭が情報を自動的に整理し、論理的で系統だった枠組みのなかに位置づけてくれる。この枠組みのおかげでコントロール感をもてるようになった。どこに事実があるのか、蓄えている知識をどう組み合わせればいいのか、正確にわかるようになったのだ。瞬時にバターンを認識し、よりよい疑問を投げかけることができた。新しいデータが登場すると、それを既存の足場のなかにたやすくはめ込むことができた」とも語っており、ゲイツが人並み外れた集中力を持っていたことがうかがえます。
「社会の常識」に縛られず、「空気を読む」こともしない人は、既存の枠組みにとらわれないで、真理を追究し、革新的なアイデアを生み出すことを得意とします。生きづらさを感じながらも、マスクとゲイツは自身が持つ発達障害の特性を理解し、その強みを徹底的に生かす道を選びました。

[日経ビジネス電子版 2026年3月31日付の記事を転載]
山崎良兵(著)/日経BP/2640円(税込み)
