どうすれば、あふれる仕事を早く終わらせて、「本当に大切なこと」のために時間を使うことができるのか。吉川ゆりさんの新刊『
なぜ、あなたは時間に追われているのか 「時間がない」から解放される15の仕組みと思考法
』から、集中力にまつわる「誤解」について解説します。
【前回の記事で紹介した内容】
集中力の誤解(1)集中力は生まれつき備わった能力
集中力の誤解(2)長時間集中するほど成果が出る
集中力の誤解(3)マルチタスクができる人のほうが優秀
これも多くの人が誤解しているのではないでしょうか。実際私も、米国の金融機関で働いていた頃は、PCで同時にいくつもの画面を開いて複数の作業をこなしている人が「デキる人」だと思っていました。しかし、これは全くの誤解です。そもそも人間の脳は、マルチタスクに適した構造にはなっていないからです。
マルチタスクといっても、同時に複数のタスクを進行しているわけではなく、実際は短時間で複数のタスクをスイッチしているのです。料理を思い浮かべてみてください。複数の料理を同時進行で作っていても、野菜を切る、肉を炒めるなど、その瞬間ごとに行っているタスクは1つだけですよね。
研究で分かっていることは、マルチタスクが実現するのは脳の同じ神経回路を使わない作業で、かつ、片方を簡単に、無意識のうちにできる場合のみです。例えば、掃除をしながらポッドキャストを聞く、コピーをしながら同僚と話す、などです。車を運転しながらスマホを見てはいけないのは、両方に集中することがそもそも不可能だからです。
カリフォルニア大学の研究者は、運転中に携帯電話を使用する影響を、さまざまな手法で調査しました。その結果、運転手が携帯電話で話しながら運転すると、目の前の情報を見落とすことが増え、一時停止を怠る確率が10倍に高まり、ブレーキ反応時間が遅くなるなど、事故のリスクが高まることが示されました。ただし、同乗者との会話は、携帯電話での会話ほど、運転能力を損なわないことも分かりました。これは訓練によってどうにかなるものではなく、ほとんどの人はこのマルチタスクをこなせないと指摘しています。
「注意の容量理論」という考え方があります。ダニエル・カーネマンという研究者が提唱した概念で、注意力を「限られた精神的資源」として捉えるモデルです。つまり、複数の活動を同時に実行しようとすると、限られた精神的資源を巡って競合が生まれ、パフォーマンスが低下するのです。複数の資料を一度にダウンロードしようとするとネット回線が混雑して遅くなる、という現象に似ています。
ではシングルタスクを頻繁にスイッチしながら進めればいいじゃないか、と思う人がいるかもしれません。料理ならばそれも可能ですね。しかし、仕事のように注意力が必要な作業の場合、タスクをスイッチするだけでも脳に負荷がかかります。頻繁にタスクをスイッチしていると、それだけで注意力が散漫になり、仕事に直接関係のないことや重要でないことにも反応しやすくなってしまうのです。
集中力の誤解(4)集中力は年齢とともに低下する
年齢を重ねる中で、「集中力が続かなくなってきた」と感じている人もいると思います。加齢によって集中力は落ちるのでしょうか。
実は、私たちが仕事をするときに必要な「深い集中力」は、年を重ねてもあまり低下しないという見方があります。
確かに、加齢によって低下する能力も存在します。タスクを切り替えるのが億劫になったり、「次にやるべきことがパッと思いつかなくなった」という人もいるでしょう。これは、私たちの脳に備わる「ワーキングメモリ」の働きと関係しています。
ワーキングメモリとは、脳に入ってきた情報を一時的に保存・記憶しておく機能のことです。私たちはワーキングメモリに保存された情報を使って考えたり判断したりしますが、このワーキングメモリは容量が決まっており、保存できる情報の量には限りがあります。年を重ねると、このワーキングメモリの処理能力が、若い頃に比べて低下するといわれています。
若い頃は、あれもこれもと一度に多くの情報を記憶でき、必要なときにスムーズに取り出すことができます。このため、ある作業から別の作業へと素早く切り替えることもでき、作業をサクサク進めることができます。しかし、年齢を重ねると、一般的に処理スピードが遅くなり、タスクの切り替えに時間がかかるようになります。
一方で、加齢とともに伸びる能力もあるといわれています。それは、「なぜ私は今これに取り組むのか」「このタスクの価値は何か」という問いに対して、深い意味付けをする力です。
人の名前を思い出せなくても…
年齢を重ねるにつれて、私たちは単発の出来事や情報を個別に処理するだけでなく、過去の経験や知識と照らし合わせながら、文脈の中で理解することが得意になります。認知科学の分野では、こうした能力は、経験の蓄積によって形成される「結晶性知能」や、情報を統合して全体像を捉える力と関係していると考えられています。
その結果、「あの出来事とこの出来事をつなげると、こんな意味が生まれる」「あの要素とこの要素を加味すると、このような判断ができる」といった具合に、物事の因果関係や全体像をとらえる力が、年齢を重ねたほうが高くなる傾向があるのです。
そして、この「深く意味付けする力」や「価値を理解する力」が向上することで、深い集中を伴う作業に入りやすくなります。仕事の価値を感じながら、長時間にわたって集中を途切れさせることなく、パフォーマンスを出すことができます。
「いやいや、最近は人の名前すら思い出せない」「記憶力が低下している」という人もいるかもしれません。しかし、「記憶を引き出す」ことと、「さまざまな情報を統合して意味をつなぐ」ことでは、脳の中で使われる回路が異なります。記憶を引き出すのに時間がかかっても、物事の本質的な意味を理解し、深く関連付ける能力は衰えていない可能性があります。
私自身も、40代になってから集中力について勉強を始めましたが、若い頃とは異なる形で集中力を発揮していると感じています。若い頃は、確かに「いっぱいこなせる」という感覚がありました。しかし、今は一度に多くのことを覚えてこなそうとするのではなく、すべてのタスクを書き出して整理し、その順番に1つひとつ集中して取り組むようにしています。
それでも集中力が落ちたと感じるのであれば、睡眠の質が落ちた、若い頃と比べてストレスが増えたなど、他の要因が絡んでいる可能性もあります。
何よりも、年齢を重ねることで得られる「経験値」は、大きな強みとなります。経験値が高いからこそ、若い頃よりもアイデアが生まれやすくなるのです。しばしば、会社の新規事業や新しいアイデアを出す仕事は、「若い人のほうが得意なはず」と思われ、若い人だけのチームが組まれることがあります。若い人が持つ「新しい視点」はもちろん重要です。しかし、アイデアというのは、外から突然降ってくるわけではありません。既存の知識や経験、情報をつなぎ合わせて、内側から生み出されることが大半です。
だからこそ、豊富な経験を持ち、物事をつなぎ合わせて新しい価値を生み出す力を持つ、年齢を重ねた方々の存在も不可欠なのです。年齢層が交ざり合っているチームのほうが、より良い結果を生み出すことができるでしょう。
集中力の誤解(5)やる気があれば集中できる
確かに、モチベーションはとても大事です。やる気は注意散漫を防ぎ、タスクのクオリティを上げてくれます。でも、やる気があっても疲労や睡眠不足で体のエネルギーがなかったり、環境が集中に適していなかったり、ストレスや不安などの心理的要因があったりする時は、集中できません。また、前回の記事で示したオランダ・アムステルダム大学の実験のように、どんなにインセンティブを提示して動機づけをしても、長時間の作業が続けば集中力は低下し、パフォーマンスの質が下がります。
やる気は常に安定しているわけではありません。脳の認知のキャパシティーは有限なので、朝から重要な決断が続いた日は、脳が「決断疲れ」を起こし、やる気が低下します。そして、夕方にはささいな決断、例えば「プレゼン資料の色は赤か青かどっちがいい?」といった決断にさえ、時間がかかるようになります。
責任ある立場の人にとっては、「やる気でなんとかしよう」ではなく、「やる気を高めるための仕組みをつくろう」という考え方のほうが合理的です。
[日経ウーマン Web 2026年3月18日付の記事を転載]
構成/久保田智美(日経ウーマン編集)
吉川ゆり著/日経BP/1980円(税込み)

