なぜ賢いはずの人が往々にして、はたから見るとあり得ない間違いをしてしまうのか。その要因と対策について、やさしく解説するのが『知性の罠(わな) なぜインテリが愚行を犯すのか』(デビッド・ロブソン著/土方奈美訳/日経ビジネス人文庫)です。本書を翻訳した土方奈美さんが、「真の知性」を育むために本書とあわせて読みたい4冊を紹介します。
必要なのは「しなやかマインドセット」
前回は『知性の罠』の読みどころについてお話ししました。今回は真の知性を育てるためにあわせて読みたい本を紹介します。
まずはこちらも私が翻訳した『 知ってるつもり 無知の科学 』(スティーブン・スローマン、フィリップ・ファーンバック著/ハヤカワ・ノンフィクション文庫)です。なぜ、「自転車の仕組みを説明できると思いこむのか」「政治に対して極端な意見を持つ人ほど政策の中身を理解していないのか」「自分の知識を過大評価するのか」といった『知性の罠』とも通じる内容が書かれています。
ただ、こちらの本は、「自分が賢いと思っている人」は「自分はこの本に書かれている人物とは違う」と読まないかもしれません。その点、『知性の罠』は「賢い人ほど要注意」という内容なので、ドキッとするかもしれません。
そして、「本当の賢さ」を身につけるために必要なのが、しなやかなマインドです。『 マインドセット「やればできる!」の研究 』(キャロル・S・ドゥエック著/今西康子訳/草思社)には「しなやかマインドセット」と「硬直マインドセット」について書かれています。
「しなやかマインドセット」は人の意見に対してオープンな状態であり、自分はまだまだ学ぶ余地がある、失敗してもそこから学ぼう、自分の意見が否定されてもかまわないという姿勢。
対する「硬直マインドセット」は自分の意見が否定されると「否定された」というマイナス感情でいっぱいになり、新しい情報が入ってこないという状態です。
『知性の罠』を理解するうえでも重要なコンセプトなので、あわせて読んでみてください。
IQが高くなくても知性は伸ばせる
『知性の罠』の読者からは「『失敗の本質』を思い出した」という声も聞かれます。『 失敗の本質 日本軍の組織論的研究 』(戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎著/中公文庫)は、なぜエリート集団であった日本軍の幹部たちが暴走してしまったのかを解き明かしている本です。
『知性の罠』では「エリートは自分に都合のいいように自分の知性を使ってしまう傾向がある」と書かれているのですが、まさに日本軍の暴走と通じるところがあります。
「失敗を許さない」という組織も多いと思いますが、失敗してもやり直せる土壌があれば、いつでも引き返し、そこから成長することができます。
その点、ハーバード・ビジネススクール教授のエイミー・C・エドモンドソンが書いた『 失敗できる組織 』(土方奈美訳/早川書房)には、マイクロソフトやGoogle、トヨタ自動車といった生産性の高い組織ほどなぜ「失敗」を必要とするのかについて書かれていて、勉強になります。彼女は「心理的安全性」を提唱した人物でもあります。
「自分は頭がいい」と信奉する人は硬直マインドセットと同じで、「人の能力は生まれつき決まっている(だから自分はずっと頭がいい)」と考え、知性は変えられないものと捉えがちです。
しかし、実際にはIQが高くなかったとしても知性は伸ばしていけるし、自分でアップデートしていくべきです。これまで人間に成長する余地があることは世界中の認知科学、心理学の実験によって繰り返し証明されてきましたが、「IQ」という分かりやすい指標があると、みんなそっちに引っ張られてしまうのはもったいないと思っています。

IQ過信の悪い例はイーロン・マスク
「IQが高ければいいわけではない」という最も顕著な例が、イーロン・マスクかもしれません。
第2次トランプ政権が始まったとき、トランプ大統領はマスクを「Seriously high I.Q. individual(めちゃくちゃIQの高い人)」と評し、要職に就かせました。
一時期は相思相愛のような状態でしたが、マスクは政府機関を後先考えずに閉めたり、公務員を大量に解雇したり、とやりたい放題。その後、トランプ大統領とも暴言を吐き合い、ケンカ別れしました。マスクの事例はIQを過信することの危険性を示しているといえます。
トランプ政権といえば、J・D・ヴァンス副大統領も高学歴ですが、欧州各国の移民や言論の自由に関する政策を一方的に非難して不要な対立を生んでいます。
日本でも高学歴の政治家が陰謀論にはまったり、メディアでも賢いとされる人が一方的にまくしたて、相手の言い分に耳を貸さずに「論破」することが正しいことのように受け取られるのは危険だと感じます。
やはり真の知性には「自分の意見に盲点はないのか」「相手の意見をくむべきポイントはないのか」といった知的謙虚さが必要です。実は専門家は「ここぞ」というときに間違えるともいわれます。自分の知識を過信するあまり、自分の専門領域においてミスしてしまうのです。

また、「知性に分かりやすさを求めない」のも重要です。だいたい、何らかの議論を始めると、最初は「100パーセント、黒」「100パーセント、白」と思っていても議論が深まるうちにグレーとなっていく。白黒で決着をつけようとするのは知性の罠に陥りかけている状態かもしれません。
『知性の罠』の第7章以降ではIQ以外の知性をどうやって伸ばすか、実践的な方法も書かれているので、そちらから読むのもおすすめです。
また、巻末の「『愚かさ』に関する用語集」「『賢さ』に関する用語集」も必読で、たとえば「認知の死角」は「他人の欠点には目ざとい半面、自らの偏見や思考の誤りには気づかない傾向」と書かれています。ドキッとした言葉から逆引きのように読むのもいいと思います。
どこから読んでも楽しめる一冊なので、ぜひ手にとってみてください。
文/三浦香代子 構成/黒田琴音(日経BOOKSユニット) 写真/鈴木愛子
デビッド・ロブソン著/土方奈美訳/日本経済新聞出版/1100円(税込み)





