NECで技術営業として5年間勤めたのち、27歳で退職。ブロガーとして生計を立てながら海外へ渡り、やがてYouTuberへ──。チャンネル登録者数約50万人を抱える旅行系YouTuber・おのださんのキャリアは、一般的な会社員のそれとは大きく異なる。バックパッカーのバイブルと呼ばれる沢木耕太郎著『 深夜特急 』との出合いも含め、その決断の背景を聞いた。

「知らない場所」に行くのが好き

 おのださんは10年間、旅行系YouTuberを続けていますが、知らない土地に行くことが苦になることはないですか?

おのだ 昔から、知らない場所に行くのが好きなんですよね。東京みたいな大都市もいいのですが、ちょっと変わったところ──たとえば、日系人が住んでいるボリビアの村とか、そういう世界的にも珍しい場所に引かれるんです。NEC時代も、技術営業として東京のエリアをひたすら回っていたのですが、関西出身の自分にとっては、知らない駅や町を巡ること自体が面白かった。

 本当は海外赴任でバリバリやりたかったのに、配属先は東京の営業エリア。ひたすら都内を回る毎日でしたが、それはそれですごく楽しかったです。

 大学生の頃にバックパッカーを始めたのも、知らない場所に行きたいという思いからですか?

おのだ それが、最初から旅行が「すごく好き」だったかというと、ちょっと違うんです。立命館大学に通っていたのですが、とにかく学生数が多い大学で、バックパッカーをしている先輩がいたり、学内でセミナーのような形で世界一周をしてきた人の話を聞く機会があったりしたんです。

 大学2年生くらいの時期は本当に何もすることがなくて、春にはWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)を見ているだけの毎日で(笑)。「こんな旅行の仕方があるんだ!」と知り、まねしてみたのがきっかけでした。「何かしないといけない」とかき立てられて、旅に飛び込んだ部分が大きいかもしれません。

「『何かしないといけない』とかき立てられて、旅に飛び込んだ部分が大きいかもしれませんね」
「『何かしないといけない』とかき立てられて、旅に飛び込んだ部分が大きいかもしれませんね」

『深夜特急』は答え合わせだった

 人生に影響を与えた本として、沢木耕太郎さんの『 深夜特急 』を挙げていらっしゃいます。バックパッカーのバイブルでもありますよね。

おのだ バックパッカーを始めようとする人が読むことが多いと思うのですが、私は逆でした。『 深夜特急 』に出合う前にバックパッカーを始めていて、後から読んだんです。旅仲間から「バックパッカーならこれは読まないとね」とすすめられたのが、そのきっかけでした。

 安宿に泊まったり、信じられないトラブルに遭ったり──読んでいるととても共感できるんですよね。「この本がバイブルっていわれるのはわかるな」と。答え合わせのような感覚に近いかもしれません。

『深夜特急』(沢木耕太郎著、新潮文庫)。インドのデリーからロンドンまで、乗り合いバスで一人旅をする若者を描いた紀行文学の名作。おのださんは「本を読んでからバックパッカーになったのではなく、先に旅を始めてから読んだ」と語る。安宿やトラブルの描写に共感し、「答え合わせのような感覚だった」という。世代を超えて旅人たちに読み継がれるバックパッカーのバイブル(画像クリックでAmazonページへ)
『深夜特急』(沢木耕太郎著、新潮文庫)。インドのデリーからロンドンまで、乗り合いバスで一人旅をする若者を描いた紀行文学の名作。おのださんは「本を読んでからバックパッカーになったのではなく、先に旅を始めてから読んだ」と語る。安宿やトラブルの描写に共感し、「答え合わせのような感覚だった」という。世代を超えて旅人たちに読み継がれるバックパッカーのバイブル(画像クリックでAmazonページへ)

 予習のために読まれたのだと思っていました。事前にたくさん情報収集したり、綿密な計画を立てたりはしないですか?

おのだ 綿密な計画なんてほとんどなくて、行き当たりばったりでした。大学時代には、「とりあえず航空券を取ってみよう」と。どこに行きたいというよりも、まず航空券を取る。バックパッカーの旅先といえば、どうやらタイが定番らしい。じゃあタイ行きの航空券を取ってみようか、とか。当時はまだHISやJTBの店舗で買うような時代で、そこで手配してもらって出発しました。

 実は今もさほど変わらず、あまり下調べしないで行くことが多いんです。たまに視聴者から「ちゃんと調べてから行きなよ」と言われるのですが(笑)、逆にその行き当たりばったり感に共感してもらえている部分もあるのかなと思っています。

プラチナチケットを捨てる覚悟

 新卒で入社したNECを27歳で辞めて、そのまま独立されたのですよね。NECといえば超大手企業ですが、辞めることに抵抗はありませんでしたか?

おのだ 実はめちゃめちゃ悩みました。就職活動のときも、やっぱり大きい企業がいいなと思ってNECに入った。業績が厳しい時期でもボーナスはしっかり出ますし、寮や家賃補助もある。それを手放すのは、プラチナチケットを捨てるようなものです。

 もし入社したのがブラック企業だったら、「辞めてやる!」と3年くらいで退職していたと思いますが、逆に居心地がいいぶん、辞めるのに5年もかかってしまいました。

 20代半ばかつNEC出身なら、転職市場でも引く手あまただったのでは……と勝手ながら思ってしまいました。「あえて独立」を選んだ理由を教えてください。

おのだ 「海外で暮らしたい」という思いがずっとあって、なんとしても海外駐在をしたいと考えていたんです。ところがNECで5~6年働いてみて、「うちの部署からは難しい」とわかった。じゃあ転職して、別の会社で海外駐在を目指せるかというと、当時の私のTOEICスコアは600~700点くらい。転職したとしても、「まずTOEIC900点を取りましょう」という話になるだけで、同じ壁にぶつかるだろうなと思ったんです。

 27歳で、英語の勉強も大学受験からずっとやってきていて、これ以上伸ばすのは自分には厳しいと感じていた。それなら王道のルートを外れて、自分で道を切り開くしかないと思いました。ちょうどブログで広告収入を得る生き方がはやり始めていて、それに乗ったんです。ブログは会社員時代に始めていたのですが、収益が月20万円程度になったところで退職を決断しました。

 安定した生活を捨てることに、反対はありませんでしたか。周囲に相談などはされたのでしょうか?

おのだ 一番相談したのは、今の妻です。当時付き合っていた彼女に、「会社を辞めて海外に行こうと思っている。よかったらそのタイミングで結婚してください」と伝えたんです。

 すごく勇気あるタイミングですね……!

おのだ もちろん、私の親は大反対でしたけどね(笑)。「会社を辞めて、しかも結婚するなんてどういうことだ。タイミングがおかしいだろう!」と。それでも妻は、「いいよ。好きなように生きたら」と言ってくれて、親も最終的には送り出してくれた。おかげさまで無事結婚して、妻とエストニアに海外移住することができました。

 会社の同僚には相談しませんでしたね。「そんなの無理に決まっているでしょ」と言われることがわかっていたので、逃げるように「お世話になりました」と辞めました。

 YouTuberとして登録者数が増えていく中で、かつての同期の方々の反応はありましたか?

おのだ 今でも同期とは会うんですけど、YouTubeを見てくれている人もいますし、ありがたいことにNECの労働組合の社内誌に取り上げてもらったこともあるんです。「NECを辞めて、こんなことをやっている人がいる」と。辞めた後でも会社に爪痕を残せたというか、存在を示すことができて、ちょっとした満足感はありますね。

 会社員として働いたNEC時代のスキルが、今に生きている部分はありますか?

おのだ YouTubeの広告収入だけであれば、Googleから振り込まれるのを待つだけなのですが、旅行系YouTuberとして活動していると、企業から案件をいただくこともある。クライアントとのメールのやり取りや電話でのコミュニケーションの仕方は、やはり会社で学んだことが生きています。

 技術営業として扱っていた「PBX」という電話交換機システムの知識が生かせているかと言われると微妙ですけどね(笑)。でも、基礎的なビジネスマナーの部分は、多少なりともNECで身につけたものを使っていると思いますし、会社員を経験しておいて良かったと感じる部分でもあります。

「とりあえずやってみる」が武器

 独立後しばらくはブロガーの収益で生計を立てていたそうですが、そこからYouTuberに転身したきっかけを教えてください。

おのだ ブログを4~5年やっていた頃、ちょうど動画の時代が来始めていたんです。私はもともとブログで顔も本名も出していたので、YouTubeへの抵抗はあまりなかった。そういう意味では、自然な流れでした。

 当時はネットで顔を出すこと自体にハードルがあったぶん、ライバルも少なかった。そこで、旅行ブログで書いていたマイルの使い方や、飛行機の機内の様子をYouTubeでも発信したら、すごく見ていただけたんです。特に、飛行機に実際に乗って食事やサービスをリポートする人は、ほとんどいませんでしたからね。

 ご夫婦で海外移住された時も、親日国でもあるカンボジアではなく、あえて日本人が少ないエストニアを選ばれた……と著書にありました。「人と同じことはしない」という意識はありますか?

おのだ そこまで強く意識してはいないのですが、結果的にはそんな感じの人生を歩んでいるかもしれません。せっかくやるのであれば、人がまだやっていないことをちょっとやってみようかな、というのはあります。新しいことをするのはやっぱりワクワクしますし。

 あとは、「とりあえずやってみる」というのは大事にしてきたことですね。海外に住みたいと思ったら、まず物理的に海外に移動してしまう。YouTubeも、まず開設してみる。周りから「YouTubeを始めたい」と相談されることもあるのですが、相談に来る人の多くは、結局始めないんですよね。

 まずは航空券を取ってしまう。まずは動画を1本上げてしまう──。無理やりにでも既成事実をつくって環境を変えることが、結局はやりたいことをやる一番の近道だと思います。

「無理やりにでも環境を変えることが、やりたいことをやる一番の近道です」
「無理やりにでも環境を変えることが、やりたいことをやる一番の近道です」

取材・文/金澤英恵 取材・構成/細谷和彦(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子