インターネット普及期に、「インターネット広告の会社」として創業したサイバーエージェント。その後は「アメーバブログ」を立ち上げ、新しい未来のテレビ「ABEMA」を成功させるに至った。
 長瀬氏はエヌ・ティ・ティ・ソフトウェア(現:NTTテクノクロス)で通信に関する仕事に携わった後、2005年にサイバーエージェントに入社。一貫して技術面でサイバーエージェントを支え続けている。幾多の勝負を、会長の藤田晋氏とともに戦ってきた長瀬氏は、どんな本を薦めてくれるのか?

エヌ・ティ・ティ・ソフトウェア(現:NTTテクノクロス)で通信に関する経験を積んだのち、広がりつつあったインターネットの世界に引かれ2005年にサイバーエージェントに入社。アメーバブログの立ち上げ、ABEMA(旧AbemaTV)のローンチを技術面で支え続けた。2015年に執行役員に就任し、現在はサイバーエージェントの専務執行役員とAbemaTVの取締役を兼任する。
長瀬慶重(株式会社サイバーエージェント専務執行役員 技術担当)
エヌ・ティ・ティ・ソフトウェア(現:NTTテクノクロス)で通信に関する経験を積んだのち、広がりつつあったインターネットの世界に引かれ2005年にサイバーエージェントに入社。アメーバブログの立ち上げ、ABEMA(旧AbemaTV)のローンチを技術面で支え続けた。2015年に執行役員に就任し、現在はサイバーエージェントの専務執行役員とAbemaTVの取締役を兼任する。

スマホサービスとABEMAの立ち上げ

 サイバーエージェントは1998年にインターネット広告の会社として創業されました。 僕が入社したのは2005年だったのですが、その後、2011年にすべての事業においてスマートフォンにシフトするタイミングが来ました。

 スマホへの移行期は千載一遇のチャンスだと思いましたが、そう思うだけではなかなか会社の方向性は大きく変わりません。 そんなとき、藤田(株式会社サイバーエージェント 代表取締役会長 藤田晋氏)が「スマホサービスを100個作るぞ!」と言いだしたんです。

 大勢のエンジニアが一気に入社して、外国籍エンジニアもいるし、それが多くのチームを作って、広いフロアで仕事をしているという状況になりました。いきなり何十社ものスタートアップが、会社の中にできたような感じでした。

 その後、ABEMAを立ち上げることになりました。 サイバーエージェントとテレビ朝日の共同出資により、無料のインターネットテレビ局を作ろうという一世一代の大プロジェクトです。ABEMAは、部署も関係なく全社から精鋭を集めて開発をしました。サイバーエージェントにとっては最重要プロジェクトだったので。

 2016年の4月11日が開局だったんですが、その前はほとんど不眠不休のような状態でした。特にUI/UXにはずっと悩みました。その時点でYouTubeやNetflix、dTV、TVerなどのサービスは全部世の中に出ていたんですよね。でも、新しい動画サービスのあり方を追求する機会なんてそうあるものではないので、取り組めてよかったです。たくさんモックアップを作って大変でしたが、みんな妥協せずに取り組みました。

 今回、6冊の本を選ぶ際にリストを作って、サイバーエージェントの全エンジニアが見ているSlackに投げたんですね。そうしたら、たくさんの「いいね!」が返ってきましたので、自信を持ってお薦めします。

米マイクロソフトの一流エンジニアの「常に学ぶ」姿勢

『世界一流エンジニアの思考法』(牛尾剛著、文藝春秋)
『世界一流エンジニアの思考法』(牛尾剛著、文藝春秋)
「理解は時間がかかるもの」として、急がず、徹底的に理解する習慣をつけていくと、自分の人生でかつて経験したことがないことが起こった。以前はメモを取りまくっていたコードリーディングもゆっくり理解することで100%挙動が理解できているし、その確信がある。

 米マイクロソフトのクラウドサービスAzure Functionsチームでシニアエンジニアを務める牛尾剛さんが書かれている本です。世界トップクラスの環境でご活躍されている非常に優秀な方ですが、ご自身は「才能があるわけでなく、三流のエンジニア(一流を目指してはいるが)」と表現されています。

 この方のすごいところは、そんな環境の中で「周りにいる技術者がこんなことを言った」ということを、常に学びに変えようとしてるところです。これはエンジニアもビジネスパーソンも変わらず大事なことだと思うんですけど、周囲から常に何かの学びを得て、自分自身を進化させていくんです。

 例えば、こんな話があります。仕事を効率よくやろうとすると、とにかく根本的な仕組みを学ぶよりも、その部分の解決策だけを求めがちです。基礎学習は誰でもできることですが、習得にはとても時間がかかる。

 でも牛尾さんは、周囲の優秀なエンジニアのやっていることを見て、初歩の学習を「簡単だ」と侮らずに、基本的なことでも本当に一から時間をかけて深い意味まで理解するようにしたそうです。すると、ひと通り理解できていると思っていたことが、もっと深く「何が起こっているのか」を完全に理解できるようになった。

 これを何かの分野でできれば、新しい分野に取り組んでも再現性を持てると思うんですよね。この方は、とにかく毎日、時間を取ってプログラミング言語を学習し続けたそうです。

 僕自身も2000年に通信業界に入って、初期の頃にいろいろ学んだ技術はずっと今も生きています。その後、仮想化の技術や、GoogleやAWSみたいなクラウドが出てきても、やっぱり最初に通信やインターネットの基礎を学んでいるから、理解できるんです。それは、仕組みや基礎をしっかりやる機会があったからだと思います。

一人を深く知ることが、10万人のデータより大切

『たった一人の分析から事業は成長する 実践顧客起点マーケティング』(西口一希著、翔泳社)
『たった一人の分析から事業は成長する 実践顧客起点マーケティング』(西口一希著、翔泳社)
大まかな傾向や差を知るには、一定のN数が必要ですが、大量な人数を調査するほど「アイデア」がつかめるというのは誤解です。具体的なN=1の個人レベルまで徹底的に深掘りしなければ、マーケティングの成果は望めません。

 次の2冊はマーケティングの本です。これを紹介するのは、これからの技術者の仕事は、単にコードを書くだけではなくなると思うからです。もともと技術というのは、世の中の困っていることを解決したり、何かを形にしたりするための道具です。これからの技術者は、「その道具をどう価値に変えるか」を考える立場にいるんです。だから、言われたものを作るだけでなく「どういったものを作るか」というところから入らなきゃいけないと思うんですよ。

 そしてフレームワークというのはやっぱりよりどころだと思います。マーケティングに関して、僕はこの西口さんのN1の手法が完全に染みついています。社内向けに人事施策を展開するときも、採用活動を行っているときも、ABEMAでプロダクトを作っているときも、担当事業でマーケティングを実施するときも。あらゆる場面でこの考え方を活用しています。マーケティング思考で何かに取り組む際のベースとなるフレームワークはすべてここにあると思っています。

 西口さんがいかにすごいかは、もう僕なんかが語る必要もないでしょう。マーケティングといえば、多くのデータを集めて傾向を知るとか、個人を徹底的に深掘りするとか、両方があると思うんですけど、西口さんは「N1マーケティングというのはどういうものか」をこの本で教えてくれています。

 一時期、西口さんにはコンサルタントとしてABEMAの事業に関わってもらっていたんです。西口さんと一緒に仕事をしたときに、彼から徹底的に教わったのが「N1マーケティング」の手法でした。
 ロイヤル顧客からひたすら話を聞いて、「その人がなぜ僕たちのプロダクトを知ったのか」「何がいいと思っているのか」ということ自体を、ずっと調査して、調査し尽くして、それをプロダクトやマーケティングに生かしていきます。

 例えば、ABEMAのプロダクトを作る中で、エンジニアやデザイナーと一緒に顧客体験を作り込んでいきますよね。ユーザーの言うことを、極力広く聞いて、みんなが「良い」と言うものに持っていけばいくほど、最初あったはずのビジョンや特徴が薄まっていくんですよね。そうではなく、プロダクトの魅力の核心を探さなくてはいけません。

 この本にもいろいろなフレームワークが載っています。マーケティングのフレームワークを持っておくと、技術畑の人でも、営業の人でも、どのような職種でも大きく役に立つときが来るはずです。

行動経済学の視点がエンジニアの仕事の幅を広げる

『行動を変えるデザイン』(Stephen Wendel著、武山政直監訳、相島雅樹・反中望・松村草也訳、オライリー・ジャパン)
『行動を変えるデザイン』(Stephen Wendel著、武山政直監訳、相島雅樹・反中望・松村草也訳、オライリー・ジャパン)
強くて明らかなフィードバックループ(うまくできたらすぐにリワードを得られる)を持ったルーティンこそが習慣につながる。わたしたちは、意識的に習慣を身につけやすい状況に身を置くことはできるが、習慣形成自体は意識的なプロセスではないのだ。

 こちらの本には、プロダクトのUI/UXなど、プロダクトを作るときの考え方のフレームワークがぎゅっと詰まっています。技術者が技術だけではなく、プラスアルファでマーケティングやプロダクトデザインといった領域のフレームワークを持っていると、エンジニア以外の人との対話の中でも意見が言えるようになります。そういう意味で、先ほどの西口さんの本と、この『行動を変えるデザイン』を選びました。

 この本には、プロダクトデザインに必要な行動経済学の全部が入っているんです。例えば、朝家を出るときに、げた箱から靴を出してどの靴を履こうか迷い「これだ」と決めてドアを開けて家を出ていく。そのとき、実は4つか5つの「意識しないファネル」がある。そういうファネルを取り除いてやると、スムーズに行動できるようになります。
 例えば、プロダクトに何か機能を足したけれども、それがうまく活用されなかったとき。なぜユーザーが足を止めるのか? という悩みに対するヒントが書いてあるのです。

 そういう目線で世の中の物事を見ると、「映画のあのプロモーションって実はこういう意味なのか」とか、「アップルの商品パッケージって、障壁になるものがなくて直感的に活用できるな」といったように、物事を理解する力がつきます。

 そうなると、うまくいったときに「なぜうまくいったのか?」とか、逆に炎上したものは「何が問題だったんだろうか?」という疑問に対して、「そこに至るまでの学習コストが高い」とか「そもそも面倒なのかも?」とか、行動経済学的な視点から仮説を考えられるようになります。

 マーケティングと同じように、行動経済学という学問そのものを、みんな知っていたほうがいい。これを知っているだけで、自分の中で仕事の幅や、物事を見る幅が広がります。

取材・文:村上タクタ/写真:尾関祐治(人物)、スタジオキャスパー(書籍)/構成:西 倫英=日経BOOKSユニット第2編集部