昭和20年代から始まった様々な法律規制は、何が変化し、変化しなかったか。日本社会が抱える構造的な問題を見つめ直し、デジタル時代のこれからを考える。豊富な写真やイラスト、マンガで激動の100年を振り返り、現在や未来につながる原点を明らかにする日経ムック『昭和100年 令和に活きる日本の強さ』から抜粋・再構成した。
法律規制は必要性があったから生まれた
企業の活動や市場競争を促進し、経済の活性化を図る目的で行われる「規制緩和」。通信や電力、運輸といった分野で競争が生まれ、消費者はより安価で多様なサービスを選べるようになった。昭和50年代後半(1980~84)から徐々に政策課題としてクローズアップされ、平成に入ると金融分野での抜本的な規制緩和がスタート。経済全体への構造改革へと発展していった。
平成18年(2006)から入閣し、民間人の視点から財政再建や経済成長のための構造改革を推進した大田弘子氏は、規制緩和の難しさや日本の政策決定の問題点を指摘している。令和の現在にも大きな影響を及ぼしている昭和の法律規制とは、どのようなものだったのだろうか。
「戦後、混乱する日本社会を立て直すために、様々な法律規制が制定されました。規制がいる・いらないという議論はそもそもなくて、全部必要性があって生まれたものです。例えば、昭和23年(1948)に制定された旅館業法は衛生状況を向上させるため、布団やトイレ、石鹸(せっけん)の有無に至るまで、非常に細かい規制がつくられました。まだ日本にはそれほど宿泊施設がなかった時代に早い段階で規制をかけたのは、消費者が安心して使えるように、また産業が成長するようにという観点があったからです。これらが日本のビジネスへの信頼感をつくってきたと思います」
「失敗したら誰が責任を?」
しかし一度定められた規制の変更は、一筋縄ではいかない。
「アメリカや中国は、やってみて失敗したら直すというビジネス環境ですが、日本はやろうとする前に『失敗したらどうするのか』『責任は誰がとる』となる。このネガティブな反応が、規制改革の場合は、既得権を守るために使われてしまうのです」
「みりん小売業免許」(平成8年[1996])をご存じだろうか。これを申請すれば酒類免許のない店舗でもみりんを扱うことができるようになった。酒税法の改正により、日常的にスーパーで販売されるのは、その10年後だ。
「規制改革会議で議論したとき、『みりんを自由に買えるようにすると、キッチンドリンカーが増える』という意見が出てきました。確かにその可能性がゼロとはいえません。でも、こんなふうに、『できない理屈』が常に出てくる。日本の規制改革は、本当に難しいのです」
ユーザーの視点で規制を考え直したい
「メディアでは規制改革はちっとも進んでいないといわれますが、90年代に比べれば、特に経済的規制に関してはずいぶん進みました。例えば銀行の預金金利の規制や、保険料率、証券の手数料に関わる規制は、もうありませんよね。ガソリンスタンドのセルフサービスも、改革前には『火事になる』なんていわれたものですが」
一方、いまだに規制改革が進まないとして大田氏が明示するのは、医療・介護・保育・農業などの分野。これらは株式会社が参入できないか、参入しても競争条件が同じではない。また、自由になる部分と、行き過ぎた緩和によって起こり得る問題とのバランスを見計らうのも非常に難しい。
「規制改革が進まない根本原因は、規制が業法で全部縦割りになっているから。省庁と業界は常にコンタクトをとりますが、そこにイノベーターは入っていけません。さらに消費者の声も入りにくい。もっとユーザーの視点で規制を組み替える必要があると思います。イノベーションを起こせない企業は淘汰されていくのに、規制は産業優先のまま。これは悪い意味で“昭和100年を引きずっている”といえますね」
直近の令和の米騒動も、まさに「供給側が強い」最たる例だ。
「消費者のことを考えて持続可能な農業をつくることが急務です。規制改革が進まず、いまだに株式会社は農地を所有できません。ビジネスパーソンとしての農業従事者が増えれば様々なメリットがあると思います」
デジタル化の推進は規制改革を加速
「デジタルは、意思決定の仕組みを根本から変えます。私は徹底的に、社会全体でデジタル化を進めることが必要だと思います。省庁横断的に業法を見直し、どうしたらデジタルの恩恵を国民が受けられるのか、という視点でやるべきです」
さらに大田氏は、「若者の意見を聞くことが重要」と強調する。
「残っている規制を1つずつ挙げて、今の20代、30代にデジタルを使って世論調査をすべきだと思います。根強く残る規制には既得権益がからみ、それは業者にとっては死活問題。だからみんな抵抗します。当たり前のことです。しかし、『10年後も今のままでいいですか』と問うたとき、『いいです』と答える人は少ないでしょう。政策決定システムがあまりに供給者有利なのが、根本的欠陥。これを崩すためには、デジタル化と、中長期的な視点に立つために世代間の違いをあえて出していくことが必要だと思いますね」
規制改革の必要性を注意深く見定め、ユーザー視点での規制体系に変えていくことが、日本の持続的な成長と国際競争力の維持には不可欠だ。そのためには、政治のリーダーシップと、消費者の声を政策に反映させる新たな仕組みが求められている。
取材・文/山野井春絵
日本経済新聞出版編/日本経済新聞出版/1980円(税込み)




