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丸井

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
丸井グループ > 丸井
株式会社丸井
MARUI CO., LTD.
丸井本社
丸井本社
種類 株式会社
略称 マルイ、OIOI
本社所在地 日本の旗 日本
164-8701
東京都中野区中野四丁目3番2号[広報 1]
北緯35度42分34.6秒 東経139度39分52.1秒 / 北緯35.709611度 東経139.664472度 / 35.709611; 139.664472座標: 北緯35度42分34.6秒 東経139度39分52.1秒 / 北緯35.709611度 東経139.664472度 / 35.709611; 139.664472
設立 2007年平成19年)10月1日[広報 1]
業種 小売業
法人番号 1011201012121 ウィキデータを編集
会社法人等番号 011201012121
事業内容 小売・店舗事業、通信販売事業、専門店事業[広報 1]
代表者 代表取締役社長 青野真博[広報 1][1][2]
資本金 1億円[3]
売上高
  • 627億9500万円
(2025年3月期)[4]
営業利益
  • 16億3900万円
(2025年3月期)[4]
経常利益
  • 13億9500万円
(2025年3月期)[4]
純利益
  • △7億5700万円
(2025年3月期)[4]
総資産
  • 2438億4000万円
(2025年3月期)[4]
従業員数 974人(2025年3月31日現在)[3]
決算期 毎年3月31日
主要株主 丸井グループ 100%
関係する人物 青井忠治(創業者)
外部リンク www.0101.co.jp ウィキデータを編集
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株式会社丸井(まるい、: MARUI CO., LTD.)は、東京都中野区に本社を置き、首都圏を中心にファッションビル業態の商業施設を展開する日本の企業である[広報 1]。店舗ブランドの「マルイ」は「OIOI」または「0101」とも表記される。丸井グループの完全子会社

日本チェーンストア協会会員(通常会員[5])。一方で日本百貨店協会には加盟しておらず[6]百貨店運営企業ではない。また、北海道にある三越伊勢丹ホールディングス系の百貨店である丸井今井とは一切関係ない。

2007年10月1日、小売事業、クレジットカード事業、小売関連サービス事業からなる持株会社制へ移行し、(旧)株式会社丸井が「株式会社丸井グループ」に商号変更、同時に新たな小売事業会社として(新)「株式会社丸井」を設立した。

概要

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中野マルイ(2012年9月撮影)

新宿渋谷といった東京都心部のターミナル駅至近を中心に店舗を展開する。店舗形態は、マルイマルイシティマルイファミリーモディなどがある(後述)。

本社は創業地である東京都中野区中野に所在する[広報 1]中野駅北口に本社ビルがあり、南口にグループ各社、労働組合のマルイグループユニオン、マルイグループ福祉会、丸井健保組合などがある。

社名・店名の由来は、1931年に富山県出身の創業者・青井忠治が月賦商の「丸二商会」から暖簾分けして新しい店を構え、店名を「丸井」としたものだという。当時は「丸」に自分の名前や姓を加えると繁盛するというジンクスがあった[7]

家具割賦販売をルーツに持ち、戦後は月賦百貨店として「500円で5,000円のお買い物!」の宣伝文句の下に家具や家電といった耐久消費財の割賦販売により事業を拡大。日本で初めて「クレジット」という名称を使用した「クレジット・カード[広報 1]を1960年1月に発行した(現在のエポスカード[8]。1981年2月には「丸井のキャッシング」という名称を使用した「消費者金融事業」も開始した[8]。「赤いカードの丸井」「丸井はみんな駅のそば」といったキャッチコピーテレビCMを盛んに流し、駅前一等地に次々と出店することでブランド認知度を高めた。

1972年頃より若年層をターゲットにしたアパレル・ファッション中心の小売業態に転換し、ファッションビル形態(ショッピングセンターの一種)の店舗を展開。1980年代のDCブランドブームを牽引した。かつては競合関係にあるルミネパルコと類似したファッション中心の売場構成となっていた。小売事業ではファッションとインテリアを軸として、家具・雑貨・メガネ・宝石など、多くの商品を自前主義で展開してきた。小売事業には、食品レストラン通信販売Eコマース事業も含まれる。若者をターゲットにした事業展開を行い、首都圏では若年層の大きなシェアを獲得した。近年ではアパレルに代わってアニメやゲームなどのサブカルチャー向けの店舗が増加中であり、アパレル中心の他のファッションビルとは異なるテナント構成になっている店舗も多い。

かつてファッションのイメージが強かった丸井であるが、経営上は同等あるいはそれ以上にエポスカードを中核とした金融業(クレジットカード事業など)を重視している。元々月賦百貨店のため割賦販売のノウハウを蓄積し、小売と金融を一体とした事業を長く行っている。店舗においては自社クレジットカードによる分割払いを勧め、単に衣服を売る利益でなく、分割手数料を得ることができ、さらにカード会員によるキャッシングなどの融資事業からも収益を上げている。これにより流行や気候に左右されるアパレル販売だけでなく、カード・金融事業から安定した利益を稼ぎ出すことに成功している。持株会社化に伴いグループのクレジットカード事業は「株式会社エポスカード」として分社化され、現在の株式会社丸井とは別法人となっている。

丸井は「百貨店」か

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百貨店に似た店舗形態ではあるが、日本百貨店協会会員でないことや、自らも明確に百貨店という表現を用いていない[注釈 1]ことなどから、百貨店とはみなされない場合が多い。

丸井の会社概要では、事業内容を「小売・店舗事業、通信販売事業、専門店事業」としており、百貨店事業とする他の百貨店とは異なる[広報 1]。また、Yahoo! JAPANの「Yahoo!カテゴリ」では、小売業のデパートではなく不動産業のファッションビル(ショッピングセンター)としてカテゴリ分けされていた[10]

一方で、日経流通新聞MJは「日本の百貨店調査」の中で、丸井について注目企業として記事を組んだこともある[11]。また、「一つの事業者が複数の分野にわたる多種類の商品を一つの店舗で扱う大規模な小売店舗で、セルフサービス方式の売り場が50%以下のもの」[注釈 2][注釈 3]に適合し経済産業省商業統計調査における百貨店の定義に当てはまる(パルコなどの他のファッションビルも当てはまる)。

年表

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丸井グループの沿革を基に作成している。店舗名に関しては特筆がない限り「丸井○○店」としていた。

創業 - 終戦まで

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  • 1931年(昭和6年)
    • 2月17日:青井忠治が「丸二商会」からのれん分けで独立し中野区桃園町に創業。家具の割賦販売を行う。
  • 1935年(昭和10年)
    • 4月:商号を「丸井」に変更。これに合わせ「井」の字を○で囲んだマークが制定された[7]
  • 1936年(昭和11年)
    • 10月:旧中野本店(現在の中野マルイ)所在地に店舗新設。
  • 1937年(昭和12年)
    • 3月30日:資本金5万円で株式会社丸井を設立[12]
  • 1941年(昭和16年)
    • 7月:重要産業団体令施行により、戦時商業統制の対象となり全5店舗を一次閉鎖。

終戦 - 1950年代

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  • 1946年(昭和21年)
    • 8月:重要産業団体令廃止、創業者が中野に仮店舗として復活させる。家具の現金販売を行う。
  • 1947年(昭和22年)
    • 2月:戦前の本店跡に中野本店を再興。
  • 1948年(昭和23年)
    • 9月:新宿地区初の出店となる新宿駅前店開設。
  • 1951年(昭和26年)
    • 2月17日:丸井創業20周年。
  • 1952年(昭和27年)
    • 1月:池袋地区初の出店となる池袋駅前店開設。
  • 1954年(昭和29年)
    • 5月24日:丸井中野店2階の床が崩落、26人が軽傷を負う。負傷者の多くは、家具売り場のテレビで白井義男対エスピノサ戦(ボクシングの世界タイトルマッチ)を観戦していたもの[13]
  • 1958年(昭和33年)
    • 10月:渋谷地区初の出店となる渋谷店(後の渋谷マルイ)開設。
  • 1959年(昭和34年)

1960年代

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  • 1960年(昭和35年)
    • 1月:「月賦」を「クレジット」に呼称変更。
    • 3月:日本で最初に「クレジットカード」という名称を使用したカードが登場[8]
    • 10月:丸井運輸(現在のムービング)設立。
  • 1961年(昭和36年)
    • 2月17日:丸井創業30周年。
  • 1962年(昭和37年)
    • 9月28日:当時としては業界最大の新宿店(後の新宿マルイカレン)開設。
  • 1963年(昭和38年)
  • 1964年(昭和39年)
    • 2月28日:池袋西口店(旧)開店。
    • 5月1日:柏店(初代)を開設。業界初のご来店制度「クレジットメイト」システムを採用。
  • 1965年(昭和40年)
  • 1966年(昭和41年)
    • 8月26日:自由が丘店開店。
  • 1968年(昭和43年)
    • 8月25日:丸井下北沢店(新)、全館開店。
  • 1969年(昭和44年)
    • 9月21日:丸井沼津店、全館開店。
    • 9月:丸井浦和店、全館開店。
    • 10月:丸井成増店、全館開店。

1970年代

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  • 1970年(昭和45年)
    • 1月:キャッチコピー「ファッションとインテリアの出逢う店」を使用開始。
    • 2月18日:丸井千葉店、全館開店。
    • 6月14日:丸井中野本店(丸井中野ショッピングビル)B館が開店。
    • 9月:キャッチコピー「さわるショッピング大賛成!」を使用開始。
    • 10月10日:丸井土浦店(丸井土浦ショッピングビル)全館新開店。
  • 1971年(昭和46年)
    • 1月:キャッチコピー「さわるShopping’71」というを使用開始。
    • 2月17日:丸井創業40周年。
    • 2月25日:丸井渋谷店(丸井渋谷ショッピングビル)(新)、全館開店。
  • 1972年(昭和47年)
    • 1月:キャッチコピー「愛情はつらつ われら夫婦、クレジットエイジ。」を使用開始。
    • 5月27日:丸井中野本店(丸井中野ショッピングビル)、「ファッションのA館」「インテリアのB館」の2館体制で全館開店。A館屋上に「マルイ屋上公園」、A館6階・7階にボウリング場「マルイボウル」、A館5階にレストラン街「味の食堂街」、A館1階に「丸井海外旅行センター」、A館地階にスーパーマーケットピーコックストア」を同時開業。
    • 6月24日:丸井宇都宮店(丸井宇都宮ショッピングビル)、「ファッションの本館」「インテリアの新館」の2館体制で全館開店。
    • 9月2日:丸井自由が丘店、A館・B館の2館体制で全館開店。
    • 9月:「クレジットメンバーズ」制度を発足。それと同時に、クレジットカード「丸井クレジットメンバーズ」が登場。
  • 1973年(昭和48年)
    • 3月:CI制定、「◯I◯Iキャンペーン」開始。新ロゴは丸ゴシック風で、電話機のダイヤルで0を回す時の指の動き(0から指止めまで)をイメージして"◯"の右下が途切れていた[7]。電話番号も"0101"になる。
    • 1月:キャッチコピー「マルイはみんな駅のソバ 電話はみんなマルイ・マルイ」を使用開始。
    • 8月25日:丸井川越店(二代目)が全館開店。
  • 1974年(昭和49年)
    • 1月:キャッチコピー「円を大切に…クレジット。」を使用開始。
    • 10月26日:丸井厚木店全館開店。
  • 1975年(昭和50年)
    • 1月:キャッチコピー「マルイ・マルイの丸井です」を使用開始。
    • 2月15日:丸井清水店、全館開店。
    • 2月22日:丸井小田原店開店、「(新)駅前広場の新しいお店」、ヤングマルイ小田原「お城通りのファッションのお店」の2館が同時開店。
    • 5月24日:丸井横須賀店(新)、全館開店。
    • 8月:キャッチコピー「欲しいものをムリなく」を使用開始。
    • 9月:クレジットカード「赤いカード」(初代)が登場。既存の「丸井クレジットメンバーズ」も引き続き利用可能だった。
    • 11月8日:丸井郡山店開店。
  • 1976年(昭和51年)
    • 1月:キャッチコピー「和気あいあい。」を使用開始。
    • 6月17日:丸井横須賀店開店、本館「ファッションとインテリアの店」、別館「電器とレジャーの店」の2館が同時開店。
    • 9月23日:丸井渋谷店「ファッション本館」「インテリア新館(現在の渋谷モディ)」の2館が同時開店。
  • 1977年(昭和52年)
    • 1月:キャッチコピー「“和気あいあい”の丸井。77年のテーマ。もっと会おうよ。話そうよ。」を使用開始。
    • 4月23日:丸井ニュー新宿店・丸井ヤング新宿店に加えて、丸井インテリア館(丸井ニュー新宿店の隣)が開店し、3店体制になる。
    • 6月:キャッチコピー「赤いカードで123(ワン、ツー、スリー。)」を使用開始、この頃より「丸井クレジットメンバーズ」から「赤いカード」(初代)への取り替えを開始。
  • 1978年(昭和53年)
    • 1月:キャッチコピー「いま多感期 丸井は赤いカードでクレジット。」を使用開始。
  • 1979年(昭和54年)
    • 1月:キャッチコピー「ひとりよりふたり。」を使用開始。

1980年代

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  • 1980年(昭和55年)
    • 1月:キャッチコピー「好きだから、あげる。」を使用開始。
  • 1981年(昭和56年)
    • 1月:キャッチコピー「人生◯I◯I(マルイ・マルイ)」を使用開始。
    • 2月に「丸井のキャッシング」の名称で消費者金融事業を開始[8]
    • 2月17日:丸井創業50周年。
  • 1982年(昭和57年)
    • 1月:キャッチコピー「したいこと、いっぱい。赤いカード。もらって、うれしい。赤いカード。」を使用開始。
  • 1983年(昭和58年)
    • 1月:キャッチコピー「好きで、いっしょで。」を使用開始。
  • 1984年(昭和59年)
    • 1月:キャッチコピー「(わ)をかけて 今年もあれこれ。赤いカード。」を使用開始。
    • 3月:丸井新宿店がインテリア館(現在の新宿マルイメン)とスポーツ館(後のマルイシティ新宿-2)を新設し、「ヤング館(後の新宿マルイカレン)」「テクノ館・ファッション館(旧ニュー新宿店)」の5館体制になる。
  • 1985年(昭和60年)
    • 4月19日:渋谷店が「本館(現在の渋谷モディ)」「ヤング館(後の渋谷マルイ)」の2館体制で増床開店。
  • 1986年(昭和61年)
    • 2月2日:丸井浜松店新開店。
    • 2月22日:丸井池袋西口店新開店。
    • 2月23日:丸井津田沼店新開店。
    • 3月2日:丸井町田店新開店。
    • 8月29日:丸井大宮店新開店。
    • 8月30日:丸井藤沢店新開店。
    • 8月31日:丸井水戸店新開店。
    • 9月19日:丸井錦糸町店新開店。

1990年代

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  • 1990年(平成2年)
  • 1991年(平成3年)
    • 2月17日:丸井創業60周年。
    • 3月:渋谷にインザルーム渋谷を開設。
  • 1992年(平成4年)
    • 9月:新宿にフィールドを新設。
  • 1994年(平成6年)
    • 11月:本社新社屋が中野駅北口に完成。
  • 1995年(平成7年)
    • :新CIを制定(現行の◯I◯Iロゴマーク)。

2000年代

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  • 2000年(平成12年)
    • 4月20日:TOKYO-BAYららぽーと内「ららぽーと3」(後の南館)に専門店4店を出店。グループ外の商業施設への初出店となる。
  • 2001年(平成13年)
    • 2月17日:丸井創業70周年。
  • 2003年(平成15年):グループ一体化の大再編を敢行。
    • 10月3日:西日本初出店の神戸マルイを開業。
  • 2004年(平成16年)
    • 2月27日:丸井としては最大規模の北千住マルイが開業。
  • 2005年(平成17年):カルチュア・コンビニエンス・クラブにヴァージン・メガストアーズ・ジャパンの全株式を約12億円で売却、株式会社ダイエーと店長級社員の派遣等による衣料部門の支援に係る業務提携。
  • 2006年(平成18年)
  • 2007年(平成19年)
    • 5月21日:ヤマトホールディングス株式会社(ヤマト運輸の持株会社)と資本・業務提携。
    • 8月26日:丸井中野本店が閉店。
    • 10月1日:小売事業を株式会社丸井に新設分割し、株式会社丸井グループに商号変更し、純粋持株会社へ移行。

2010年代以降

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  • 2010年(平成22年)
  • 2011年(平成23年)
    • 1月28日:旧丸井中野本店A館を立て替え「中野マルイ」として再開業。
    • 2月17日:丸井創業80周年。
    • 3月11日:水戸店・柏店VAT館(後の柏マルイ)が東日本大震災で被災。柏店VAT館は3月31日まで休業。
  • 2016年(平成28年)
    • 4月21日:九州初の丸井グループ店舗としてKITTE博多ビルに「博多マルイ」オープン。                                           
  • 2017年(平成29年)
    • 2月20日:KDDI株式会社、KDDIコマースフォワード株式会社が運営するECサイト「Wowma!」に、ブランドファッション専門売場「Wowma! Brand Square」開設。
  • 2019年(平成31年)
  • 2020年(令和2年)
  • 2023年(令和5年)
    • 1月1日 - 1月3日:新宿マルイや渋谷モディなど全国の21店舗で正月三が日を休業[17]
  • 2025年(令和7年)
    • 4月2日:マルイファミリー海老名が「海老名マルイ」に改称[18]

歴代社長

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店舗展開

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マルイシティ新宿1(2007年2月) 現在:新宿マルイアネックス
神戸マルイ
なんばマルイ
博多マルイ
マルイファミリー海老名(神奈川県海老名市の複合商業施設ビナウォークの中核店舗)
国分寺マルイ東京都国分寺市、「CICI」マーク(旧ロゴ)採用例の1つ)
草加マルイ埼玉県草加市、「MARUI」マーク採用例の1つ)

概略

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店舗展開としては長らく関東圏に限ってきたが、近年では関東圏を脱し全国展開を視野に入れている。

東日本

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  • 関東地方南部に店舗をもつ(関東1都6県と静岡県福島県の範囲を丸井は「関東圏」と位置づけ、長らくこの範囲で店舗展開を行ってきた)。
    • ただし北関東の店舗は2018年の水戸店の閉店をもって撤退。
  • 東北地方では2008年に福島県郡山市の丸井郡山店を閉鎖後、宮城県仙台市で自社ブランドのテナント出店やアウトレットストアを展開している。
  • 静岡県では2021年に静岡市の静岡店が閉店し、丸井としての店舗はなくなったが、系列の静岡モディが2023年時点で営業を続けており、丸井グループとしては営業拠点が現在も残っている。

西日本

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  • 愛知県へは丸井本体としてではなく「インザルーム名古屋」として2007年1月20日に名古屋へ進出したが、2009年6月28日に閉店した。また近鉄パッセにテナント「スタジオゼロワン」を運営していたが、こちらも2009年9月に撤退している。ただし近鉄パッセでは2011年より毎年夏季に「マルイの水着」ショップが期間限定で出店されている(2011年は丸栄にも出店していた)。また2017年3月17日には愛知県一宮市イオンモール木曽川内に新業態のテナント「ラクチンきれいシューズ Fit Studio」をオープンしている。
  • 近畿地方においては2003年10月3日に関西1号店として神戸三宮神戸マルイ)に進出したほか、2006年9月22日には大阪難波なんばマルイ)を開業している。さらに2011年4月27日には京都四条河原町(旧阪急百貨店跡地)でも新店舗(京都マルイ)を開業したが、2020年4月7日に閉鎖し、5月12日に閉店した[広報 2]
  • 九州地方へは2016年4月21日に福岡市博多区博多郵便局跡地に建設された商業施設「KITTE博多」のメインテナントとして初進出した[19][20]。また、福岡市への出店に際し「九州でほかに北九州市熊本市への出店も検討していることを明らかにした」と毎日新聞が報じている[21]

丸井には、駅前出店(レールサイド戦略)を基本とした多店舗化戦略を取っているイメージがあるが、その一方で新規大型店の開店に伴う小規模店舗の統合など、積極的なスクラップ・アンド・ビルド戦略を展開している。ただし、新店舗の開設を伴わない単純な不採算店舗の閉鎖も数多く行なわれている。また、業態変更によって実質「丸井」としての機能を廃した店舗(吉祥寺店キャンバス館→無印良品館→ドン・キホーテ、マルイビィ町田→町田モディ)なども存在する[注釈 4]

またアメリカの百貨店チェーンの様にプライベートブランド開発、SPA化、自社編集売り場などに力を入れ、旧来型の日本の百貨店からの脱却を図っているほか、また従来の画一的な展開から、「商圏に適したきめ細かい展開」に切り替えている。

「商圏に適したきめ細かい展開」は店舗デザインにも及ぶ。現在多くの店舗の外観は「OIOI」マークを使用している。これは古くからある店舗に現在も残る、丸の右下が切れた形の「CICI」マークのブラッシュアップと言える(「CICI」マークの店舗においても、店内掲示物などには「OIOI」マークを使用するケースも目立ってきている)。また、関東・静岡地区で1990年代に開業・改築した店舗の一部には「MARUI」マークが用いられているところもある。これは当時、エリアごとの店舗展開を模索し始めており、その際のイメージのひとつが形になったものである。その後、「MARUI」マークを採用した店舗もリニューアルなどを機に「OIOI」マークへ変更するケースもあり、ブランドの再統一へ方向転換した模様である。京阪神の3店舗では「OIOI」マークに「(地名)MARUI」が併記されている。

既存店舗とは別の道を模索する動きも見られ、その一環として2007年5月に宅配大手のヤマトホールディングスと資本・業務提携を結び、在庫の調達管理から新たな通販ビジネス開拓への方針展開を目指す方針であると発表された。

一方、2007年の貸金業法改正や、2009年のリーマンショックの影響によるグループの業績悪化を受けて、小売事業の方針を順次転換した。具体的には、顧客ターゲットを若年層から全世代に拡大し、ファッション等の商品に代表されるモノ消費中心の売場展開を減少させ、飲食等の体験に代表されるコト消費をターゲットにした売場展開の割合を増加させること等である。2014年頃からは、消化仕入方式による百貨店型の店舗運営を順次減少させ、テナントからの安定的な家賃収入による不動産型のSC・定借化へ切り替えを進めており、2019年3月までに対象区画の100%を不動産型とする予定である。同じくSC・定借化運営であるモディの多店化も併せて、売上より利益重視へ収益構造の転換を進めている。

POSシステムは、TEC製を使用。[要出典]

個別売場、テナント

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長らくファッションを中心とした消化仕入方式による百貨店型の店舗運営をとり、収益についてもテナントの売上高に左右される形態であった。しかし、モノ消費からコト消費へのニーズの変化や、安定的な収益確保をにらみ、SC・定借化による不動産型の店舗運営へ転換を進めている。テナントの内容についても顧客を交えた会議の実施等に基づき、低層階に食品・飲食のテナントを配置するなど、ファッション中心の店舗構成からライフスタイル中心の店舗構成へ移行している。

かつては丸井としての電化製品売場が専門館以外の店舗に存在したが2018年現在は直営による電化製品売場は存在しない[注釈 5]

少なくとも、1970年代から1980年代ごろにかけて、東京都心部の一部や地方の狭小店舗、また専門館を除いた全店舗最上階には、森永フードサービス(現在:エムエフエス株式会社、当時は森永製菓子会社)運営による「森永レストラン」が併設されていた。その後昭和60年代に入り、順次森永レストランは閉鎖され、2014年現在では森永レストランが併設されている丸井店舗は存在しない。

出店形態

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  • マルイ(OIOI):一般型店舗。古くからある店舗は漢字表記(丸井○○店)、1980年代以降に開店した店舗はカタカナ表記(○○マルイ)であったが、古参店舗の改装や改築、または閉店により、現行店舗はカタカナ表記に統一されている。
  • マルイファミリー(OI FAMILY):郊外型ショッピングセンターを意識。食料品も扱う。溝口、志木の各店舗。
  • まるい食遊館:食料品専門店。国分寺、北千住、溝口などのマルイ店舗に入居しているが、これ以外にも戸塚モディに出店している。かつては上野店(現在:上野マルイ、現在は北野エースが出店)と錦糸町店(現在:ジャパンミート)の2店舗にも入っていた。
  • モディ(modi, MODI):エンクローズド(共同店舗型)ショッピングモール。丸井の他の店舗業態から転換し、専門店テナントを基本に展開する。2019年3月31日までは、エイムクリエイツによる運営であったが、同年4月1日をもって同社がモディの各店舗の運営を当社に経営統合した[22]

過去

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  • マルイジャム:ファッション激戦区・渋谷の立地に対応したレディス専門店。現在は渋谷マルイへ変更。
  • マルイミニ:一般・小規模店舗。現在は店舗なし。立川(→モディ→現在:ロフト)、町田(現在:町田マルイ)にあった。
  • in The ROOM(インザルーム)インテリア専門店。現在は単独店舗は存在せず、また2013年3月10日を以てテナント形態のショップも全店舗営業を終了した[広報 3]
  • FIELD(フィールド):スポーツ用品専門店。新宿店スポーツ館のリニューアルに伴い新たに作られた形態。後に池袋店スポーツ館もこの名称にリニューアルした。
  • VAT:ティーンズ世代のファッション専門店。マルイの109とも言われていた。かつては柏店の2つある建物のうちの1つがVATであったが、現在は店舗なし。
  • マルイザッカ:ファッション雑貨専門店。現在は店舗なし。
  • マルイヤング:ヤングファッション専門店。新宿と渋谷にあったが前者はカレン→閉鎖、後者はジャムとなり店舗なし。
  • マルイビィ:一般。町田大丸の跡地に開設された「丸井町田店B館」である。2006年9月に町田モディとなり、名称は消滅。
  • マルイシティ(OICITY):都市型店舗。新宿(現在は本館、アネックスに改称)、上野(現在は上野マルイ)、池袋(後に池袋マルイ、現在は閉店)渋谷(現在は渋谷モディ)、横浜に存在した。

現行店舗

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モディ店舗については「モディ」を、既存の商業施設にテナント出店している店舗については後述「自社ブランド」の項を、それぞれ参照。

  • ◎がついている店舗:前述の「MARUI」マークを使用している店舗
  • △がついている店舗:旧ロゴ(CICI)を使用している店舗

現行店舗の概要

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現在の施設名称や所在地、開業日、店番等のみをまとめている。詳細に関しては名称のリンク先や下記参照。下線が引いてある店舗に関しては単独記事や見出しあり。

No. 名称 所在地 開業日 備考
1 中野マルイ 東京都中野区中野3-34-28 2011年1月28日
3 新宿マルイ本館 東京都新宿区新宿3-30-16[23] 2009年4月24日
5 新宿マルイアネックス 東京都新宿区新宿3-1-26 2007年2月9日 旧・マルイシティ新宿-1
16 吉祥寺マルイ 東京都武蔵野市吉祥寺南町1-1-19[12] 1978年9月21日 旧・丸井ニュー吉祥寺店
52 町田マルイ 東京都町田市原町田6-1-6 1980年9月20日 旧・丸井町田店
53 大宮マルイ 埼玉県さいたま市大宮区桜木町23[23] 1982年9月28日 旧・丸井大宮店
54 錦糸町マルイ 東京都墨田区江東橋3-9-10[23] 1983年9月2日 旧・丸井錦糸町店
58 上野マルイ 東京都台東区上野6-15-1 1985年8月24日 旧・丸井上野店
62 国分寺マルイ 東京都国分寺市南町3-20-3[23] 1989年3月1日 旧・丸井国分寺店
66 草加マルイ 埼玉県草加市高砂291[23] 1992年2月21日 旧・丸井草加店
74 新宿マルイメン 東京都新宿区新宿5-16-4[23] 旧・丸井新宿店インテリア館
78 マルイファミリー溝口 神奈川県川崎市高津区溝口1-4-1[23] 1997年9月12日
79 マルイファミリー志木 埼玉県志木市本町5261[23] 2000年2月25日
82 海老名マルイ 神奈川県海老名市中央1-6-1 2002年4月19日 旧・マルイファミリー海老名
83 神戸マルイ 神戸市中央区三宮町1-7-2 2003年10月3日
84 北千住マルイ 東京都足立区千住3-92 2004年2月27日
85 なんばマルイ 大阪市中央区難波三丁目8-9 2006年9月22日
86 有楽町マルイ 東京都千代田区有楽町2-7-1 2007年10月12日
90 博多マルイ 福岡県福岡市博多区博多駅中央街9-1 2016年4月21日

東京都

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モディ渋谷(旧マルイシティ)(東京都渋谷区)写真はリニューアル前
モディ渋谷(旧マルイシティ)(東京都渋谷区)写真はリニューアル前
渋谷マルイ(旧マルイジャム渋谷)(東京都渋谷区)
渋谷マルイ(旧マルイジャム渋谷)(東京都渋谷区)
上野マルイ(旧マルイシティ上野) (東京都台東区)
上野マルイ(旧マルイシティ上野) (東京都台東区)
錦糸町マルイ(旧丸井錦糸町店)(東京都墨田区)
錦糸町マルイ(旧丸井錦糸町店)(東京都墨田区)
有楽町マルイ(東京都千代田区)
有楽町マルイ(東京都千代田区)
北千住マルイ(東京都足立区)
北千住マルイ(東京都足立区)
吉祥寺マルイ(旧丸井吉祥寺店)(東京都武蔵野市)
吉祥寺マルイ(旧丸井吉祥寺店)(東京都武蔵野市)

新宿マルイ

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新宿マルイは2018年現在、以下の形態で店舗展開を行っている。いずれも正式名称には「新宿マルイ」が付されており、2009年に「新宿21.1世紀」のコンセプトを掲げた大幅な店舗再編[24]によって、現在の形態となっている。

丸井の本店は中野にあったが、2007年に一時閉店。その後、2011年1月に再開店して本社も中野にあるが、新宿3丁目(伊勢丹前)の新宿通り沿いに2009年に完成した「新宿マルイ本館」店舗を売場面積から勘案して、旗艦店と見做すことが出来ると思われる。新宿には丸井が入居するビルが6棟存在し、積極的にスクラップ・アンド・ビルドを行うため、これまでたびたび店舗(出店形態)の移動があった[注釈 6]

新宿マルイ本館
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  • 初代マルイシティ新宿跡地に新築オープン。
  • 「サード・プレイス」というテーマを掲げ、女性をターゲットにしたライフスタイル店舗としてオープン。雑貨やサロン、カフェ・スイーツの他、屋上庭園「Q-COURT」を揃える
新宿マルイメン
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  • 詳しい沿革は下記参照。
  • 当初は「マルイメン新宿」の名称で営業していたが2009年4月24日に店舗名のみ先行変更し、9月18日にリニューアルオープン。
メンズ専門店。屋上にはイベントスペースがあり、定期的にアイドル等のイベントが行われる。

上野マルイ

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京成上野ビルおよび中村ビル内
  1. 丸井上野店(1985年8月24日~)
  2. マルイシティ上野(1998年3月~)
  3. 上野マルイ()
  • 京成百貨店から譲渡を受け「丸井上野店」として開業。旧京成百貨店だった名残で生鮮食品の取り扱いがあった(今は取り扱いなし)
  • B1Fに"Food Select"(飲食テナントのほか食料品専門店が配置され、北千住の"KITCHEN GARDEN 350"に一部類似している)。9FにOIOI The Dish(レストラン街)がある。
  • 当時のキャッチコピーは『東京上野、エキ祭ティング。こんどの丸井はキャベツもあります。丸井上野店 あす10時30分よろしくオープン』[25]

錦糸町マルイ

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  • 都電錦糸堀車庫跡地。
  • 2017年6月、B1階にジャパンミートがオープン。1Fに"味の本所小路"(北千住の"KITCHEN GARDEN 350"に類似したゾーン)。7Fに"錦糸町ダイニング 0141"(レストラン街)がある。
  • 当時のキャッチコピーは『これから、錦糸町。』[26]

中野マルイ

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  • 2007年に閉店した丸井中野本店を旧A館部分のみに規模縮小の上で建て替えて再オープン。
  • 同ビルは丸井グループ本社別館を兼ねており、本社も近隣に所在。

吉祥寺マルイ

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  • 吉祥寺店としては二代目の建物となる。
  • 当時のキャッチコピーは『きょうから、ふたりは公園まえで。』[27][28]、『あした、ふたりは公園まえで。丸井ニュー吉祥寺店、あす10時30分、吉祥寺駅南口まえに、新しく、大きく、おしゃれに開店。』[29]など。

町田マルイ

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  • 当初は丸井町田店として開業し、その後マルイシティ町田、マルイワン町田の名称を経て現在に至る。
  • 当時のキャッチコピーは『あす9月20日(土)丸井町田店開店 クレジットで力をつけましょう。』[30]

埼玉県

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マルイファミリー志木

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  • 志木市による志木駅東口再開発ビル「フォーシーズンズ志木」の大半を賃借して開業。
  • まるい食遊館が入居。

マルイ/モディ各店舗の取扱高

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2024年度のデータのため、2026年4月現在は閉館済みの柏マルイ、マルイシティ横浜も含む[31]

店舗名 取扱高(万円) 売場面積(㎡) 備考
北千住マルイ 38,918 35,300 同社としては最大の売場面積・売上
新宿マルイ 28,463 30,590 本館・アネックス・メンの3館合算
マルイファミリー溝口 22,955 32,260
上野マルイ 14,769 16,390
有楽町マルイ 16,813 18,500
博多マルイ 10,238 15,000
錦糸町マルイ 13,855 22,990
町田店 13,819 21,270 マルイ・モディの2館合算
なんばマルイ 11,006 17,000
マルイシティ横浜 12,444 16,510 2026年2月28日閉館
マルイファミリー志木 12,197 18,900
渋谷モディ 10,177 9,840 モディのみの値(マルイ一時休館中)
国分寺マルイ 10,132 14,300
戸塚モディ 9,248 16,580
大宮マルイ 7,885 13,970
海老名マルイ 7,375 19,500
中野マルイ 7,438 4,950
吉祥寺マルイ 6,306 11,950
草加マルイ 4,817 16,530
神戸マルイ 4,523 6,940
柏モディ 3,813 10,590 2025年7月27日に柏マルイが閉館
静岡モディ 2,606 5,540

過去に存在した丸井の店舗

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沿革などに関しては上記の年表も参照。特筆がない限り店舗名称は「丸井○○店」となる。

過去に存在した店舗の概要

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主なリンク先がある店舗に関しては、丸井として最後に営業していた店舗名称や所在地、開業日、閉店日、店番等のみまとめている。

詳細は名称のリンク先や下記参照。下線が引いてある店舗に関しては単独記事又は見出しあり。

No. 名称 所在地 開業日 閉店日 備考
13 渋谷マルイ 東京都渋谷区神南1-22-6[23] 2022年8月28日 老朽化に伴い木造建築の施設に建替中
マルイミニ立川 東京都立川市曙町2-7-17[12] 1970年2月20日 2007年8月12日 旧・丸井立川店、後にモディとなるも閉店済み
48 池袋マルイ 東京都豊島区西池袋3-28-13[32] 1977年2月 2021年8月29日 旧・丸井ニュー池袋西口店
60 戸塚店 神奈川県横浜市戸塚区戸塚町10[23] 1986年11月1日 2006年9月 現在もモディ・食遊館として営業中
61 川崎店 神奈川県川崎市川崎区日進町1-11[23] 1988年3月11日 2018年11月14日
77 マルイシティ横浜 神奈川県横浜市西区高島2-19-12[23] 1996年9月20日 2026年2月28日 旧・丸井横浜東口店[33][34][35]
88 京都マルイ 京都府京都市下京区四条通河原町東入真町68番地 2011年4月27日 2020年5月12日 [注釈 7]
721 マルイシティ渋谷 東京都渋谷区神南1-21-3 1976年6月23日 2015年4月19日 現在も渋谷モディとして営業中
722 柏店マルイ館 千葉県柏市柏1-2-26 1996年2月 現在も柏モディとして営業中
723 マルイビィ町田 町田市原町田6-2-6[23] 2001年2月21日 現在も町田モディとして営業中
724 静岡マルイB館 静岡県静岡市葵区御幸町6-10[23] 1995年2月 現在も静岡モディとして営業中
726 川越店 埼玉県川越市脇田町4−2 1970年2月28日 モディに業態変更したが閉店済み[36][37]

東京都

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戦前、東京都内に数店舗クレジット専用センター(現在の“ゼロファースト”店舗とは別組織)として八重洲、新橋、赤羽など数店舗があった。

新宿(新宿区)地区に存在した店舗

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新宿エリアの店舗では2009年は「新宿21.1世紀。」のコンセプトを掲げ、全店舗改装・リニューアルを行い、新たに「新宿マルイ」の総称が入れられた。その他の既存店舗も順次改装を行っており、インザルーム新宿本店は4月24日にリニューアルが完了し、またマルイシティ1・マルイメンが初夏から秋にかけて、それぞれ「新宿マルイアネックス」「新宿マルイメン」にリニューアルされた。ただし店舗名称はマルイ本館オープンと同日にいち早く変更された[38]。なお「新宿マルイ」に刷新後も店舗再編が行われている。

丸井ニュー新宿店→<初代>マルイシティ新宿
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東京都新宿区新宿3-30-16

  1. 丸井ニュー新宿店(1974年5月25日~)
  2. 丸井ニュー新宿店/丸井インテリア館(1977年4月23日~)
  3. 丸井新宿店ファッション館・テクノ館(1984年3月~)
  4. <初代>マルイシティ新宿店(1998年3月~)
  • 帝都座(新宿日活)の場所に開業。
  • A館・B館と2館体制であった
  • 老朽化に伴いまとめて取り壊して建替えられ、跡地には新宿地区の新たな旗艦店「新宿マルイ本館」(現在も営業中)がオープンした。
  • 開業・改装時のキャッチコピーは以下の通り。
    • 『新宿大通り、新しいマルイ。丸井ニュー新宿店 あす5/25(土)OPEN クレジットのマルイです。伊勢丹まえのマルイです。』[39][40](1974年5月25日)
    • 『新宿大通り、丸井が3店。あす、4月23日(土)新開店。』[41][42](1977年4月23日/インテリア館開業時)
丸井新宿店スポーツ館→<旧>新宿マルイワン
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東京都新宿区新宿3-5-6[23]

  1. <初代>フィールド新宿店(1992年9月~)
  2. <旧>新宿マルイワン(1998年9月~2005年3月)
  • 建物自体は武蔵野興業が管理する賃貸ビルであり、旧新宿松竹館の場所であった。
  • 同地での閉店後はマルイワン新宿はマルイヤング新宿内に移転している。
  • 2026年現在はコメ兵を経て、スギ薬局などが入る複合ビル「キュープラザ新宿三丁目」となっている。
丸井新宿スポーツ館→<二代目>新宿マルイワン
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東京都新宿区新宿3-1-20[23]

新宿3-1-20に所在していたマルイシティ新宿2(2007年)
  1. 丸井新宿店スポーツ館(1984年~)
  2. 丸井新宿店メンズ館(1986年3月1日~)
  3. マルイザッカ(1998年9月~)
  4. <初代>インザルーム新宿店(?~)
  5. <三代目>フィールド新宿店(2004年~)
  6. マルイシティ新宿-2(2007年2月9日~)
  7. 新宿マルイワン(2009年2月20日~2013年9月25日)
  • 新宿マルイワンは個性派ファッションの揃うレディース専門店として若手クリエイターの発掘・育成を掲げていた。
  • 再編で新宿マルイアネックス(旧マルイシティ新宿-1)と統合する形で閉店し、当店で営業していたテナントの多くがマルイアネックスに移転した。これによりアネックスにもレディース用品売場が新設されたほか、本館にメンズ用品売場も新設されている。
ヴァージンメガストア→インザルーム新宿本店
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東京都新宿区新宿3-1-13/京王新宿追分ビル

  1. ヴァージンメガストア(2001年4月21日~2004年1月12日)
  2. インザルーム新宿本店(~2010年2月28日)
  • ヴァージンメガストアはヴァージン・メガストアーズと丸井の合弁出資により展開していた大型CDショップであり、当初マルイシティ地下1階に1990年9月22日に開店した後に同地に移転したがその後経営不振で閉店。
  • 閉店後の2005年には株式も売却され丸井の関連会社ではなくなった。
  • インザルーム閉店後はFOREVER21IKEA新宿などが入居していた。
丸井新宿店→新宿マルイカレン
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東京都新宿区新宿3-18-1[23]

  1. 丸井新宿店(1962年9月28日~)
  2. 新宿丸井ヤング館(1977年4月23日?~)
  3. 新宿マルイヤング(1984年?~)
  4. 新宿マルイヤング/フィールド(2004年~)
  5. 新宿マルイヤング/フィールド/マルイワン(2005年~)
  6. 新宿マルイカレン(2009年2月27日~2012年3月25日)
  • マルイヤングへの改装時にリニューアルされ屋上壁面のOIOIロゴも現行デザインになり設置位置も変更した。
  • 2004年にはフィールドが、2005年にはマルイワン(5~9F)が同地に移転している。
  • マルイカレンは「ファストファッション」をテーマとしたレディース専門店であり店内にはユニクロやヴィレッジヴァンガードも出店していた。店舗名称のカレンとは、英語で「最新の」などを表す「Current」と、日本語の「可憐(Karen)」の2つの意味がある。
  • マルイカレン閉店後も引き続き丸井が「丸井新宿東口ビル」としてビル管理を続けていたが、2016年9月末約130億円で売却した。
  • 2026年現在は解体され更地となっている。
  • 開業・改装時のキャッチコピーは以下の通り。
    • 『新宿へ行こう メインストリートに丸井ビル誕生 あす10時開店!!』[43](1962年9月28日)
    • 『わかい友だち 新宿のマルイ』[44][45](1972年10月)
新宿三光町店→マルイメン新宿
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東京都新宿区新宿5-16-4

  1. 丸井新宿三光町店(1950年7月~)※新宿進出第2号店
  2. 丸井新宿家具電化センター(1967年3月20日~1973年5月)
  3. 中野輸送新宿配送センター(?~)※非店舗
  4. 丸井新宿店インテリア館A館(1984年~1998年)
  5. マルイメン新宿(1998年9月~)
  6. 新宿マルイメン(2009年4月24日~)※2026年現在も営業中
丸井新宿店インテリア館B館→マルイメン新宿B館
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東京都新宿区新宿5-16-8

  1. 丸井新宿店インテリア館B館(?~)
  2. <二代目>フィールド新宿店(1998年9月~)
  3. マルイメン新宿B館(?~)
  • 上記のインテリアA館に隣接しており間に連絡通路(3階・7階)を設けていた。
  • インテリアB館では家電製品などを扱っていた。
  • マルイメンB館閉店後の後身として丸井の系列会社の本社となり、同時にA館との連絡通路は閉鎖・撤去されている。
  • 2011年に上記の系列会社が中野マルイ内に移転した後は別会社のオフィスとなっている。

池袋地区に存在した店舗

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丸井ニュー池袋西口店→池袋マルイ
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東京都豊島区西池袋3-28-13[32]

  1. 丸井ニュー池袋西口店(1977年2月~)
  2. マルイシティ池袋(?~)
  3. 池袋マルイ(~2021年8月29日[46][47]
<二代目>池袋西口店→<初代>フィールド池袋店
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東京都豊島区西池袋1-16-3

  1. <二代目>丸井池袋西口店(1964年2月28日~)
  2. 旧丸井池袋スポーツ館(?~)
  3. <初代>フィールド池袋店(~2002年2月28日)
  • フィールド池袋店は同地での閉店後はマルイシティ池袋の5階に入居していた(その後池袋マルイ自体が閉店)
  • 2002年9月19日にビックカメラ池袋西口店がオープンした[50]

渋谷地区に存在した店舗

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旧丸井渋谷店インテリア館に関しては渋谷モディを参照。

丸井渋谷店→渋谷マルイ
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東京都渋谷区神南1-22-6[23]
  1. 丸井渋谷店(1958年10月~)
  2. 丸井渋谷店ファッション館(1976年9月23日~)※丸井渋谷店インテリア館開店に伴う改称
  3. 丸井渋谷店ヤング館(1985年4月19日~)
  4. マルイヤング渋谷(?~)
  5. マルイジャム渋谷(2004年~)
  6. <初代>渋谷マルイ(2015年4月24日~2022年8月28日)
  7. <二代目>渋谷マルイ(2026年開業予定)
  • 1958年10月に「丸井渋谷店」として開業して以来、約半世紀にわたり数回の改称を経て「渋谷マルイ」として営業していた。
  • 建物の老朽化に伴う建替のため一時休業中で2026年度に木造建築として再開業予定[51]
  • 休業前の店舗の売場面積4,240m2。取扱高115億円(2017年度、ただし渋谷モディとの合算)
インザルーム渋谷→マルイワン渋谷
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東京都渋谷区神南1-12-13

  1. インザルーム渋谷(1991年3月~)[52]
  2. マルイワン渋谷(1998年9月~2004年)

2026年現在はニトリの旗艦店である「ニトリ渋谷公園通り店」となっている。



中野本店(A館・B館)

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東京都中野区中野3-34-27[23]

丸井中野本店(2006年12月撮影)
  1. 丸井中野本店B館(1970年6月14日~) 老朽化に伴う閉店後は建物を一旦取り壊して跡地に本社関連施設を建設予定であったが、地元の陳情を受け、店舗と本社機能オフィスの複合ビル建設に計画を変更[53] し、上記の「中野マルイ」として営業を再開した。
大丸ピーコック中野店も休業扱いだったが、中野マルイ開業時に「ピーコックストア@中野マルイ」として営業再開。
眼鏡売場は「良眼工房byOIOI」として中野5丁目・サンモール商店街内に一時移転し、中野マルイ内に再移転。
旧B館跡地には中野ツインマークタワーが建設されたため、旧A館跡地のみでの営業となる。

丸井下北沢店→丸井新宿店下北沢館

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東京都世田谷区北沢2-15-14[12]

  1. <初代>丸井下北沢店(1949年9月~)
  2. <新>丸井下北沢店(1968年8月25日~)
  3. 丸井新宿店下北沢館(1982年2月~1982年12月)
  • 閉店後はマルイアウトレットストア「下北沢オルタネイトキングダム (Altern8Kingdom)、「J-CREW」下北沢店などを経て「final index下北沢」として営業していたが、2008年9月28日に閉店。

丸井自由が丘店→インザルーム自由が丘

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東京都目黒区自由が丘2-11-12[12]

  1. 丸井自由が丘店(1955年11月~)
  2. インザルーム自由が丘店(?~)
  • 2棟ある建物のうち1棟はパチンコ店として利用されているが、もう1棟は現在、日能研自由が丘校となっている。

大井町店

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東京都品川区東大井5-201[23]

  1. 丸井大井町店(1989年9月22日~2007年8月31日)
  • 有楽町マルイ開店に伴い閉店。
  • 「男と電器の館」「女とインテリアの館」の二棟に分かれ、渡り廊下で結ばれていた。
  • 閉店以前から店舗を縮小して営業しており、「女の館」一階はテナントとして西友丸井大井町店が入居していた。丸井は閉店したが西友は大井町店に改称し営業を続けている。
  • 丸井に代わって両棟ともヤマダ電機の都市型店舗「LABI品川大井町」となった。旧「男の館」が「住まいる家電館」、旧「女の館」が「AV・デジタル館」となっている。
  • 開店当時のキャッチコピーは『ふたりのために、ひとつです。』[54]

成増店

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東京都板橋区成増2-21-2[55]

  1. 丸井成増店(1962年10月13日~1983年6月)
  • 成増名店街ビルにテナントとして入居していた。
  • 丸井退店後ビルは建て替えられダイエー成増店(2019年12月閉店)となったが、現在はMEGAドン・キホーテ成増店になっている。

丸井キャンバス吉祥寺→吉祥寺店無印良品館

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東京都武蔵野市吉祥寺南町1-9-1

  1. 丸井キャンバス吉祥寺店(1993年~1997年1月)
  2. 丸井吉祥寺店無印良品館(1997年2月~)
  • ヤングカジュアルなレディースブランドなどを取り扱った丸井キャンバス吉祥寺店
  • 2013年9月のリニューアルオープンに伴い本館の6階に無印良品が移転
  • 現在はドン・キホーテ吉祥寺駅前店となる。

その他東京都内に存在した店舗

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店舗名 所在地 開店日 閉店日 備考
西荻窪店 杉並区 1948年4月 1968年12月
新宿駅前店 新宿区 1948年9月 1962年9月 新宿進出1号店、新宿店(後のマルイカレン)開店に伴い閉店
池袋駅前店 豊島区 1952年1月
池袋店 豊島区 1952年7月
立川南口店 立川市 1952年7月 1970年12月
高円寺店 杉並区 1956年11月 1970年12月 主に家具を扱っていたが、中野本店に統合される形で閉店
西小山店 品川区 1957年3月 1968年7月
新宿西口店 新宿区 1958年4月 1964年7月 新宿進出3号店、新宿店(後のマルイカレン)への統合閉店
三鷹店 三鷹市 1960年3月 1970年12月
新井薬師前駅前店 中野区新井5-26-6 1960年4月 1966年7月 跡地は現在パチンコ店
(旧)吉祥寺店 1960年10月
豊田店 日野市 1961年10月 1970年12月
吉祥寺北口店 武蔵野市吉祥寺北町1-1-1 1963年2月 1966年1月
  • スクラップアンドビルド第1号となった小型店
  • ビル自体は現存、現在はマルエツプチ吉祥寺店がある
荏原店 品川区 1963年6月 1969年12月
玉電大橋店 目黒区大橋2-22 1963年10月 1969年7月
  • 閉店後は丸正食品目黒大橋店が入店した
  • 現在は建て替えられ、成城石井等が入居するマンション
蒲田店 大田区西蒲田7-3-3[12] 1968年9月21日 1989年
池袋東口店 豊島区南池袋1-16-18[56] 1970年2月28日 1977年1月31日
八王子店 八王子市旭町2-5[12] 1971年2月3日 2004年1月12日
  • 丸井八王子ショッピングビル(A館/B館)として開店
  • 1987年には大規模な改装を行った
インザルーム池袋 豊島区西池袋3-29-1 1994年 2007年8月19日 インザルーム新宿本店に統合される形で閉店
新宿マルイカレン別館 新宿区新宿3-17-19 2012年3月25日 営業当時はSTUSSYを取り扱っており、2009年11月にリニューアル

神奈川県内に存在した店舗

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川崎店(2007年5月撮影)
マルイシティ横浜

伊勢佐木町店→横浜関内店

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イセザキ館:横浜市中区伊勢佐木町1丁目2番地3

  1. 丸井横浜伊勢佐木町店(1965年2月26日~)
  2. 丸井横浜伊勢佐木町店/横浜店馬車道館(1980年5月22日~)
  3. 丸井横浜店「馬車道ファッション館」「伊勢佐木インテリア館」(1981年9月22日~)
横浜店馬車道館、イセザキ館。後者が先に閉館。馬車道館はマンションに建て替え。イセザキ館は改装され、マタハリーが運営するパチンコ店に。7階・8階には、2001年1月から2007年3月末まで、横濱カレーミュージアムが入居していた。
1965年に横浜伊勢佐木町店を出店。その後1980年5月22日に関内駅を挟んで向かい側に馬車道館が開店し2館体制となる。伊勢佐木町店はヤング館を経て後にイセザキ館に改称。1990年代末にイセザキ館閉館後馬車道館単独での営業となったが2000年に閉館、馬車道館の近くに有った丸井の駐車場も閉鎖・解体された。

横須賀館

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神奈川県横須賀市若松町2-4[57]

  1. <旧>丸井横須賀店(1966年2月26日~)
1966年(昭和41年)2月25日、千日通沿いに後の別館が開店。1階 - 3階が丸井、4階 - 7階は2スクリーンの映画館や軽飲食店が入居していた[58]。映画館は後に5スクリーンまで増設されている。1975年5月、中央大通り沿いに本館が開店。2003年(平成15年)の閉店後はともに雑居ビルとして利用されている。

藤沢店

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神奈川県藤沢市藤沢559[59]

  1. 丸井藤沢店(1979年9月20日~2006年2月28日)
  • さいか屋藤沢店旧店舗に出店。地下1階には地元の要望で食料品専門店・さいか屋「藤沢マーケット店」が開店[60]。藤沢マーケット店は1993年11月にディスカウント業態のさいか屋「ザ・マーケット藤沢駅前店」となった後[61]、丸井閉店後の2006年3月20日まで営業していた[60]
  • 跡地には2006年8月4日にビックカメラ藤沢店が開業[62][63]
  • 当時のキャッチコピーは『丸井藤沢店9月20日開店』[64]、『丸井藤沢店。けさ10時30分開店。』[65]など。

厚木店

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神奈川県厚木市中町2-4-13[12]

  1. 丸井厚木店(1969年8月23日~)
閉店後は建物は改装され無印良品になるも2002年に閉鎖。居酒屋などが入居する雑居ビルに。

小田原店

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  1. 丸井小田原店(1968年3月23日~2002年3月)
本館、インテリア館→VOX館。後者が先に閉鎖。VOX館は居酒屋などが入居する雑居ビルに。屋上看板「CICI」の跡は2020年1月時点でも残っている。

埼玉県内に存在した店舗

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熊谷店

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埼玉県熊谷市筑波2-102[12]

  1. 丸井熊谷店(1970年2月14日~1988年12月)
  • 熊谷駅北口ロータリー直結(バス3番のりば前)だった。
  • 閉店後も建物はそのままで1階においてゼロファーストを営業していたが、2002年にゼロファーストと1店舗分のテナントを擁する平屋建てに建て直した(携帯ショップが開業したが短期間で閉店し、空きテナントのままとなっていた)。
  • ゼロファースト撤退に伴い、地元企業により8階建てのテナントビルに建て直された(2009年)
所沢店(1961年 - 2007年)看板は"CICI"のように◯の右下が切れている

所沢店

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A館:埼玉県所沢市日吉町10-21/B館:埼玉県所沢市日吉町10-22
  1. <旧>丸井所沢店(1961年10月~)
  2. 1968年2月24日:丸井所沢店(新)、全館開店。
  3. 1978年8月26日:丸井所沢店全館開店
  4. 1983年2月25日:丸井所沢店、「ファッション館」「インテリア・スポーツ館」の2館体制で全館開店。
  5. 1986年2月21日:丸井所沢店新開店。
  6. 2007年1月31日:丸井所沢店が閉店。
  • 丸井初の「クレジットカード」登場直後に開店した丸井の古参店舗。
  • 衣料品の他家具(B館)・食器(B館)・家電製品(B館)等も扱い、旧系列のヴァージン・メガストア(B館)や森永レストラン(B館)も入居。
  • 丸井が創業以来取り扱ってきた商品は一通り備え、埼玉県内の中心店舗であった。
  • A館を「女の館」、B館を「男の館」として営業していた時期もあり、A館・B館は渡り廊下で繋がっていた。
  • 閉店後は2007年12月に丸井傘下のエイムクリエイツが管理する賃貸ビル「リ・クリエ所沢」(A館・B館)に業態変更した。

川口店

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埼玉県川口市栄町3-1-16[12]
  1. 丸井川口店(1972年8月26日~)※本館部分
  2. 丸井川口店本館/インテリア・電器館(1985年5月24日~2004年1月12日)
  • 現在は「イートビル」というパチンコ店、ゲームセンター、100円ショップなどが入るビルとなっている。

大宮店浦和館

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  1. 丸井浦和店(1963年9月28日~)
  2. 丸井大宮店浦和館(1985年4月~1985年12月)
  • 浦和駅西口交番そばにあった[66]
  • 閉店後は洋服のアストリア浦和店となったが2001年4月に閉店。
  • 同年10月にプレバブ建てで「さくらや浦和駅西口総合館」がオープンしたが、2008年4月に再開発事業に伴う立ち退きを理由に閉店した。
  • 現在は駐車場になっている。
柏マルイ(ファミリかしわ)

千葉県内に存在した店舗

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柏マルイに関してはファミリかしわ、柏店マルイ館に関しては柏モディを参照。

その他店舗

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店舗名 所在地 開店日 閉店日 備考
千葉店 千葉県千葉市中央区本千葉町2-9 1964年9月23日 1987年12月
  • 売場面積 約2,600m2[67][68]
  • 現在は勉強堂(眼鏡店)や駿河屋などが入る雑居ビル
船橋店 千葉県船橋市本町1-6-3[12] 1974年10月25日 1985年7月14日
  • 売場面積 約5,700m2[69]
  • 閉店後も「丸井船橋ショッピングビル」として丸井が所有
  • 現在はザ・ダイソーギガ船橋店
津田沼店 千葉県習志野市津田沼1-3-1[23] 1978年2月23日 2007年2月12日

北関東・東北地方に存在した店舗

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丸井水戸店(初代)

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茨城県水戸市宮町1-3-41
  1. <初代>丸井水戸店(1970年7月25日~)
  • 高島屋ストア水戸ローズランドが入居していた「中村ビル」左隣に「丸井水戸ショッピングビル」として開業[71][72]
  • 1988年当時の旧店舗の売り場面積は4,629m2[72]
  • 旧店舗解体後、跡地は現在「水戸ノースフロントビル」として、ローソン水戸駅北口店などが営業。
水戸店(2010年3月撮影)
◎丸井水戸店(二代目)
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茨城県水戸市宮町1-2-4[23]
  1. <二代目>丸井水戸店(1993年2月~2018年9月17日[73]
  • 水戸駅北口再開発ビル「MYM」に移転開業し、丸井は、「MYM」の2階以上に入居しており1階・地下1階は別テナントが入る専門店街となっていた。
  • 2011年4月15日にアカチャンホンポが6階にオープン(本来は2011年3月オープン予定だったが、前述の水戸店震災被害によりオープンが遅れた)。
  • ピーク時には156億円を売り上げた年もあったが、2016年度は24億円まで落ち込んだ。また、2010年代に入りエクセルみなみや水戸OPA水戸サウスタワー)などの開業も重なり苦戦し、2018年9月17日をもって閉店[71][74]
  • 撤退後は共有部分を取得したやまきによりオフィスと商業施設の複合施設としてリニューアルする[75] としていたが、2019年2月に 共有部分の所有権がマリモに譲渡された[76]。このため、施設の一部内容を見直して2019年秋にリニューアルされた。
宇都宮店のあった中村第一ビル

宇都宮店

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栃木県宇都宮市池上町2-29[12]
  1. 丸井宇都宮店(1967年9月23日~1987年7月25日)
  • 売場面積4,500m2[77][78]
  • 池上町の駅前大通り沿い「中村第一ビル」1階 - 3階に開店。後に道路を挟んだ南側の「丸井物産池上ビル」との2館体制となる(3階部分の連絡通路で接続)。
  • 1987年1月期の売上高は27億円の黒字店舗だったが、賃貸ビルへの入居のため増築ができず、規模も小さく十分な品揃えができないとして、1987年4月に閉店を表明[77][78][79]
  • 後継テナントには、福田屋百貨店DCブランド中心のファッションビル「EFF(エフ)」として1987年11月に開店[80][81]したが、10年の契約期間を満了せず1995年(平成7年)1月に閉店[要出典]。更に上階にあった映画館「宇都宮第一東宝」も2007年に休館し、現在はフロア毎のテナントビルとなっている

その他店舗

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店舗名 所在地 開店日 閉店日 備考
土浦店 茨城県土浦市大和町4-1[12] 1967年3月3日
  • 本館およびきもの館で構成されていた
  • 現在はカラオケ、居酒屋、パチンコ店などが入居する『ぷらっと』
前橋店 群馬県前橋市千代田町2-11-8[12] 1968年4月20日 1986年7月
  • メガネ館、きもの館で構成されていた
  • 現在本館は隣接しているスズラン前橋店新館
郡山店 福島県郡山市駅前1-6-10[12] 左記リンク先参照
郡山店(2008年2月29日撮影)

静岡県内に存在した店舗

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静岡県下の店舗は全て昭和40年代に開店。丸井の店舗の中でも古参であり、約20年近く浜松店が最西の時期があった。1990年代に入り一気に店舗の淘汰が行われたが、そのうち浜松店および清水店の閉鎖は静岡店に経営資源を集中(前述のスクラップ・アンド・ビルド戦略の一環)するためであったとも言われている。

丸井静岡店B館に関しては静岡モディを参照。

沼津店

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静岡県沼津市大手町86[12]

  1. 丸井沼津店(1966年9月25日~2004年5月)
建物老朽化と採算を理由に閉鎖、建物は解体済み。跡地はホテルとなった。
清水店→静岡店清水館跡地ビル(2012年10月撮影)

清水店

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静岡県清水市静岡市清水区真砂町3-1[12]

  1. 丸井清水店(1969年2月22日~2001年1月)
「静岡店清水館」を経て閉鎖。建物(青果業の華月園との共同所有「丸井・華月園共同ビル」。丸井閉店後丸井所有分を華月園に売却、その後は華月園ビルに)は改装されシダックスを経て、2016年に建物は解体済み。跡地は旧浜松店同様に結婚式場となった。
清水店の11km西に位置する静岡店は大規模小売店舗法(大店法)を根拠とする出店調整から増床が不可能であった。当時の静岡市は出店調整に大きく影響を及ぼす商業活動調整協議会(商調協)の勢力が強く、大型店が出店しにくい地域であった。清水店は売場面積の小さい静岡店の別館的存在でもあったと言われており、静岡店では取り扱えなかった商品を清水店で扱っていた。大店法廃止とともに商調協が解散した後は、清水店で扱っていた商品の大半が増床した静岡店へ移され、清水店は規模を大幅に縮小(6階建ての建物のうち、売り場を1階・2階のみとし3階以上は閉鎖)して「静岡店清水館」となった。

浜松店

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静岡県浜松市中央区鍛冶町220-6[12]

  1. 丸井浜松店(1974年8月24日~1994年7月)
建物老朽化と採算を理由に閉店、店舗面積は8111m2。建物は解体済み。跡地に建設されたビルには低層階にコンプマート(後にエイデンに業態変換)が入居、三階以上はビル管理会社が運営する有料駐車場という構成となった。2009年3月にエイデンが撤退。現在その跡地には結婚式場が入居している。浜松店の建物には、当時の丸井店舗では初となるシースルーエレベーターが設置されていた。

静岡マルイ(旧丸井静岡店 A館)

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静岡マルイ(営業当時のもの)

静岡県静岡市葵区伝馬町5-4

  1. 丸井静岡店(1969年9月21日~)
  2. 静岡マルイA館(1994年2月~)
  3. 静岡マルイ(2016年11月19日~2021年3月28日閉店[82][83][84][85]
開店当初はかつてB館として営業されていた一部に6階建ての店舗として開業。売場面積7,920m2。取扱高31億円(2017年度、ただし静岡モディとの合算)。
旧館裏手に新築された9階建てのA館が完成。のち現在に至る[86]
完成当時は新ロゴのひとつとして「MARUI」を採用(ほぼ同時期に移設開店した水戸店・柏店、新規開店した草加店も同様)。またA館とB館の間の道を「けやき通り」と命名、A館建設と同時に街路整備を行うなど、周辺と一体化した整備を行った。
2016年にB館を一時閉鎖の上、11月19日に「静岡モディ」としてリニューアル。同時にA館を「静岡マルイ」として単独店舗化[87]
これに合わせて店舗外観のロゴも「MARUI」から「OIOI」マークへと、一部を除き変更されている(2016年11月時点)。
これによりモディ業態を除いて丸井の店舗は静岡県内から消滅した。旧静岡マルイA館は2023年3月にエーツー(2019年に丸井と資本業務提携を結んでいる)が取得し、夏より本社(4階 - 9階)兼駿河屋旗艦店(1階 - 3階)となる予定[88][89]

上記以外に存在した店舗

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インザルーム名古屋(2009年1月撮影)

インザルーム名古屋

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愛知県名古屋市中区3-27-1

三井不動産が開発した商業ビル「WV SAKAE(ウーブ サカエ)」のキーテナントとして2007年1月20日にオープンしたが[広報 4]、僅か約2年半の2009年6月28日に閉店。エポスカードのATMコーナーも撤退した。閉店後は改装され、同年10月から2016年8月までユニクロ名古屋栄店が入っていた。現在はサッポロ不動産開発の管理によりビル名が「SAKAE PLACE(サカエプレイス)」に改名され、ポッカサッポロフード&ビバレッジ本社およびサッポロビール東海北陸本部を中心として各種テナントが入居している[90]
京都マルイ

実現しなかった店舗

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高槻店
準備室のみ存在。JR高槻駅前の再開発ビル(現在のアクトアモーレ)に出店予定であったが、その後出店を辞退。

九州進出

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2013年、日本郵便JR九州と手を組み博多郵便局と近隣地域を一体で再開発することを決定したが、その再開発ビルのひとつである「KITTE博多」に丸井が核テナントとして入ることとなり、九州への進出を果たすこととなった[広報 5]。この決定以降、福岡県内の民放テレビ5社でもテレビCMを放送するようになったが、店舗開業までまだ時間を要することから、当初は将来の顧客確保という観点も含めて、内容はハウスクレジットカードの「エポスカード」とネット通販のみとなっている。

2014年に入り、開店に向けた準備室を博多区の奈良屋町に設けた[広報 6]。またエポスカードがハウステンボスと提携し、「ハウステンボスエポスカード」を発行[広報 7]、これに先立ち2013年の段階から長崎地区でもエポスカードのCM放送を始めた。店舗名は、2015年7月23日に、コミュニティサイトで一番意見が多かった「博多マルイ」とすることに決定した[広報 8]。博多出店時の報道で、九州内ではほかに熊本市北九州市への出店を検討していることを明らかにしている[21]

店舗網拡大の経緯

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かつては同業の緑屋(現在:クレディセゾン)との「出店競争」があり、関東圏から東北方面へ店舗網の拡大を目論んでいた時期があった。その際に東北進出の足がかりとして、郡山店を開店させた。

また緑屋が当時進出していなかった東海道方面(静岡県)へは、緑屋進出前に先手を打つという考えから沼津、清水、静岡、浜松の順に4店舗を時期を空けて開店させたという経緯があったといわれている。そのうち静岡店においては、自治体・商店街・出店企業が出店をめぐって調整・協議する場である「商業活動調整協議会」の力がたいへん強かったことから、店舗面積にも大変厳しい注文がつけられた。結果として極めて狭小な店舗での出店を余儀なくされ、隣接する清水店(当時の清水市ではここまで過激な反応はなく、むしろ出店を歓迎されたとも言われる)を増床し、静岡店で扱えない商品を清水店や後に開店する浜松店(こちらも静岡店と違いかなり余裕のある床面積であったといわれる)で展開していたという。

しかし、東海道線エリアは戸塚店・藤沢店・小田原店といった神奈川県内の店舗に加えて沼津店・清水店・浜松店は既に閉店し、東北エリア唯一の店舗であった郡山店も閉鎖するなど、かつての店舗網の拡大路線も大きく軌道修正が図られている。このほか首都圏都市部以外の出店として、熊谷店・前橋店といった高崎線エリアや宇都宮店として栃木エリアにも進出したが全て閉店した。

現在では本拠の首都圏において、南関東のターミナルを中心とした店舗展開を行い、同時に首都圏を脱し京阪神へ進出、また一時期は関連事業を名古屋においても展開するなど、西日本での店舗展開も進めるという「2つの流れ」を見て取れる。

ネット通販

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  • マルイウェブチャネル - 2006年9月開設。自社運営のECサイト。
  • マルイ楽天市場店 - 2010年12月17日開設。
  • Wowma! Brand Square - 2017年2月20日開設。

自社ブランド・外部出店

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丸井が展開している自社プライベートブランドおよびショップは下記の通りである。

  • ビサルノ(VISARUNO、メンズビジネス)
  • アールユー(ru、レディス)
  • マルイモデル(OI MODEL、旧ヤングL、大きいサイズ専門レディス)
  • ヴェリココ(velicoco、レディス靴)
  • レッドシューズ(Red shoes、レディス靴)
  • フォードットウォッチ(4 DOT WATCH CO.、時計)
  • スタジオゼロワン(STUDIOI、レディスシーズン&オケーション)
  • 良眼工房(メガネ)
  • まるい食遊館(食品)
  • フィネステリア(Finesteria、メンズギフト・デイリーグッズ)

など。

かつて展開していたブランド・ショップ

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  • タスタス(tasse tasse、レディス)
  • インザルーム(in The ROOM、インテリア)
  • オンボード(on board、メンズカジュアル)
  • ナルーカ(Nalu:ca、サーフ)
  • シャンデリーク(chandelique、アクセサリー)
  • フォーハートジュエリー(Four Heart jewelry、アクセサリー)
  • アイスクエア オプティーク(OPTIQUE、メガネ)
  • ジュール アン ジュール(jour en jour、アクセサリー)
  • ココニー(coconie、ファッション雑貨)
  • ウェルト(W・E・L・T、紳士靴)
  • クロスドロワー(Cross Drawer、複合専門店)

外部専門店

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2000年のTOKYO-BAYららぽーとへの出店を皮切りに、自社ブランドの専門店を丸井やモディだけではなく、グループ外のららぽーとなどのショッピングセンターにおいてテナントとして出店したり、単独店舗で出店したりするケースがある。

テナントにおいても出店や業態変更、あるいは撤退を頻繁に行っている。中でも、仙台フォーラスに展開していたテナント5店舗は2009年8月までに全て撤退したほか、初の出店であったららぽーとTOKYO-BAYのテナントも、業態変更等を経て2019年に撤退した。

南関東エリア

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仙台エリア

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東海エリア

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九州エリア

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アウトレットストア

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自社ブランドを特別価格で提供する「マルイアウトレットストア」も各地で展開している。

閉店したアウトレットストア

丸井のクレジットカード

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日本初の「クレジット」

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丸井を語る上で欠かせないのが、クレジットカード「赤いカード(初代)・1975年発行)」の存在である。

丸井はもともと月賦百貨店割賦販売による月賦払いを中心とする小売店)であった。1960年(昭和35年)に日本で初めて「クレジット」という名称を用い、アメリカから機器を輸入し「クレジット・カード」「クレジット・プレート」の発行を開始した。これは今日のクレジットカードと同一のものではなく、上顧客への月賦払いの完済証明書のようなもので、完済すると発行され、次回の買い物時に回収された[91]。したがってこのクレジットカードは、「クレジットカード」の名称は使用しているが、機能的にはクレジットカードではなかった。このカード、プレートは、販路拡大にも貢献した[91]。同じ1960年末に日本ダイナースクラブが設立され、1961年からJCBとほぼ同時期に本格的なクレジットカードを発行を開始している。丸井では1972年9月の「クレジットメンバーズ」制度発足と同時に、クレジットカード『丸井クレジットメンバーズ』の発行を開始。1975年9月に『丸井クレジットメンバーズ』に替わる、丸井の新しいクレジットカード『赤いカード(初代)』の発行を開始している。『赤いカード(初代)』発行開始当時の1975年 - 1976年頃は、既存の『丸井クレジットメンバーズ』も引き続き利用出来た。1977年夏頃から『丸井クレジットメンバーズ』→『赤いカード(初代)』への取り替えが開始された。

当時は口座振替による返済のシステムもなく、支払い方法は丸井の店頭で直接支払うか、集金員に直接支払うシステムのみであった。自動引落による返済が一般的になった現在でも、セゾンカード(2010年8月廃止)や百貨店のクレジットカード同様に、店頭のカードカウンターへ出向いての返済が可能である。

ハウスカードから国際ブランドへ

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長らく丸井グループと丸井店舗周辺の加盟店のみ扱えるハウスカードの立場を固持してきたが、1991年(平成3年)にDCカードおよびJCBと提携・一体化した「エムワンカード」(M1カード)を発行する[92]。世界中のVISAまたはJCB加盟店で利用できるようになったが、その分リスクが大きくなることから入会審査が厳しくなり、また支払回数の制限などもあり、あまり発行されずに終息した。

1994年(平成6年)にハウスカードの名称を「マルイカード」に変更したが[93]、2000年(平成12年)に元の「赤いカード」に戻した[94]

2001年(平成13年)にクレディセゾンとの提携によって、赤いカードとセゾンカードを合体した『赤いカード《セゾン》』を発行開始した[95]。このカードはスイッチカードという提携カードの一種で、利用加盟店が赤いカードの加盟店か、セゾンおよび付加国際ブランド(VISA・MasterCard・JCB)の加盟店かによって、請求が丸井からの分とセゾンからの分に分かれて来るものであり、さらに支払方法や請求サイクルも全く別であるなど、悪い意味で「一枚二役」のカードであった。

2004年(平成16年)10月にはカード事業を分社化し連結子会社の株式会社マルイカードを設立し、VISAのスペシャルライセンシーを取得。2006年(平成18年)3月に長年に亘って親しまれた「赤いカード」に代わり、社内公募によって決定された「エポスカード」(EPOS CARD)を新ブランド名として採用。ハウスカードから脱し、VISA付帯で汎用性を高めたICクレジットカードへと衣替えした。同時に社名も株式会社エポスカードへ変更されている。

キャッシング

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1981年に赤いカードでキャッシングサービスが開始。現在ほとんどの「赤いカード」・「エポスカード」で融資枠が設定されており(20歳未満および65歳以上、安定した収入がない人はショッピング専用カードとして発行)、グレーゾーン金利上限に迫る高利のキャッシング利息収益で長い間本業の(分社化した現在は連結)収益の一大部分を占めている。

丸井のカードは店舗従業員のノルマ達成のため、無職者や学生、低所得者層でも店頭で容易に発行されてキャッシングに使えることから、借り逃げなどの貸倒件数・金額によってはその年の業績にマイナス影響を与えるものとなり、「小売店の顔をした消費者金融」と呼ばれることもしばしばある。実際に、グレーゾーン金利撤廃以前のクレジット・消費者ローン事業の営業利益額は物販事業の営業利益額を大きく上回っていた。また、カード勧誘のための「丸井のカードはお持ちですか?」のフレーズは丸井店舗での買い物精算時のいわばお決まりの儀式となっており、その勧誘行為のエスカレートがカード嫌いの層等から丸井での買い物を遠ざける一因ともなっていた。しかし最近では、提携カード化にともなう発行基準・与信の厳格化により以前のような無秩序なカード発行はなく、また、丸井内部での評価制度の見直しなどから、こうした行き過ぎ感のある勧誘などもほとんど姿を消した。

丸井商品券

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丸井全店舗と関係各店で利用可能な自社商品券[96]

2025年3月16日に販売を終了したが、引き続き店舗での利用は可能となっている[97]

雇用体系

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2003年に、管理職以外のプロパー社員ほぼ全員を丸井子会社に転籍させ賃金改定する大胆なリストラを実行。丸井の各ショップで働く従業員は、丸井に属さず取扱商品やサービスに応じた販売子会社から「派遣」される(労働法上の人材派遣とは異なる)形態をしばらくとっていたが、現在は、一部の子会社でのプロパー採用社員を除き、持ち株会社「丸井グループ」に再び人員と雇用を集約したうえで、旧販売子会社を祖とする後述の社内カンパニーでの勤務(店舗での商品販売など)をする形となっている。

従業員の転籍施策に纏わる諸問題

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在籍社員の95%(5,100名:当時)を子会社に転籍させ、消費者ニーズに応え専門性を高め、経営資源の選択と集中を図るという大英断は、実施当時、株主や経済界からは一定の評価を得ると同時に、人件費の高騰と売上減少に悩む小売業界関係者から大いにその成否が注目された。しかしその一方で、この改革を前後に発生した出向と転籍を繰り返す雇用形態の変更、それに伴う人事制度・給与体系等の度重なる見直しによる混乱、完全成果型報酬体系がもたらす極端な年収のアップダウンにより生活設計が立てにくくなったことなどを理由に、旧来の丸井時代から会社を担っていた正規従業員らのモチベーション低下と多数の優秀な人材の外部流出を招いたといわれる。

当時の運営形態は各販売子会社と丸井本体との「業務委託契約」によるアウトソーシングの形であったが、実体として販社社員に対し丸井本体の管理職(店長・副店長など)が直接指揮命令を行っており、これが、いわゆる偽装請負にあたっていた可能性がある。もっとも、これは派遣法の理解不足や見解の相違がもたらした結果であり、製造業等で多発していたような最初から故意に違反行為を承知で実施した施策ではなかった。また、実際に勤務していた販社社員にはこういったビジネスモデル的な説明は転籍に際して事前にほとんどされておらず、それまでの勤務形態と比較してなんら変化を感じるものではなかったため大きな問題にはならなかった。事務代行を主なサービス領域とするマルイスマートサポートなど一部の子会社を除き、丸井本体および販売系子会社は一般・特定を問わず労働者派遣事業の許認可取得・届出はしていない。

その意味では、今回の雇用形態の再転換は事業再編による組織力の強化という目的の他に、こういった諸問題の解消という狙いが含まれていたと推測される。一部の革新系政党や労働団体まで巻き込んで議論がなされた一連の転籍騒動については、現在まで、当時の関係者も含め失敗であったと認める発言等は公式の場では見られない。一説には、この施策に不満を持ち早期退職していった人材数が会社側が当初想定していたものより遥かに多かったという現実に当時の青井忠雄社長が激怒し、施策の推進に大きく関与した関係役員を更迭したといわれるが、その因果関係は定かではない。しかし、“失われた5年間”に浪費した貴重な時間・資金、そして何より従業員のモラールダウンにともなう販売力の低下という大きな損失を招いてしまったことは否めない。同業他社を含めた大手小売業でこの改革に追随した企業はなかった。

関係会社

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株式会社「丸井」および持株会社「丸井グループ」内における、社内カンパニーと関係は以下のとおり。小売事業の他、グループの他の2事業についても触れる。

小売事業

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  • 株式会社丸井(丸井店舗事業)
  • 2008年(平成20年)10月1日付で下記小売事業各社は全て社内カンパニーとして株式会社丸井に統合された。尚アウトレット・催事部は株式会社丸井の一部門から社内カンパニーに移行された。
    • パレット(旧株式会社マルイパレット、婦人雑貨などの製造・販売)
    • エムズモード(旧株式会社マルイエムズモード、紳士靴・紳士雑貨などの製造・販売)
    • ファッションナビ(旧株式会社マルイファッションナビ、婦人服などの製造・販売)
    • アクセス(旧株式会社マルイアクセス・株式会社マルイフォードットウォッチ、ジュエリー・メガネ・ウォッチなどの製造・販売)
    • フィールド(旧株式会社マルイフィールド、スポーツアイテムなどの製造・販売)
    • インザルーム(旧株式会社インザルーム、家具・インテリア雑貨などの製造・販売)
    • シーズニング(旧株式会社マルイシーズニング、食料品の販売・レストランの運営)
    • ヴォイ(旧・株式会社マルイヴォイ、Eコマース・通信販売事業)
    • アウトレット(旧アウトレット・催事部、店外催事およびアウトレット店舗の運営)

カード事業

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  • 株式会社エポスカード(赤いカード事業)
  • 株式会社エムアールアイ債権回収(債権回収事業)エポスカード・ゼロファーストの不良債権の回収も請け負う。
  • 株式会社ゼロファースト(消費者金融事業)下記を参照。

小売関連サービス事業

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  • 株式会社エイムクリエイツ(店装・広告・商業施設運営)
  • 株式会社シーエスシー(ビルメンテナンス・給食・警備などのビル管理)
  • 株式会社エムアンドシーシステム(情報システム事業)
  • 株式会社ムービング(運輸業)引越しや家電量販店の大型家電配達も請け負う。
  • 株式会社マルイキットセンター(物流・用度品ピックアップ・商品検品事業)
  • マルイスマートサポート - 総務(かつての店内総務)、人材派遣(丸井各店に事務系スタッフを派遣。丸井本体社員の転籍により労働者派遣の形になったもの)、教育

ゼロファースト

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1991年(平成3年)に消費者金融専業会社「ゼロファースト」を設立し、都市部の駅近くや繁華街のビル1階もしくは平屋建てに店舗を構え、ゼロファースト・丸井のカードのほかにクレジットカード信販会社・消費者金融・郵便貯金カードが扱えるATM(店舗によっては24時間稼働)を複数台設置するなど独自に事業を行うが、丸井のカードによるキャッシング・入金(弁済)も行う点から、丸井店舗が撤退した地域にゼロファーストを出店する傾向があった。

社名の【ZERO-FIRST】からも分かるように、丸井の0101が由来とされている。また、同社は消費者金融事業の他に、以前は当時の中野本店内に入居していたボウリング場(マルイボウル)の管理運営も行っていた。その後、エポスカードの子会社となった。

2006年(平成18年)11月に、丸井がゼロファーストの事業を大幅に縮小すると発表した。これは「貸金業法の改正による逆風やグレーゾーン金利の撤廃により貸付上限金利が引き下げられると、有人店舗の採算がとれなくなる」との判断によるものあった。同社は2014年(平成16年)10月1日にエポスカードに吸収合併され、2015年9月末で新規顧客の受け付けを停止、さらに関東と静岡地区に74あった消費者ローン店舗を段階的に閉鎖(有人店舗46店を順次無人化し、最終的に無人店舗をすべて閉鎖)していった。2018年現在は、エポスATMおよびセブン銀行ATMで返済を受け付けている。

海外展開

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2007年(平成19年)12月に海外向け通販サイト、MARUIONE.JPが立ち上げられ、日本語・英語・フランス語の3か国語で運営されていた(2018年現在は閉鎖)。「クールジャパン」のコンセプトを基に、ロリータおよびゴシックを含む日本のストリートファッション、漫画・アニメグッズに加え、伝統工芸品なども取り扱っていた。また、同時に立ち上げられた姉妹サイトLiveJでは日本についての情報を提供していた。

宣伝活動

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テレビ

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丸井はテレビを宣伝媒体として積極的に利用してきた。昭和40年代前後には在京キー局すべてで夜の「スポーツニュース」(当時は5分程度の短いものだった)に番組提供を行い、知名度向上に努めた。日本テレビの『スポーツニュース』(関東のみ、地方によって違うスポンサーが提供)や、『キャッチアップ』(後述)打ち切り後新たに編成された『スポーツホットライン』(TBS)への番組提供がその名残である。

知名度向上とイメージ重視の戦略から、1990年代前半までは在京局や関東独立局のミニ番組に各社延べ102本[注釈 8][要検証] 提供(すべて一社提供)していたほか、丸井が進出していた静岡・福島地区でも地元局のミニ番組(ニュースや天気予報など)に提供するケースがあった[注釈 9]

当初提供していた番組には30代以降をターゲットとしたものが多く、中高年の夫妻を紹介する『われら夫婦』『ある日の家族[注釈 10]この店この味』(日本テレビ)をはじめとして、『あの日あの時』『ヨーロッパ発あなたへ』(フジテレビ)、『スポニチ芸能ニュース』→『世界あの店この店』(テレビ朝日)、『和気あいあい。』『各駅停車世界の旅』(テレビ東京)などがあったが、1980年代中頃に入ってからは20代を主軸に置いた番組(下記参照)へシフトしていくようになり、番組内での丸井とのタイアップ(連動企画)も多くなっていった(これらの番組の大半はスポニチテレビニュース社(当時)が制作を担当することが多かったことから、スポーツニッポンのテレビ欄での番組紹介が昭和50年代前半では多かった)。『われら夫婦』(日本テレビ)は1973年1月1日(元日)に放送開始。開始当初は各社の提供で、丸井一社提供になったのは1973年10月から。1979年3月31日で『われら夫婦』は放送終了。1979年4月から『ある日の家族』(日本テレビ)が放送開始。『ある日の家族』も丸井一社提供で、1980年3月末で『ある日の家族』が放送終了。1980年4月から『この店この味』(日本テレビ)が放送開始。『この店この味』も丸井一社提供で、1985年6月末で放送終了。『われら夫婦』『ある日の家族』『この店この味』は、日本テレビで放送されていた丸井一社提供ミニ番組として視聴者に親しまれた。

若者をターゲットにした主なミニ番組としては、トレンド情報番組『キャッチアップ』(TBS)、当時流行の洋楽ビデオクリップを紹介する『丸井サウンドロフト』(フジテレビ)、ニューヨークのトレンドを紹介する『ニューヨーク情報』[注釈 11](後にスポンサー降板[注釈 12])などがあり、その他の提供番組は、アメリカのニュース専門CATV局・CNNの最新ニュースを10分弱のダイジェストにまとめて紹介する『CNNヘッドライン』(共にテレビ朝日)、丸井の旅行部門とタイアップした海外旅行のガイド的番組『Zip's』(テレビ東京)[注釈 13]、そして最新の洋楽ヒットに乗せ世界のスポーツ映像を見せる「SPOPS」(テレビ神奈川)など。他にもフジテレビでは『丸井サウンドロフト』の後番組として、大学サークルの紹介番組『ライフサイズTV コンパス』、東京の街そのものをゲームの舞台とした『チキチキバンバン』、有名人が好きなものを10個選ぶ『パーソナル・カウントダウンTen』、東京で暮らす若者の部屋にスポットを当てた『ROOMS』など、意欲的かつ評判を呼んだ番組も制作されていた。

一般的な認知度が関東地区を越えて、全国規模になるのは1979年(昭和54年)にテレビCMで「好きだから、あげる。」が爆発的な反響を呼んだことで、当時春の商戦では髙島屋三越といった老舗百貨店にならぶ売り上げを記録した。「好きだから…」のコピーを書いたのは、「コピーライターの神様」と称される仲畑貴志である。

丸井のCM展開は1990年代前半までは「番組提供」が主であり、その中で丸井オリジナルブランドやインテリア、そして季節商品の単独イメージCMや「赤いカード」の告知など、さまざまなジャンルのCMを効果的に組み合わせていた。また関東エリアのヤング館共通CMや池袋スポーツ館(のちの「フィールド」)、新宿インテリア館(のちの「インザルーム」)単独CMなども頻繁に流された。さらに4店体制が長く続いた静岡地区でも「静岡限定」として「静岡4店イメージCM」が作られたことがある。これは放送期間は短かったものの、TBS系列の静岡放送では『静岡新聞ニュース』での番組提供時に頻繁に放送されていた。

新店の開店や既存店の新装開店などでは、それぞれの店舗立地のイメージに近い告知CMが多く作られた。例えば「京成百貨店」から経営譲渡を受け新規開店した上野店(マルイシティ上野を経て現在:上野マルイ)では、近接する浅草の「三社祭」をイメージしたもの、浜松店(既に閉鎖)新装開店時には浜松まつりの「凧揚げ」をイメージしたもの、藤沢店(既に閉鎖)開店時には湘南をイメージしたものなど、凝ったCMが数多く作られた。

「丸井試写会」(後述)についての告知CMも提供番組内で流されていたが、丸井店舗があり、番組をネットで受けていた静岡・福島地区では丸井の別のCMに差し替えられていた[注釈 14]。これは、招待券の配布店舗が東京周辺の南関東に限られていたことによる。

しかしバブル崩壊をきっかけに様々な事情が絡み、1990年代半ば、レギュラー番組への提供からはすべて撤退した。一部には「番組提供として出している費用が、本来の番組制作にあまり使われていない」という事実を知り、比較的費用が安く上がるスポットCMへほぼ全面的に移行したことが、番組提供撤退の理由ではないかとの推測もされている。その後、単発番組へ散発的な番組提供へ移行し、現在はスポットCMを放送するのみにとどまっている。その後は一時のようなセール告知だけを行う地味なCMばかりでなく、有名タレントを起用したり、シーズン特性や流行に応じたファッション性の高いCMも再び制作されるようになってきている。

東海地区ではインザルーム名古屋の単独CMが、同店が開店してしばらくの間だけ制作・放送されていた。関連事業であり丸井本体の進出ではなかったことから、OIOIロゴは一切表示されていなかった。

丸井のCMはラジオも含めほぼすべてが「エイムクリエイツ」(旧丸井広告事業社)によって現在まで制作されている。

池袋スポーツ館(のちの「フィールド」)のCMソングは、大瀧詠一が制作し、歌唱もしている[注釈 15]。この曲は当時、スポーツ館内でも常時BGMとして流されており、レコードやCDでは店内で流されていたものと同じくフルコーラスバージョンで収録されている。尚、大滝が笛吹銅次としてミックスしたオリジナルバージョンと吉田保のリミックスバージョンの二種類がある。

坂本龍一が初めて手掛けたCM曲は丸井のメガネである。

2012年(平成24年)からは通販サイト「マルイウェブチャネル」の宣伝を丸井未出店エリアを含む全国で展開するようになった。当初は新聞広告や、電車の車内広告が中心だったが、2013年(平成25年)よりテレビCMも製作・放映されている[注釈 16]

2018年には、以前からコラボをしていたテレビ東京のアニメ「銀魂」のスポンサーについている。

かつてはクリスマス3大(恋愛至上主義の観点から3悪という皮肉もある)媒体の1社(あとはJR東海(クリスマスエクスプレス)、POPEYE)と呼ばれた時代があり、1987年 - 1991年のdip in the pool、1992年 - 1994年のサザンオールスターズのCMも取り上げられたこともあった。

2019年の9月には、先行での9月20日の上映前からアニメ映画HELLO WORLD (映画) とのコラボでのスポンサーがスタートし、2019年9月19日から9月25日までのマルコとマルオの7日間のCMに使われた。同じく、2019年11月には、先行での12月3日の上映前からディズニー映画アナと雪の女王2とのコラボでのスポンサーがスタートし、2019年11月22日 - 11月28日までのマルコとマルオの7日間のCMに使われた。

2020年3月20日から開催予定だったマルコとマルオの7日間は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行の影響により[注釈 17]、開催が中止となった。また、マルイ全店の営業時間を短縮にしたり、3月28日以降の土日の外出自粛時は、一部の店舗が休業および食遊館のみ営業となった。また、マルコとマルオの7日間のCMは、開催中止に伴い、ACジャパンのCMに差し替えられた。

5月20日から開催のマルコとマルオの場合、5月31日までの12日間、通販の「マルイウェブチャネル」のみで行われたが、神戸マルイ、なんばマルイ、博多マルイ、静岡マルイおよびモディ[注釈 18]のみの営業再開だったことや関東地方の丸井は、5月31日まで、臨時休業だったことに伴い、再び、ACジャパンのCMに差し替えられた。

2020年7月開催および2021年1月開催のスパークリングセールのCMも『新型コロナウイルス(COVID-19)』の影響でACジャパンのCMに差し替えられた。

ラジオ

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ラジオでの広告展開もFMを中心に行っており、関東地区での民放FM多局化以降、FMヨコハマMARUI 24CLUB」を始め、数局で番組提供を持った。

また、昭和50年代半ばに 文化放送で「パンプキンパンプキン」(パーソナリティ:加藤タキ)という女性向け15分の深夜番組を提供していた。初期は試写会のお知らせ以外のCMなし。後期はプレゼントコーナーで尾崎亜美の「FOR YOU」(「好きだから あげる」キャンペーンソング)のBGMを使用しプレゼント商品を告知することにより実質CMにしていた。

映画試写会

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宣伝活動のひとつとしての「丸井試写会」(会場:中野サンプラザ)も定期的に行われていた(試写会の告知CMについては前述)。チケットは都内主要店舗で配布されていたが、晩年は余程の話題作でもない限り話題になることは少なかった。しかし、会場のお膝元である当時の中野本店では、スパークリングセールなどの催事以上に、試写会チケット争奪のために長い列ができるといった現象が起きるほど人気を博していた。創業地でもあり地元に密着した中野本店ならではの光景であり、いったん閉店した同店を住民の声に応じて再開店させるという施策にもつながっている。

スポーツ

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かつては社内に野球部を持ち、プロ入り前の大杉勝男などが所属していた。

1980年代、ASPワールドツアーの大会スポンサーに積極的に進出。千葉県九十九里海岸で毎年開催されていた丸井プロサーフィン世界選手権は、多年度に亘って冠スポンサーを務め、「丸井プロ」の通称で非常に有名であった。また、他に開かれていたウィンドサーフィン大会にも後援や冠スポンサーとしてかかわることが多かった。

この時期には日本たばこ産業が後援するサムタイムワールドカップ静岡県御前崎で開かれており、サーフィン愛好者からは(広義の関東エリア内での大規模サーフィンイベントとして)「西のサムタイム、東の丸井」などと持てはやされていた。

印刷媒体

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丸井店内では1980年代まで、テレビでの宣伝活動と平行して月刊のフリーペーパーも配布していた。内容は、取り扱いブランドや商品の情報、着こなしの提案と丸井自体のお知らせなど。また当時店舗網の拡大を進めていた時期でもあり、新店情報や一部タウン情報的なものも掲載されていた。このフリーペーパーは1990年代に入り、通販カタログ(Voi・Men's Voi)やカード明細への添付パンフレットに形を変えていくこととなる。

その他

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1980年代に活動していたコントグループ、コント赤信号の持ちネタとして、服装を一流ブランドで固めたリーダーの渡辺正行に「それだけ揃えるの高かったろう?」とメンバーの小宮孝泰が訊くと、「赤いカード」を出して「丸井よ!」(=全て月賦)と答えるギャグがあり、月賦の丸井の名を高めることとなった。

秋本治の代表的なギャグマンガこちら葛飾区亀有公園前派出所」にも寺井修一なる警官が、改名により当百貨店の「ヤング館」に由来する丸井ヤング館と名乗ったことがあった。

1999年に公開された大映の怪獣映画『ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』では、劇中冒頭の渋谷におけるガメラとギャオス・ハイパーの戦いの中でマルイシティ渋谷時代の渋谷モディが登場し、ギャオス・ハイパーの超音波メスによって建物が切断・破壊されている。ただ製作に当たって、丸井は建物破壊の描写は承諾したものの名称使用については難色を示したため、ビル壁面の「0101」ロゴは「9191」という架空のロゴに変更された。

店舗開店当時のキャッチコピー

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丸井成増店(1962年10月13日)

  • 『丸井成増店10月13日開店 またひとつふえました!!』[98]

丸井荏原店(1963年6月2日)

  • 『丸井のクレジット・チェーンがまたのびて荏原店が6月2日誕生します 新しい店を加えた丸井20店を みなさまの豊かなくらしづくりに お役立てください』[99]

丸井浦和店(1963年9月28日)

  • 『丸井のクレジット・チェーン21番目がまたのびて〈浦和店〉が明日浦和駅西口前に開店します 新しい店を加えた丸井21店を みなさまの豊かなくらしづくりにお役立てください』[100]

丸井池袋西口店(旧)(1964年2月28日)

  • 『大きくなりました 美しくなりました 池袋西口店全館完成』[101]

丸井柏店(旧)(1964年5月1日)

  • 『常磐線東武線柏駅前/丸井22番目の店です 連日超満員の盛況 ありがとうございます』[102]

丸井千葉店(1964年9月23日)

  • 『丸井千葉店9月23日開店 クレジット・チェーン23番目の店』〈京成千葉駅前・今関ビル〉[103]

丸井横浜伊勢佐木町店(1965年2月27日)

  • 『あす27日オープン イセブラの楽しみがまたひとつ・・・丸井24番目の伊勢佐木町店が横浜のイセザキ町通りに開店します』[104][105]

丸井横須賀店(旧)(1966年2月26日)

  • 『2月26日 Open』[106]
  • 『丸井横須賀店2月26日Open 24番目の丸井です』[107]

丸井自由が丘店(1966年8月26日)

  • 『丸井自由が丘店 新しく大きく誕生 おしゃれのお城 センスのお城 あなたのお城・・・いよいよあす開店!自由が丘の街を明るく彩る このショッピングのお城へ あなたもぜひお出かけください』[108]

丸井沼津店(1966年9月25日)

  • 『丸井沼津店 9月25日開店』[109]
  • 『ぐ~んと広く 2倍ワイドで新開店!」[110]

丸井土浦店(1967年3月3日)

  • 『丸井土浦店3月3日Open 25番目の丸井が土浦駅前に開店』[111]

丸井新宿家具センター(1967年3月20日)

  • 『3月20日Open 定評ある丸井のインテリアをそろえて 新しい家具の殿堂をつくりました ぜひご覧ください』[112]

丸井宇都宮店(1967年9月23日)

  • 『ミヤの楽しみがまたひとつ…丸井宇都宮店誕生 丸井26番目の店 大通り県庁前の中村第一ビルです』[113]

丸井所沢店(1968年2月24日)

  • 『丸井所沢店-いよいよ24日新開店 駅のソバ3倍ワイド』[114]
  • 『盛況御礼!丸井所沢店24日新開店 駅のソバ3倍ワイド』[115]

丸井小田原店(旧)(1968年3月23日)

  • 『駅のソバ!丸井はつぎつぎ開店 丸井27番目の店 小田原店』[116]

丸井前橋店(1968年4月20日)

  • 『Open 28番目の丸井』[117]

丸井下北沢店(新)(1968年8月25日)

  • 『8月25日Open 新しく明るく 2倍ワイドで誕生!』[118]
  • 『丸井下北沢店〈25日〉新開店!盛況御礼 新しく明るく 2倍ワイドで誕生!』[119]

丸井蒲田店(1968年9月21日)

  • 『9月21日Open ベストショッピングの殿堂 躍進の街〈蒲田〉に誕生!!』[120]
  • 『9月21日Open 大盛況御礼!たくさんのお客さま…ありがとうございました』[121]

丸井清水店(1969年2月22日)

  • 『あす10時...いよいよ清水駅前に開店です!』[122]
  • 『2月22日Open いよいよあと7日で開店!』[123]
  • 『丸井清水店2月22日開店 東海道ラインをぐんぐん西進!清水駅前です!』[124]
  • 『開店7ヵ月 ますます充実しました!』[125]

丸井厚木店(旧)(1969年8月23日)

  • 『8月23日Open おなじみ"駅のソバ"小田急線本厚木駅前』[126]

丸井静岡店(1969年9月21日)

  • 『9月21日開店 おかげさまで連日大盛況です!』[110]
  • 『9月21日Open おなじみ"駅のソバ"静岡駅前御幸通り』[127]

丸井立川店(丸井立川ショッピングビル)(1970年2月20日)

  • 『ファッションとインテリアの出会う店-ヤングタチカワに誕生!』[128][129]

丸井熊谷店(1970年2月14日)

  • 『駅のソバにどんどんオープン!』[128][129]

丸井池袋東口店(1970年2月28日)

  • 『駅のソバにどんどんオープン!』[128][129]
  • 『イケブクロカップル《東口》《西口》誕生!』[130]

丸井川越店(旧)(1970年2月28日)

  • 『駅のソバにどんどんオープン!』[128][129]

丸井中野本店(丸井中野ショッピングビル)B館(1970年6月14日)

  • 『B館★open 6/14』[131]

丸井水戸店(丸井水戸ショッピングビル)(1970年7月25日)

  • 『Mito はじめまして★open 7/25』[132]
  • 『丸井水戸ショッピングビルあす10時開店!美しくなるミト駅前!みんなが出逢うミト駅前!7月25日の朝10時オープン!』[133]

丸井土浦店(丸井土浦ショッピングビル)(1970年10月10日)

  • 『あす10時全館新開店!! 同時オープン 屋上パノラマ遊園地 6階レストラン山水』[134]
  • 『丸井土浦ショッピングビル あす10月10日(体育の日)全館新開店!屋上(パノラマ遊園地)6階(レストラン山水)が新しく誕生!丸井はみんな駅のソバ!常磐線にゾクゾク出店!』[135]

丸井八王子店(丸井八王子ショッピングビル)(1971年2月3日)

  • 『行きも帰りも駅のソバ!!若い街の若い店!』[136]

丸井渋谷店(丸井渋谷ショッピングビル)(新)(1971年2月25日)

  • 『ハチ公からスグ丸井!坂をのぼってオリンピック公園へ行ってみませんか?』[137]

丸井中野本店(丸井中野ショッピングビル)【ファッションのA館】【インテリアのB館】(1972年5月27日)

  • 『5月27日(土)[全館]OPEN』[138]

丸井宇都宮店(丸井宇都宮ショッピングビル)【ファッションの本館】【インテリアの新館】(1972年6月24日)

  • 『2倍ワイド!!3階でつながりました』[139]

丸井川口店(1972年8月26日)

  • 『こんにちわ川口 駅のソバです 丸井です あす8月26日(土)はつらつOPEN』[140]

丸井自由が丘店(新)【A館】【B館】(1972年9月2日)

  • 『9月2日(土)【A館】【B館】OPEN』[141]

丸井川越店(新)(1973年8月25日)

  • 『川越のマルイ 8月25日(土)はつらつオープン』[142]

丸井柏店(新)(1973年9月29日) 

  • 『柏のマルイ あす29日(土)はつらつオープン 新しい柏、新しい駅のソバ。丸井が大きくなって開店します。また、いっしょにレストラン日本屋(8階)ゲームセンター(地階)もオープン。夜おそくまでショッピングとお食事が楽しめます。どうぞお出かけください。』[143]

丸井浜松店(1974年8月24日)

  • 『丸井浜松店 あす8月24日(土)OPEN』[144]
  • 『こんにちわ浜松、クレジットのマルイです。8月24日(土)OPEN』[145]
  • 『こんにちわ浜松、クレジットのマルイです。丸井浜松店 あす8/24(土)OPEN 静岡のマルイが4店になります。どうぞよろしく、駅のソバ。』[146]
  • 『こんにちわ浜松、クレジットのマルイです。駅のソバの楽しいお買い物。マルイはクレジットのデパートです。』[147]

丸井船橋店(1974年10月25日) 丸井厚木店(新)(1974年10月26日)

  • 『新しい船橋と厚木のマルイです。どうぞよろしく。オープンです。クレジットです。』[148]

丸井小田原店(新)【駅前広場の新しいお店】・ヤングマルイ小田原【お城通りのファッションのお店】(1975年2月22日)

  • 『あす22日同時オープン』[149]

丸井横須賀店(新)(1975年5月24日)

  • 『丸井横須賀店5月24日(土)OPEN 横須賀中央大通りに新しくオープン』[150]

丸井郡山店(1975年11月8日)

  • 『おかげさまで丸井開店まで あと一週間(11月8日(土)朝10時開店)です』[151]
  • 『あす10時、オープン。[郡山駅のソバ]』[152]
  • 『お買物はクレジットでどうぞ。郡山の丸井です。』[153]

丸井横須賀店【ファッションとインテリアの店】・丸井横須賀店(別館)【電器とレジャーの店】(1976年6月17日)

  • 『横須賀の丸井が2店、ますますべんりです。6月17日(木)そろってOPEN』[154]

丸井渋谷店【ファッション本館】【インテリア新館】(1976年9月23日)

  • 『クレジットして帰ろう。公園通り。渋谷の丸井が2店に。あす[9月23日(木)秋分の日]朝10時30分同時オープン』[155]

丸井ニュー池袋西口店(1977年2月25日)

  • 『丸井ニュー池袋西口店。あす2月25日(金)10時30分開店。新しいクレジットの丸井です。ファッションからインテリアまでクレジットのお買物はどこよりかんたん、ますます便利な丸井です。』[156][157]

丸井津田沼店(1978年2月23日)

  • 『津田沼にぎやか 赤いカードの丸井津田沼店 2月23日(木)開店 どうぞよろしく』[158]

丸井所沢店(1978年8月26日)

  • 『より大きく、より美しく2倍になって。あした8月26日(土)丸井所沢店[全館]開店 ファッションからインテリアまで、いいもの、素敵なものがいっぱい。』[159]

丸井横浜店【馬車道館】(1980年5月22日)

  • 『ヨコハマ・馬車道・クレジット ここから始まる散歩道、レンガ通りの丸井です。』[160]

丸井横浜店【馬車道ファッション館】【伊勢佐木インテリア館】(1981年9月22日)

  • 『馬車道・伊勢佐木・クレジット ファッションとインテリアの出逢う店 明日9月22日(火)朝10時30分 丸井横浜店【馬車道ファッション館】【伊勢佐木インテリア館】2館が素敵に開店します。』[161]

丸井大宮店(1982年9月28日)

  • 『大宮・西口・クレジット 9月28日(火)丸井大宮店開店します』

丸井新宿店【ヤング館】【テクノ館】【スポーツ館】【インテリア館】【ファッション館】(1984年3月)

  • 『こいつは春から五つマル。』[162]

丸井渋谷店【本館】【ヤング館】(1985年4月19日)

  • 『思い通り、公園通り。丸井の前に丸井です。丸井渋谷店あす4月19日(金)2館同時オープン。』[163]

丸井川口店【本館】【インテリア・電器館】(1985年5月24日)

  • 『丸井川口店5月24日(金)本館 インテリア・電器館 2館同時オープン。いったり、きたりの丸井です。』[164]

丸井戸塚店(1986年11月1日)

  • 『と・つ・か、ビギニング』[165]

丸井八王子店【本館】 【ヤング館】(1987年?月)

  • 『前に本館、後ろの正面ヤング館。』

脚注

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注釈

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  1. ただし、2019年12月頃より公式ウェブサイトでは「丸井百貨」と表記されている[9]
  2. 「百貨店:衣食住の各々の売上が10%以上70%未満という風に幅広い品揃えをしており、売り場面積の50%以上において対面販売を行う業態」 商業統計 業態別統計編(小売業)<概況>|商業統計|経済産業省
  3. 「百貨店とは産業分類上の百貨店からセルフサービス店を除いたもの」通商産業省官房調査統計部「わが国の商業」とされ、セルフサービス方式(小売業のみ) [1]商品が無包装,あるいはプリパッケージされ,値段が付けられていること,[2]備付けの買物カゴ,ショッピングカートなどで客が自由に商品を取り集められる形式,[3]売場の出口などに設けられた勘定場で客が一括して代金の支払いを行う形式,の三つの条件を兼ね備えている場合をいう。商業統計調査でいう「セルフサービス方式採用」の事業所とは上記条件による販売を売場面積の50%以上で行っている事業所をいう。商業統計調査(指定統計第23号) 経済産業省経済産業政策局調査統計部産業統計室
  4. 「丸井の強みは商圏の盛衰に応じ店舗のスクラップ・アンド・ビルドを繰り返す機動力にある。07年、新宿店に約9,000平方メートルの新館を開業。同時に新宿店の中核である「マルイシティ新宿」の建て直し工事に入る。同館は約1年半前に改装したばかりで売り上げも伸びているが「使い勝手が悪いから」とあっさり建て替えを決めた。見切りの速さは成長力を失った店の撤収にも表れる。「赤字かどうかだけでなく店舗効率も加味する」(青井浩社長)。8月13日、売り場面積8,200平方メートルの埼玉・川越店を閉めた。神奈川の藤沢店に続き、今年2店目だ。この10年で6店舗を出す一方、閉鎖は19店舗を数える。にもかかわらず、小売部門の営業利益は伸びている。川越店が開業した1970年、丸井は29店舗だったが、売り上げが10倍以上になった今は27。再配置と大型化を同時に進めてきた。だが下位にも登場するなど個店の競争力にはまだばらつきが大きく、新陳代謝が欠かせない。」 『2005年度百貨店調査――増収率ランキング、丸井、機動力は成長力』日経流通新聞MJ 2006年8月16日
  5. 2018年現在は北千住マルイ・国分寺マルイ・マルイファミリー溝口・マルイファミリー志木の4店舗にノジマがテナントとして出店している。それ以外の店舗は、近辺にヨドバシカメラやビックカメラやヤマダデンキ(LABI)などの大型家電量販店が出店しているなどの理由による。
  6. 「2005年度の都市別店舗売上高伸び率ランキングで丸井の好調ぶりが目を引く。東京で新宿店以下1-4位を独占。丸井の強みは商圏の盛衰に応じ店舗のスクラップ・アンド・ビルドを繰り返す機動力にある。07年、新宿店に約9,000平方メートルの新館を開業。同時に新宿店の中核である「マルイシティ新宿」の建て直し工事に入る。同館は約1年半前に改装したばかりで売り上げも伸びているが「使い勝手が悪いから」とあっさり建て替えを決めた。見切りの速さは成長力を失った店の撤収にも表れる。「赤字かどうかだけでなく店舗効率も加味する」(青井浩社長)。再配置と大型化を同時に進めてきた。」 『2005年度百貨店調査――増収率ランキング、丸井、機動力は成長力』日経流通新聞MJ 2006年8月16日
  7. 2020年5月末に住友不動産との契約満了に伴い閉店する予定だったが、新型コロナウイルス感染症の流行に伴い同年4月8日に臨時休業し、そのまま前倒しする形で5月12日に閉店した。
  8. 102本という本数については、静岡・福島地区のローカル番組およびローカル提供も含まれる可能性がある(ノート参照)。
  9. 在京局が関東ローカルとして制作した丸井一社提供番組を同時もしくは時差ネットしていたケースもある。
  10. 「ある日の家族」は、当時開局から間もなかった静岡第一テレビでも丸井の一社提供で同時ネットされていた。
  11. 『ニューヨーク情報』は放送時間が平日21:55からという、在京他局で放送されていた丸井一社提供番組と比して放送時間がかなり早いものであった。テレビ神奈川で放送されていた『SPOPS』も比較的早い時間の番組であった。バブル前後で早かったのはテレビ東京の『東京グラフィティ』が8:54からの実質2分番組(本編は45秒でCMが1分、15秒が提供クレジットであった)で、8:57は 花王の「女のコラム」で当時テレビ東京では平均視聴率が8パーセントから9パーセントと高かったとされている(理由は他局が前分8時54分代は地上波は教育を含め6局ともニュースだったからである)。ただし視聴率調査は15分以上の番組が公開されるので定かではない。『ニューヨーク情報』関連として、池袋店に紹介商品の一部を展示する”New yorking"のミニコーナーが当時設けられていた。
  12. 1987年(昭和62年)には、丸井の一社提供枠がこの番組から『CNNヘッドライン』へ移動したことに伴い、スポンサーも富士通へ代わった。富士通の番組提供は、その後枠番組である『世界の車窓から』に引き継がれ現在に至っている。
  13. テレビ東京では月曜から日曜までの15分番組であったが、福島中央テレビでは10分での放送、それ以外の一部局(静岡県民放送(現:静岡朝日テレビ)など)向け番版では『DAY OFF』とタイトルを改題し、番組枠はさらに短くなり5分番組となっていた(番組放送当時は「丸井旅行センター(現PTS)」のCMがこの番組のみで放送されていた)。
  14. ただし、昭和50年代の静岡地区では在京局制作の一社提供番組について、番組内でのCM差し換えをせず、そのまま放送されていたため、試写会の告知CMも見ることができた。
  15. CD『niagara CM Special』に「Marui Sports」として収録[要出典]
  16. 「マルイウェブチャネル」単独プロモーションもあれば、同一内容の商品CMを出店エリアでは「マルイ」名義で、未出店エリアでは「マルイウェブチャネル」名義でプロモーションを行うこともある。
  17. マルイウェブチャネルのネット通販を含む。
  18. 神戸マルイとなんばマルイは、5月21日から、営業再開。博多マルイは、5月20日から、営業再開。静岡マルイおよびモディは、5月16日から、営業再開。

出典

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  118. 『読売新聞』読売新聞社。1968年8月2日・夕刊 丸井クレジット広告より。4頁。
  119. 『読売新聞』読売新聞社。1968年8月27日・夕刊 丸井クレジット広告より。4頁。
  120. 毎日新聞毎日新聞社。1968年9月13日・(東京)夕刊 丸井クレジット広告より。8頁。
  121. 『読売新聞』読売新聞社。1968年9月27日・夕刊 丸井クレジット広告より。8頁。
  122. 静岡新聞静岡新聞社。1969年2月21日・夕刊 丸井クレジット広告「丸井清水店」より。6頁。
  123. 『読売新聞』読売新聞社。1969年2月15日・夕刊 丸井クレジット広告より。4頁。
  124. 『読売新聞』読売新聞社。1969年2月25日・夕刊 丸井クレジット広告「電話でOK!良い品大バーゲン」より。6頁。
  125. 『静岡新聞』静岡新聞社。1969年9月25日(全面広告)丸井クレジット広告「『丸井はどの店もやっぱり"駅のソバ"!堂々3店=静岡県に開店しました...」より
  126. 『読売新聞』読売新聞社。1969年8月22日・夕刊 丸井クレジット広告より。6頁。
  127. 『読売新聞』読売新聞社。1969年9月19日・夕刊 丸井クレジット広告より。6頁。
  128. 1 2 3 4 『毎日新聞』毎日新聞社。1970年2月10日・(東京)夕刊 丸井クレジット広告「丸井オリジナル ロンマーカー《RONMARKER》」より。4頁。
  129. 1 2 3 4 『朝日新聞』朝日新聞社。1970年2月2日・(東京)夕刊 丸井クレジット広告「丸井オリジナル ロンレディ《RonLady》」より。6頁。
  130. 『朝日新聞』朝日新聞社。1970年4月2日・(東京)夕刊 丸井クレジット広告『春の陽ざしも着ちゃう。(シースルー特集)」より。8頁。
  131. 『読売新聞』読売新聞社。1970年6月13日・夕刊 丸井クレジット広告より。6頁。
  132. 『読売新聞』読売新聞社。1970年7月9日・朝刊 丸井クレジット広告より。12頁。
  133. 茨城新聞茨城新聞社。1970年7月24日 丸井クレジット広告「丸井水戸ショッピングビル」より。5頁。
  134. 『毎日新聞』毎日新聞社。1970年10月9日・(東京)夕刊 丸井クレジット広告より。4頁。
  135. 『茨城新聞』茨城新聞社。1970年10月9日 丸井クレジット広告「丸井土浦ショッピングビル」より。6頁。
  136. 『毎日新聞』毎日新聞社。1971年1月14日・(東京)夕刊 丸井クレジット広告より。6頁。
  137. 『読売新聞』読売新聞社。1971年3月19日・夕刊丸井クレジット広告より。6頁。
  138. 『読売新聞』読売新聞社。1972年5月19日・夕刊 丸井クレジット広告より。8頁。
  139. 『読売新聞』読売新聞社。1972年6月16日・夕刊 丸井クレジット広告より。8頁。
  140. 『読売新聞』読売新聞社。1972年8月25日・夕刊 丸井クレジット広告より。5頁。
  141. 『読売新聞』読売新聞社。1972年9月16日・夕刊 丸井クレジット広告より。8頁。
  142. 『毎日新聞』毎日新聞社。1973年8月3日・(東京)夕刊 丸井クレジット広告より。20頁。
  143. 『毎日新聞』毎日新聞社。1973年9月28日・(東京)夕刊 丸井クレジット広告より。12頁。
  144. 『読売新聞』読売新聞社。1974年8月23日・夕刊 丸井クレジット広告より。8頁。
  145. 『静岡新聞』静岡新聞社。1974年8月19日・夕刊 丸井クレジット広告「今週の土曜日(24日)から、お買物はクレジットでいかが。」より。12頁。
  146. 『静岡新聞』静岡新聞社。1974年8月23日(全面広告) 丸井クレジット広告「丸井浜松店」より。4頁。
  147. 浜松商工名鑑_昭和50年版浜松商工会議所。丸井クレジット広告「丸井浜松店」より。(広告)143頁。
  148. 『読売新聞』読売新聞社。1974年10月24日・夕刊 丸井クレジット広告「丸井船橋店・丸井厚木店」より。6頁。
  149. 日本経済新聞日本経済新聞社。1975年2月21日・夕刊 丸井クレジット広告より。10頁。
  150. 『日本経済新聞』日本経済新聞社。1975年5月16日・夕刊 丸井クレジット広告より。10頁。
  151. 福島民報福島民報社。1975年11月1日(日刊)丸井クレジット広告「"欲しいものをムリなく"」より。6頁。
  152. 『福島民報』福島民報社。1975年11月7日(日刊)丸井クレジット広告「丸井郡山店」より。6頁。
  153. 『福島民報』福島民報社。1975年11月21日(日刊) 丸井クレジット広告「丸井の毛皮・女ごころフェア」より。6頁。
  154. 『読売新聞』読売新聞社。1976年6月18日・夕刊 丸井クレジット広告より。8頁。
  155. 『読売新聞』読売新聞社。1976年9月22日・夕刊 丸井クレジット広告より。10頁。
  156. 『読売新聞』読売新聞社。1977年2月24日・夕刊 丸井広告「丸井ニュー池袋西口店」より。8頁。
  157. 『毎日新聞』毎日新聞社。1977年2月24日・(東京)夕刊 丸井広告「丸井ニュー池袋西口店」より。8頁。
  158. デパートニューズ株式会社ストアーズ社。1978年1月25日号 丸井広告「赤いカード いま多感期」より。6頁。
  159. 『読売新聞』読売新聞社。1978年8月25日・夕刊 丸井広告「丸井のクレジット 赤いカード」より。8頁。
  160. 『読売新聞』読売新聞社。1980年5月21日・夕刊 丸井広告「丸井横浜店馬車道館」より。4頁。
  161. 『読売新聞』読売新聞社。1981年9月21日・夕刊 丸井広告「丸井横浜店【馬車道ファッション館】【伊勢佐木インテリア館】」より。6頁。
  162. 1984年3月、丸井テレビCM「新宿丸井5館・こいつは春から五つマル。」より。
  163. 『読売新聞』読売新聞社。1985年4月18日・夕刊 丸井広告「2館同時オープン/丸井渋谷店 本館 ヤング館」より。6頁。
  164. 『朝日新聞』朝日新聞社。1985年5月24日・夕刊 丸井広告「そろそろ次のこと。赤いカードの丸井です。」より。19頁。
  165. 1986年11月、丸井テレビCM「丸井戸塚店 と・つ・か、ビギニング」より。

広報資料・プレスリリースなど一次資料

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  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 企業情報 - 会社概要 丸井グループ
  2. “京都マルイ 閉店のご挨拶”. 丸井 2020年5月13日閲覧。
  3. 同ショップのHPのトップページが「インザルームショップ閉店のお知らせ」のみの表記となっている。[リンク切れ]
  4. 名古屋・栄で開発推進中の都心型商業施設「WV SAKAE(ウーブ サカエ)」平成19年1月20日(土)開業 - 三井不動産ニュースリリース
  5. 博多駅中央街南西街区における開発計画の概要及びテナントの一部決定』(PDF)(プレスリリース)日本郵便株式会社、2013年10月29日2013年12月20日閲覧
  6. 2016年春の開店へ向け、株式会社丸井は 博多開店準備室を開設いたします。』(PDF)(プレスリリース)株式会社 丸井グループ 広報室、2014年4月24日2014年6月26日閲覧
  7. 丸井グループのエポスカードとハウステンボス(株)が協業 「ハウステンボスエポスカード」を発行します。』(PDF)(プレスリリース)株式会社エポスカード、ハウステンボス株式会社、2014年5月9日2014年6月26日閲覧
  8. 2016年春、マルイ 博多駅前にオープン 店名は「博多マルイ」に決定』(PDF)(プレスリリース)株式会社 丸井グループ 広報室、2015年7月23日2015年8月18日閲覧

外部リンク

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