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JRRCマガジン No.463 2026/4/2
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◆今回の内容
【1】方先生の中国におけるAIと知的財産制度・判例の動向2
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皆さま、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
4月2日は「週刊誌の日」
1922(大正11)年4月2日に『週刊朝日』『サンデー毎日』の両誌が創刊されたことにちなんで記念日が設けられたそうです。
さて、今回は方先生の「中国におけるAIと知的財産制度・判例の動向」をお送りいたします。
方先生の前回までの記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/fang/
◆◇◆【1】方先生の中国におけるAIと知的財産制度・判例の動向 ━━━━━
1 AI生成内容の発信者責任と不正競争防止法第2条の適用
―AI生成内容発信者責任事件―
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中国弁護士・中国弁理士 方 喜玲
一、はじめに
本件は、生成AIを用いて作成された記事を、インターネット上のコンテンツ配信アカウントの運営者が公開した行為について、その発信者にいかなる法的責任を認めるべきかが争われた事案です。判決の意義は、単に著名企業の名称表示や信用へのただ乗りを問題とした点にとどまりません。むしろ、生成AIが日常的な情報生成手段となった状況の下で、AI生成コンテンツの発信者に対し、事実確認義務、内容審査義務および真実に即した情報伝達義務を正面から認めた点に、本件の先駆的意義があります。
さらに本件では、問題となった行為が、専利法(中国特実意匠関連法律)・商標法・著作権法といった特別な知的財産法の直接的な構成要件には必ずしも収まりきらない新類型の行為でした。そのため、裁判所は最終的に、この行為が不正競争防止法第二章(典型的な不正競争行為の類型)および専利法・商標法・著作権法等の明文規定の外にある類型であるとして、一般条項である第2条による評価を明示しています。
加えて、本件では、原告と被告とが伝統的な意味での同業者であるとはいえないにもかかわらず、裁判所が両者の間に競争関係を認めた点も重要です。裁判所は、競争関係を狭く「同一業種間の直接競争」に限定せず、情報発信を通じて取引機会や市場上の優位性に影響を及ぼし得るかという観点から把握しています。これは、プラットフォーム経済・流量経済(閲覧数・フォロワー数の収益化を基礎とする経済構造)の下で、不正競争防止法上の「競争関係」概念が機能的に拡張されつつあることを示すものとして注目されます。
この意味で本件は、AI時代において、特別法の隙間に生ずる市場攪乱行為に対し、不正競争防止法第2条がいかなる補充的・基礎的機能を果たし得るかを示した重要判決であるともいえます。
二、事案の概要
原告は、アリババ・グループ・ホールディング有限公司および杭州アリババ広告有限公司です。いずれも「アリババ(阿里巴巴)」の企業名称を長年使用し、高い知名度と市場上の影響力を有していました。これに対し、被告は百度百家号のアカウント運営者でした。ここでいう「百家号」とは、百度が提供するコンテンツ配信プラットフォーム上の情報発信アカウントを指します。被告は一定数のフォロワーを有するインターネット上の情報発信者でした。裁判所は、原告らが長期にわたり関連事業を展開し、アリババ国際取引市場等を運営してきたことを認定しています。
被告は、「阿里数字控股有限公司は本当に実在するのか」という話題に基づき、「文心一言」という生成AIアプリを用いて記事を生成し、これを自己のアカウント上で公開しました。被告自身の主張によれば、入力したプロンプトは「阿里数字控股有限公司は本当に実在するのかについて、1000字以上のオリジナル文章」であり、生成された文章の本文について被告は修正を加えていないとされています。もっとも、被告は当該記事に、原告のブランド標識および「阿里巴巴Alibaba.com」の文字を含む画像を手動で挿入していました。
問題となった記事は、「阿里数字控股(深圳)有限公司」がアリババ・グループの重要子会社であり、同グループと密接な関係を有し、その点はアリババ側の公式情報からも裏付けられる旨を述べるものでした。しかし、判決認定によれば、同社は2023年5月に第三者が設立した会社にすぎず、原告らとは何らの提携関係・資本関係も有していませんでした。アリババ側も、同社に関する公的発表を一切していませんでした。
被告は、①記事はAIにより自動生成されたものであって自らの主観的創作ではないこと、②記事には「文心モデル4.0から生成」との表示があること、③自身は不正競争防止法上の「経営者」には当たらないこと、④原告と被告との間に競争関係は存在しないことなどを主張して、責任を争いました。これに対し、裁判所は、争点を、当事者適格、被告行為の不正当競争該当性、および責任の有無に整理しています。
三、判旨
裁判所は、被告による記事公開行為が不正競争防止法第2条の規制する不正当競争行為に当たるとして、影響除去および損害賠償責任を認めました。その判断の要点は、以下のように整理できます。
第一に、裁判所は、被告が営業推進を行う情報発信者として、自己の発信する情報につき審査義務を負うとしました。そして、生成AIは本質的に補助ツールにすぎず、現時点の技術条件の下ではいわゆる「AI幻覚(もっともらしいが事実に反する内容を生成する現象)」を完全に回避することはできないから、AI生成物の利用者は、インターネット上で当該内容を流通させるにあたり、必要な確認と審査を行うべきであると判示しています。
第二に、裁判所は、原告と被告との間に競争関係が認められるとしました。その理由として裁判所は、不正競争防止法上の「経営者」を、伝統的な企業形態に限らず、インターネットを通じて商品・サービスの取引機会や市場上の競争優位に影響を及ぼす主体まで含めて解釈しています。そして被告について、一定のフォロワー数を有し、専門的なEC(電子商取引)プロモーション型アカウントとして、関連分野の消費者の取引判断に影響を及ぼし得る存在であると評価しました。その結果、被告は市場競争に参加する主体であり、原告との間には不正競争防止法上の競争関係が成立すると認定しています。
第三に、裁判所は、企業の出資関係や戦略的配置に関する記述は、企業登記情報等によって十分に確認可能な事実であるとしました。そのうえで、被告記事は、無関係の会社をアリババ・グループの重要な布石の一つであるかのように描き、一般公衆に誤認を生じさせたと認定しています。これにより、原告らの業務運営や企業信用に影響が生じ、また原告らが誤情報の釈明のために人的・時間的コストを負担する結果、市場競争秩序が攪乱されたと判示しています。
第四に、裁判所は、AI生成である旨の標識についても、発信者の責任を否定する事情とはならないとしました。関連規定によれば、生成合成内容をネットワーク上で公開する利用者は、自らその旨を明示し、かつ顕著な標識を付すべきであるところ、本件ではそのような適切な表示が記事中に付されておらず、公衆は当該記事がAI生成であることも、その真偽も認識し難かったとされています。
第五に、裁判所は、被告行為が不正競争防止法第二章ならびに専利法・商標法・著作権法等の明文規定の外にある類型の行為であることを前提に、不正競争防止法第2条を適用し、その行為が商業道徳に反し、市場競争秩序を乱し、原告の適法な利益を損なう不正当競争行為であると結論づけています。
―(2024)浙0108民初10311号判決書
四、検討
1、AI生成コンテンツの発信者責任の明確化
本件の最大の意義は、生成AIが文章生成を担った場合であっても、法的責任主体はあくまで発信者であることを明確にした点にあります。被告は、記事は「文心一言」という生成AIが自動生成したものであり、自身は文章内容に手を加えていないと主張しました。しかし、裁判所はこの点を重視せず、むしろ誰がその内容を選択し、誰が公衆に向けて公開し、誰がその流通による利益を受けうる立場にあるのかに着目しました。
この判断は、生成AIを単なる技術的補助手段として位置づけるものです。そして、発信者が「AIが書いたから自分は責任を負わない」と主張する余地を大きく狭めるものでもあります。今後、AIによる企業紹介、ブランド評価、投資解説、業界分析などが増加することを考えると、本件は、生成AI利用者に対する一般的な責任付与の出発点として位置づけることができます。
2、競争関係の認定と「経営者」概念の機能的理解
本件でもう一つ重要なのは、裁判所が原告と被告との間に競争関係を認めた点です。通常、アリババ・グループのような大規模企業と、個人に近い立場のコンテンツ配信者との間に、直ちに「競争関係」を見いだすことには違和感があるかもしれません。
しかし、裁判所は、競争関係を狭く同業者間の直接競争に限定していません。判決は、不正競争防止法上の「経営者」を、インターネットを通じて取引機会や市場での優位性に影響を与える主体として広く把握しています。そして被告のアカウントについて、一定数のフォロワーを有し、ECプロモーションに特化した情報発信アカウントであって、消費者の取引判断に影響を及ぼし得ることを重視しました。
このような理解によれば、被告は単なる私人として意見を述べているのではなく、市場における注意・信用・取引機会の配分に実質的な影響を及ぼす情報発信主体です。そうである以上、その発信内容が原告の市場上の信用や競争上の利益を損なう場合には、両者の間に競争法上の競争関係を認めることが可能になります。
この認定は、プラットフォーム経済の下で、競争関係の概念が「商品を直接競合させる者同士」から、「情報流通を通じて市場上の優位や取引機会に影響を及ぼす者同士」へと機能的に拡張されていることを示しています。その意味で、本件はAI責任のみならず、ネット時代における不正競争防止法上の主体論の変容を示す判決としても評価できます。
3、事実確認義務・内容審査義務・真実伝達義務
本件判決は、発信者に求められる注意義務の内容を、かなり具体的に示しています。すなわち、本件記事における核心部分――当該会社がアリババ・グループの子会社であるか否か、公式発表による裏づけがあるか否か、グループ戦略上の位置づけを有するか否か――はいずれも、客観的に検証可能な事実でした。裁判所も、これらは企業登記情報等によって確認可能であることを明示しています。
ここから導かれるのは、発信者には少なくとも、第一に事実確認義務、第二に内容審査義務、第三に真実に即した情報伝達義務があるということです。とりわけ生成AIは、現実に存在する断片的事実を接合し、一見もっともらしいが実際には誤った叙述を形成することが少なくありません。本件で問題となったのも、会社の存在自体は真実である一方で、それをアリババ・グループの子会社であるかのように接続し、全体として虚偽の関係性を構築した点にありました。
したがって、本件は、AI利用者に絶対的な真実担保責任を課すものではないとしても、少なくとも検証可能な事項については、AI出力を鵜呑みにしてはならないという規範を打ち出したものと理解できます。
4、「AI生成」表示の限界
本件では、被告は「文心モデル4.0から生成」との表示があることを責任否定の根拠として主張しました。しかし、裁判所は、AI生成の合成内容の利用者には、関連公衆の注意を喚起しうるような顕著な表示が求められるとしたうえで、本件ではその要件が満たされていないとしました。その結果、公衆は当該記事がAI生成であることも、内容の真偽も判別し難かったとされています。
ここで重要なのは、単なる形式的な表示の有無ではなく、当該表示が実質的に受け手の認識形成に影響を及ぼし得るかという点です。しかも、本件記事は、仮説的・創作的な文章としてではなく、具体的企業の背景事情を客観的に説明する体裁をとっていました。そのため、たとえAI生成表示が存在していたとしても、受け手に「未検証の可能性がある内容」として認識させるだけの機能を十分に果たしていたとはいいにくいです。
したがって、本件は、AI生成表示それ自体は免責の決定的根拠にはならず、むしろ表示と並んで発信前の内容審査が不可欠であることを示したものといえます。
5、AI生成内容の公開と不正当競争
本件は、AI生成コンテンツの発信行為が、単なる情報誤りや一般的不法行為にとどまらず、不正当競争行為として把握され得ることを明らかにした点でも注目されます。裁判所は、被告記事が原告と無関係の会社を原告グループの重要子会社であるかのように描き、さらに原告標識を含む画像を付加することで誤導性を強めたことを重視し、その結果として、公衆の認識が誤導され、市場競争秩序が攪乱されたと認定しました。
つまり、本件の違法性は、単に「AIが誤った内容を出力した」ことにあるのではありません。発信者がその内容を用いて他人の信用・著名性に依拠しつつ、公衆を惹きつけ、不正競争防止法上の利益を得ようとする点にあります。AIはここでは違法性の原因それ自体ではなく、他人の信用にただ乗りし、誤導的な競争手段を容易にする媒介として機能したと理解できます。
6、不正競争防止法第2条の意義
本件の法理上の中心は、やはり不正競争防止法第2条の適用にあります。裁判所は、本件行為が同法第二章の典型類型にも、専利法・商標法・著作権法等にも直接には包摂されないとしつつ、それでもなお商業道徳違反、市場秩序侵害、他者利益侵害が認められる以上、第2条により違法と評価し得るとしました。
この判断は、AI時代の新類型行為に対する法的対応として、きわめて重要です。現代のデジタル市場では、標識の典型的使用や作品の複製といった従来型侵害態様に還元できない形で、他者の信用や市場地位が利用・攪乱される場面が増えています。本件は、そうした新しい市場妨害行為に対し、不正競争防止法第2条が「最後の受け皿」として機能し得ることを示したものです。
五、おわりに
本件は、生成AI利用の普及に伴って不可避的に生じる「誰がAI生成コンテンツに責任を負うのか」という問題に対し、明快な司法判断を与えたものです。すなわち、生成AIは責任主体ではなく、発信者こそが責任主体であり、発信者は検証可能な事実について確認と審査を尽くしたうえで、真実に即した態様で情報を公衆に伝える義務を負うのです。
また、本件は、こうしたAI生成コンテンツの発信行為が、場合によっては不正当競争行為として把握されうること、そしてその前提として、情報発信主体と権利者との間に不正競争防止法上の競争関係が機能的に認められ得ることを示しました。さらにその際、不正競争防止法第2条が、特別な知的財産法では捉え切れない新たな競争妨害行為を規律する基礎条項として重要な役割を担うことも明らかにしています。
したがって、本件は、生成AIと知的財産法の交錯領域における初期的かつ重要な判例として、今後の実務において、生成AIによる企業紹介 、ブランド評価、商業的レビュー、広告的発信等の適法性を検討する際の基準点となるとも考えられます。
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