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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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「原爆の子の像」佐々木禎子さん 折り鶴への思い 記録映画に

佐々木禎子さんの遺影を手にドキュメンタリー映画への思いを語る兄雅弘さん(左)と、おい住幸さん=福岡県那珂川市で2021年1月15日午後3時21分、吉川雄策撮影
佐々木禎子さんの遺影を手にドキュメンタリー映画への思いを語る兄雅弘さん(左)と、おい住幸さん=福岡県那珂川市で2021年1月15日午後3時21分、吉川雄策撮影

 広島市に投下された原爆の爆心地から約1・7キロの自宅で被爆し、12歳の時に白血病で亡くなって広島平和記念公園(同市中区)の「原爆の子の像」のモデルになった佐々木禎子さんのドキュメンタリー映画が作られている。製作は禎子さんの兄雅弘さん(79)=福岡県那珂川市=ら。死の恐怖と闘いながら、最期まで周囲の人たちを思いやった禎子さんが今日に伝えるものを描き出す。

 2歳で被爆した禎子さんは広島市西区楠木町の自宅近くで放射能を含んだ「黒い雨」を浴び、小学6年の冬に原爆症による白血病を発症。中学1年だった1955年10月に亡くなった。

 闘病中に折り鶴を知った禎子さんは、あめの包み紙や粉末薬を包んでいたセルロイド紙に針で丁寧に折り目をつけて一羽一羽折っていった。亡くなるまでの3カ月で折ったのは1500羽超。ただ、そこに込めた願いは自身の回復だけではなかった。

 禎子さんは入院中、…

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