野口啓代、再び臨んだ「父の壁」 クライミング先駆者のコロナ禍
昨春以降、競技を取り巻く環境は一変した。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言で東京都内のジムは閉鎖され、国際大会も中止が相次いだ。練習環境を求めてたどり着いたのは、実家の壁だった。「わたしのために父が作ってくれた大切な場所」。コロナ禍のいま、感謝の思いを改めてかみしめる。
茨城県龍ケ崎市。東京オリンピックで初採用されるスポーツクライミング女子の野口啓代(32)=TEAM au=は、かつて父健司さん(57)が酪農を営んでいたこの地で生まれ育った。野口が「原点」という人工壁は、牛舎だった建物の一角にある。
当初は小さな箱のようだった空間は野口の成長に合わせて拡張され、高さ4メートル、60畳ほどの広さになった。壁一面には形も色もさまざまなホールド(突起物)がいくつも並ぶ。最初の壁は健司さんが知り合いと2人で1週間がかりで作ったという。
「子どもながらにそこまでやるんだと驚きました。すごい行動力ですよね。父の存在があって、壁の存在があって、今の私がある。感謝しかないですね」
健司さんは「啓代のためにということになっていますが、最初の壁は本当は自分のために作ったんですよ」と笑うが、3人の子どもを含めて家族のなかでいつまでも飽きることなく登り続けたのが野口だった。
「好きだという気持ちが原動力」
10代の頃は多い日には1日800~1000手近く登ったという。登る高さを競うリードの場合、頂点までの手数は40手ほど。1日で20~25本登った計算になる。以前も仲間を連れて練習することはあったが、コロナ禍で湧き上がる不安を静めるように「原点」と向き合った。
「延期や中止になっても仕方ないと思っていたので自分がやるべきことをやるだけでした」
昨年7月には、所属先の支援を受けて実家の敷地内に完成した、スピード、ボルダリング、リードの3種目がそろった練習拠点が公開された。東京五輪で実施される、3種目の総合成績で争う「複合」に打ち込める国内でも数少ない充実した施設だ。とりわけスピードは日本選手にとってほとんど経験したことがなかったため、スピード専用の壁を確保することは重要だった。実戦さながらの練習はここで行うが、…
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