昼は会食よりも愛妻弁当 三井化学・橋本修社長
食の思い出やこだわりを通して、企業経営者の人柄を描く「ボスめし」。9回目は三井化学の橋本修社長に聞きました。【聞き手・山越峰一郎】
夜はほぼ毎日、会食が入っているのですが、昼は10年くらい前から奥さんの作る弁当です。だいたい月の3分の2くらいですかね。中身は普通ですよ。卵焼きが入っていたり、健康に気を使ってくれているのか必ずトマトやブロッコリーが入っていたり。主菜はサバやサケといった魚が多い。高校時代も弁当でした。そのころもサバが多かったな。
まかないと兼ねた少年時代の食事
生まれたのは東京都墨田区東向島。広島県出身のおやじは、東京に出て玩具問屋を始めました。周りにはお茶屋さんがいっぱいあって、うちの隣も置屋(おきや)さんでした。おやじもお袋も働いていますから、小さい頃の私は、勝手にはって家を出ていって芸子さんによく抱かれていたそうです。
うちには広島県や岡山県から住み込みで働く人が来ていました。当然、その人たちに朝昼晩のまかないを作らなければならない。お袋も働いていましたから、買い物に行くのは子供の仕事だった。いつも朝6時45分、近くの青果市場で例えば大根がいくら、ジャガイモがいくら、肉魚がいくらと値段が出るわけです。それを調べさせられて、お袋から「今日はこれとこれが安そうだから買ってきて」と言われ買いに行く。お袋が忙しいときはおやじが食事を作る。そこは臨機応変にやっていました。
小さい頃は家業があんまりもうかっていなかったので、サバ料理をよく食べました。肉はまだ高かったのでサバのカレーとか、サバの煮付け、サバ塩。あと多かったのは、肉屋のコロッケとかメンチカツとか。おやじが作るのはいつもネギ焼き。ただ、今風の高級な広島焼きのようにいろいろなものが入っているわけではなく、単にメリケン粉の中にネギとかつお節が入っているだけ。そこにウスターソースをジャブジャブかけて食べる。そういう食事でしたよ。
家族はおやじにお袋に弟と妹の5人。そこに住み込みの人が大体4~5人ぐらいいたかな。
下町の弁当・外食事情
高校は弁当でしたが、小中は給食です。竜田揚げとかでクジラをよく食べていた時代です。ご飯は出なかったな。やたらパンで、食パン2枚か揚げパン。子供の頃に青魚をたくさん食べさせられると、大人になって嫌になる人も多いようですが、僕は今でも白身魚やマグロより青魚が好きです。僕はひたすら青魚ばかりを食べて、家族はマグロを食べたりイクラを食べたり。だから家族とすしを食べに行くと金額的なバランスが取れていいですよ(笑い)。
近くの都立高校には自転車で通っていました。3歳で両国のすぐそばの横網に移ったのですが、そこから20分ぐらいかな。お袋が作る弁当を持っていきましたが、忙しかったからまかないと共用でした。昔のよくあるアルマイトの弁当箱にご飯があって梅干しがあって、そこへ卵焼きとちょっとした野菜が入って、サバ塩か焼きジャケ、そんなイメージですかね。
高校生の頃はおやじの会社の業績も少しは良くなっていたので、たまに豚肉のしょうが焼きとか鶏肉は出ました。牛肉は年末年始だけ。住み込みで故郷に帰らない人がいて、一緒にすき焼きを食べるときですね。
同級生の弁当は、もうまちまちでした。下町なもので家庭の事情もいろいろあって、ひどいのになるとほとんどご飯だけ。梅干しが乗ってジャガイモの煮物が入ってというのもあれば、ウナギを持ってくるのもいる。
まだ高度成長期で、下町なんて自営業がほとんど。メリヤスとかバネとかシャーリングとか、下請け。あるいは縫製工場。羽振りがいい家はいい弁当を持ってくるし、ちょっと大変そうだなっていう家はご飯が多くて主菜がない。一番ひどいのはお好み焼き。ほとんどメリケン粉で具がない。食生活が裕福ではない時代でしたね。
僕の弁当も、家計の事情でご飯ばかり多いときがあったんですよ。おかずがとても少なくて、ご飯ばっかり食べていられないので残す。残しておいてパンを買い食いするので、親から「ふざけるんじゃない、もう作らない」って怒られたことがよくありました。高校のそばにパン屋があり、足りないとそこに行って、コロッケパンとか焼きそばパンとか、今で言う総菜パンを買って食べていました。
B級グルメの町
東向島もそうですが、横網周辺は、B級グルメがいっぱいあるところでした。おやじは外食好きだったものですから、洋食屋「キッチンライオン」、厩橋(うまやばし)を渡ったあたりの中華屋「新雅(しんが)」なんかに連れて行かれました。どちらももうなくなっていましたね。あとは本所吾妻橋の「カタヤマ」っていうステーキ屋や両国のちゃんこ屋「巴潟(ともえがた)」、うなぎ屋「両国」。両国にある「ももんじや」は中学の同級生がやっている店。イノシシや鹿肉を出します。
ライオンはハンバーグステーキが有名でした。ソースを食べているのだか肉を食べているのだかわからないぐらい、ソースの中にハンバーグが埋もれている。はやっていましたね。新雅はいわゆる支那そばの店なのですが、鶏じゃなく豚の唐揚げが有名でした。地域柄、労働者が多いのでボリューミーじゃないと駄目なのだと思います。これもよく食べていましたね。あとは「亀戸餃子」両国支店の野菜炒めとチャーハン。これがなかなかうまいんですよね。亀戸餃子なのにギョーザは意外と食べなかったな。
大学では1日6000キロカロリー
大学は北海道大に入りました。東京の大学へ行くと親の仕事をそのまま手伝わされるからです。もういいかげんに辟易(へきえき)としていたんですよ。小中高って学校行きながら家の手伝いをさせられていた。棚卸しやったり、値段張りやったり、お袋の手伝いで経理もやる。遊びたい盛りにそういうことをやらされるので、大学ぐらいは遊びたい。おやじに黙って地方の国立大学を受けました。最初は東北大にしようかと思っていたのですが、お袋から「そんな中途半端に離れたところに行くと、休みのときに戻って仕事を手伝わされるよ」って話になって、だったら遠いとこ行くかって北海道に決めました。
大学ではボート部に入りました。ボート部って年間265日程度は合宿でした。食事は体を作るためのもので、1日6000キロカロリー食べていました。朝4時50分に起きて、2時間半ぐらい練習する。朝食はパン1斤と牛乳1リットル、肉300グラム。艇庫から大学まで10キロぐらいを自転車で移動して、授業を受けて昼は学食。やたら腹が減るものですから、量が多いのを食べる。さらに、タンパク質を取らなきゃいけないので、よくソーセージを食べながら授業を受けて怒られました。また戻ってボートを2時間くらいこいで、夜7時半とか8時ぐらいから夕食。
6000キロカロリー取らなきゃいけないので強烈にご飯を食べるわけです。ご飯はどんぶりに山盛り1杯、ないし2杯。夜も牛乳を1リットル飲んで、やっぱり肉を300から500グラム食べて、同じくらい野菜も食べる生活でした。それでも夏は痩せてしまう。練習がきつくて。
献立は栄養士の先生のアドバイスでも、作るのはマネジャー。マネジャーといっても、汚い合宿所には女性がなかなか来ないので、けがしてボートをこげなくなった部員が治るまでの期間、作る。一応、レシピはあります。ただ作り方はめちゃくちゃというか適当。「鶏肉のレモン煮」と名前だけ聞くとしゃれているじゃないですか。実際はもう全然。単にレモンを入れて、塩コショウで味付けしているだけ。食事をしているというより、体を作るために栄養素を取っている感じでした。
風呂なし合宿所
私が4年のときは女性マネジャーがいて、その友達で手伝いに来ていたのが今の奥さんです。部員は自分の食器は洗うのですが、女性マネジャーが鍋などを洗ってくれていた。ただ、合宿所があまりに汚いので1カ月ですぐに辞めてしまいました。食堂をエッセンってドイツ語で呼んでいたけれど、単なる掘っ立て小屋ですよ。風呂もなかった。練習して汗をかきまくって、そのまま寝るわけです。部員は頭もテカテカ、顔もテカテカでした。
主将は工学部の精密工学専攻のくせに、「汗かきゃ風呂入ったのと一緒だ」って言い放っていましたね。「汗もたくさんかくと薄まって、ほとんど水を浴びているのと同じ」って。ありえないだろうって感じですけど(笑い)。ただ水は出たので、夏はときどき、蛇口にホースをつけてシャンプーしていました。冬はさすがに北海道では寒すぎてできません。風呂に入れたのは週2回の休みだけ。部員はめちゃくちゃ安い月1万5000から2万円ぐらいの貸間を借りていて、日曜日の晩は帰れた。水曜日も夕方の練習がないので帰れる。その2日間だけ近所の銭湯に行けました。
日曜日は朝練習したら月曜日の夕方まで練習がないので、茨戸(札幌市北区)の合宿所から下宿まで帰る途中でご飯を食べるのが楽しみでした。今もあると思うのですが、中華料理屋「宝来」は大盛りがすごい。我々はチャーハン大盛り、「チャン大」って呼んでいた。他にA定、B定、C定って、肉玉、八宝菜、ホイコーローみたいな定食もあって、すさまじい量が出てくる学生向けの店。ここは味もいいので、非常に楽しみにしていて、よく食べていました。
それと「時館」っていう喫茶店がありました。そこでカレーの大盛りを40分以内だったかな、食べたらタダというのがあった。3キロぐらいのカレーが出てくるのですけれど、これを食べるのが楽しみで。あとはすし屋もあったな。松竹梅あって、松と竹はお金がないから食べられない。梅のジャンボ、「梅ジャン」っていうのがあった。ほとんど握り飯みたいな大きさのシャリに、回転ずしで出るようなちっちゃいネタが乗っている。これは安かった。当時500円。これもやたら食べたな。大学時代は量をともかく食べていた。体を作らなきゃいけないから腹が減るっていうのかな。
子供に合わせ弁当持参
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