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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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「微力だけど」原爆被害を伝えたい 高校生平和大使、オスロで活動

ノルウェー・オスロへの渡航を前に、意気込みを語る高校生平和大使の大原悠佳さん(右)と津田凜さん=長崎市で2024年12月4日午後5時4分、尾形有菜撮影
ノルウェー・オスロへの渡航を前に、意気込みを語る高校生平和大使の大原悠佳さん(右)と津田凜さん=長崎市で2024年12月4日午後5時4分、尾形有菜撮影

 「微力だけど無力じゃない」

 そんな合言葉で核兵器廃絶を求める署名を毎年国連に届けている「高校生平和大使」4人もノルウェー・オスロを訪問。日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)へのノーベル平和賞授与に合わせ、現地の高校で原爆被害を伝える出前授業などに取り組み、10日の授賞式にも出席した。

 長崎県立長崎西高2年の大原悠佳さん(17)▽同県立長崎東高2年の津田凜さん(16)▽広島市立基町高2年の甲斐なつきさん(17)▽九州学院高(熊本)2年の島津陽奈さん(16)――の4人。

 大原さんが通った長崎市立城山小学校は爆心地の西約500メートルにあり、児童ら1400人以上が原爆の犠牲になった。父方の祖父と母方の祖母は幼い時に爆心地から南約4キロの同市十人町で被爆し、大原さんは被爆3世にあたる。

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