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在日米軍に対する特別待遇を定め、さまざまな問題を生む元凶ともされる日米地位協定。見直しを求める声が広がっています。

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新刊「首都圏は米軍の『訓練場』」1章④ 都との約束破る米軍

米軍が、東京都から借りていた臨時ヘリポート用地の返還を拒む理由を都側に伝えた書面。離着陸時の「Decreased danger(危険減少)」と記されている=大場弘行撮影
米軍が、東京都から借りていた臨時ヘリポート用地の返還を拒む理由を都側に伝えた書面。離着陸時の「Decreased danger(危険減少)」と記されている=大場弘行撮影

 9月に出版された「首都圏は米軍の『訓練場』」(藤原書店)のプロローグ及び1章を毎日新聞デジタルで全文配信します。

第1章 黒鷹<ブラックホーク>

④■東京都との約束を平然と破った米軍

 川崎さんの話をひと言で言えば、米軍ヘリが赤坂プレスセンターのヘリポートに離着陸する際に安全ルールを守っていないということだ。

 ヘリは通常、安全確保のためヘリポート内にある「着陸帯」と呼ばれるエリアで離着陸する。着陸帯は、障害物との衝突を避けるため周囲の建物との距離を考慮して設置され、通常はアルファベットの「H」のマークが記されている。

 赤坂プレスセンターのヘリポートでも、着陸帯は隣接する政策研究大学院大学や国立新美術館から離れた場所に設けられている。

 ところが、米軍ヘリは着陸帯で離着陸せず、大学や美術館に近い駐機スペース(「P」のマーク)にダイレクトに着陸し、そこから離陸もするという。

 駐機スペースの脇には、ヘリの利用者が乗る送迎車が待機する。そこで離着陸すれば、移動時間は節約できる。ヘリを利用する米軍関係者にとっては都合がいい。だが、ヘリポートの周囲にいる人たちを危険にさらすことになる。

「危ないだけじゃない。これはアメリカの約束違反なのです」

■借りた土地を返さない米軍

 川崎さんの説明は熱を帯びていった。話は1983年までさかのぼる。

 その年、都がヘリポートの下に都道環状三号線のトンネルを通すことになった。工事中はヘリポートが使えなくなるため、都が隣接する青山公園の一部を米軍に貸して臨時ヘリポートとして使えるようにした。つまり、ヘリポートの位置を一時的にずらしたのだ。貸した土地はトンネル工事が終われば返還されることになっていた。 米軍と東京防衛施設局(当時)、東京都の3者が結んだ協定書にはこうある。

「(東京都から借りた土地に臨時に設けられた)現存のヘリポートは道路建設の完了した後、もとの状態と面積に回復すること」

 ところが、米軍は1993年に工事が終わっても返さなかった。しかも、工事を終えて元通りになった従来のヘリポートとあわせて使い始めた。もとの状態と面積に回復するどころか、ヘリポートの広さは工事前の約1・5倍になった。当然ながら都は返還を求める。

 米軍が都側に返還を拒む理由を正式に説明したのは、それから14年もたった2007年。理由が書かれた書面を川崎さんが情報公開制度を使って東京都から入手していた。…

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