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長生炭鉱

戦時中の水没事故で183人が死亡した山口県宇部市の「長生炭鉱」。地元団体は朝鮮半島出身者を含む犠牲者の遺骨返還へ奔走する。

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頭蓋骨に「じいちゃんだ」 長生炭鉱で死んだ祖父 待望の調査に孫は

白い貝殻を納めた骨つぼを手にする池田ちひろさん。祖父の遺骨を納められる日を心待ちにしている=山口市で2026年1月20日、綿貫洋撮影
白い貝殻を納めた骨つぼを手にする池田ちひろさん。祖父の遺骨を納められる日を心待ちにしている=山口市で2026年1月20日、綿貫洋撮影

 ある遺族は骨つぼに貝殻を詰め、犠牲者をしのんできた。第二次大戦中の1942年に水没事故で183人が死亡した山口県宇部市の海底炭鉱「長生(ちょうせい)炭鉱」で、市民らでつくる地元団体が、遺骨収容に向けた潜水調査を3日から再開する。2025年8月に犠牲者とみられる遺骨が初めて見つかり、26年1月には日韓両首脳が遺骨のDNA型鑑定で協力する方針を示した。鑑定や調査の成果に遺族は期待を寄せる。

20歳で死んだ祖父 遺品もない

 25年8月26日。地元の団体「長生炭鉱の水非常(みずひじょう)を歴史に刻む会」(刻む会)が実施した6回目の潜水調査で、韓国人ダイバーが収容した頭蓋(ずがい)骨を見て、山口市に住む池田ちひろさん(59)=仮名=は「あれはじいちゃんだ!」と思いがあふれた。

 祖父の母やきょうだいと同じで、頭蓋骨は顔が小さく、頰骨が高かったからだ。目も大きいように思えた。「じいちゃんが『よう見つけてくれたの』と言ってくれていたような気がした」

 祖父の池田行雄(ゆくお)さんは、長生炭鉱で働き、事故の犠牲になった。20歳。鹿児島県出身で、炭鉱近くの住宅に住んでいたらしい。写真をはじめ遺品や資料は残っておらず、詳しいことは分からない。事故から4カ月後に生まれたちひろさんの母(83)は、父方のおば夫婦に育てられた。

「あんたは自分の親がいて…」

 ちひろさんが子供の頃、宇部市内の別の炭鉱の坑口(坑道の出入り口)を通った時に「じいちゃんは炭鉱で亡くなったんよ」と母がつぶやいた。ちひろさんにとってこれが、母が祖父を語った数少ない記憶だ。

 生まれ育った宇部で、ちひろさんが長生炭鉱について授業で習ったり、話題で聞いたりすることはなかった。

 「あんたは自分の親がいるからいいね」。母は時々こんな物言いをした。ちひろさんは…

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