平敦盛は平家の頭領、清盛の弟、経盛の子。無役であったため、「無官太夫」と呼ばれる。「平家物語」の「敦盛最期」に、源氏方の武将、熊谷直実に討たれた際のようすが描写される。
平家が源氏に敗れた「一の谷の戦い」(1184年)の後、騎馬で沖に停泊中の平家の船に向かうところを「敵に後ろを見せるのか」と声掛けした熊谷に応じて戦った末、組み伏せられる。
首をかこうとした熊谷は、16、17歳の「わが子の小次郎」と同年代の顔を見てためらう。しかし背後からは源氏方の軍兵が迫る。一方の敦盛は名を明かさずに「早く首をとれ」とうながす。熊谷はやむなく首を打ち、「武家に生まれなければ、こんな思いをしなくて済んだ」と嘆く。
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