ラーメン二郎に挑んだラガーマンが果物好きに タダノ・氏家俊明社長
毎日新聞
2026/2/19 12:00(最終更新 2/19 12:00)
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食の思い出やこだわりを通して、企業経営者の人柄を描く「ボスめし」。24回目は、タダノの氏家俊明社長に聞きました。【聞き手・山越峰一郎】
食べてシゴかれて
中学時代は野球をやっていて、高校からラグビーに転向し、大学・社会人とプレーしました。
高校の練習はとてもハードで、持ってきたお弁当を朝のうちに食べてしまう。食堂がありましたから、スパゲティなど安くてお腹にたまるものを、休み時間に食べて、昼休みにまた食べて……食べてシゴかれてを繰り返しているうちに、身体がどんどん大きくなりました。もともと健康優良児ではありましたが(笑い)。
大学の授業は三田(東京都港区)と日吉(横浜市)のキャンパスで、僕も含めラグビー部員の多くは日吉の合宿所(学生寮)に暮らしていました。
やっぱり当時ですから上下関係というのは相当あって、1年生は風呂のお湯にはなかなか浸かれない。だけど、ご飯だけはたっぷりいただける、そんな環境でした。
授業にはほとんど行かず
体育会の学生は、三田の授業はほとんど行かない。午後の練習を優先したからです。経済学部でしたが、ゼミにも入りませんでした。
授業がなくても三田に行く理由があるとしたら、それはラーメン二郎でしたね。ちまたでは、二郎系といってすっかり有名になりましたが、ラーメン二郎は三田から始まっています。
中学生の時、たぶん1974(昭和49)年くらいかな。看板に「ただのラーメン160円」と書いてあるのを学校の行き帰りに見たことがあって、ずいぶん変わったメニューだなと思っていたけど、…
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