「プロ野球選手になります」 笹川さんが現役復帰で海を渡る思い
31歳のスラッガーが、海外のプロリーグで2年ぶりの現役復帰を果たす。
社会人野球の東京ガスで活躍し、2024年限りで現役を引退した笹川晃平さんは1日、ドイツのプロ野球チーム「レーゲンスブルク・レギオネーレ」とコーチ兼任での選手契約を結んだ。
夢だった日本のプロ野球(NPB)入りはかなわず現役生活に終止符を打ったが、サラリーマン生活をやめて再びバットを持つ決断をした。突き動かしたのは、ある大リーガーから受けた刺激だった。
「自分も行きたい」
「次の年を最後にやめたいです」
東京ガスの松田孝仁監督にそう伝えたのは、23年秋の日本選手権後だった。
ラストイヤーと決めて挑んだ24年シーズン。10月末~11月上旬に京セラドーム大阪であった日本選手権が最後の試合となった。
大阪府内の病院で長男の出産に立ち会った後、午後6時開始の三菱自動車岡崎との1回戦に「6番・左翼」で先発出場した。
第1打席で二塁打を放ち、3点を追う九回は2死から左前適時打を放って1点を返したが、チームは敗れた。最後となった打席ではきっちりバットで仕事をし、社会人のユニホームを脱いだ。
引退後は4カ月間、育休を取得。翌年4月1日から東京ガスの営業マンとしての新たな生活が始まった。
「こんなにも社会で通用しないのか」
社会の厳しい現実を突きつけられた。
主な仕事は、新築マンションに設置する給湯器や床暖房の受注契約を扱う営業だった。仕事先ではあいさつやコミュニケーション能力など、野球の経験が生きることもあった。
しかし、ガスの専門知識を身につけるのには苦労した。
「ガス機器の知識が無いから、電話で聞かれても自分は『確認するのでお時間ください』ってワンクッション挟まないと対応できない。でも他の人はすぐに対応できるんです。『俺はこんなこともできないんだ』って毎日痛感しました」
職場の先輩の助けを借りながら、必死にこなす日々だった。
東京都内で取材した26年1月。スーツ姿の笹川さんはどこか吹っ切れた表情をしていた。営業マンとしての仕事を聞いていたところ、落ち着いた口調で驚きの言葉を口にした。
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