お笑い芸人で漫画家の矢部太郎さん(48)は今、ひとり出版社「たろう社」の運営に奔走している。昼は書店営業や本の発送を自らこなし、夜は漫画連載の執筆に追われる毎日だ。出版不況と言われる中でも、出版社を作ったのはなぜか。本人に一部始終を尋ねた。
――出版社を作ったきっかけは何だったのですか。
◆僕が漫画「大家さんと僕」を描いた頃、お父さん(絵本作家・やべみつのりさん)が「次は『お父さんと僕』を描いたら」と言って、誰にも見せずに描いていた絵日記を見せてきたことがあったんです。1970年代の東京で、僕の姉の「光子ちゃん」が生まれ、成長していく様子を毎日毎日、描き続けたノートは38冊にも及んでいました。
中を見て「すごいな」と思った。子どもがこの世界を体験していく過程のすべてを描き写そうとするかのような物量、熱量に圧倒され、これを出版したいと思ったんです。それで知り合いの出版社の方に話を持ちかけたのですが、ほぼ即答で「うちでは無理です」と断られてしまった。
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