サラリーマンら市井の人々の悲喜こもごもを笑いに変え、読者に毎朝、明るい気持ちを届けてきた東海林さだおさん。新聞の連載漫画を長年手がけてきた漫画家仲間から悼む声が相次いだ。
東海林さんの後を引き継ぎ、2015年2月から毎日新聞で朝刊漫画「桜田です!」(4月15日で3811回)を連載するいしかわじゅんさん(75)は、「自分で言うことでもないですが、毎日続けるのは大変。東海林さんが『アサッテ君』を1万3749回も描いたのは本当にすごいことです」とたたえる。東海林さんの作品については「日常生活の中でちょっとばかばかしいことを増幅して見せるやり方で、作品に東海林さんの個性がそのまま出ていたと思います」と話す。
東海林さんは早稲田大漫画研究会で、同世代の漫画家、園山俊二(1993年死去)、福地泡介(95年死去)らと共に高め合った。いしかわさんは「戦後の大人向けの漫画は、東海林さんや園山さん、福地さんら早稲田の漫画研究会が一つの流れを作り、ちょっと笑いがあって、センスの良い『ナンセンス漫画』と呼ばれる分野を開拓した。追随する人も出てきたが、東海林さんらが群を抜いていました」と高く評価する。
読売新聞朝刊で82年4月から「コボちゃん」を長期連載する植田まさしさん(78)は「新聞連載の大変さ、苦しさはとてもよく分かる。ライバル心はなく、ずっと『一緒に頑張っていこう』という気持ちでした」と振り返る。
東海林さんは植田さんの10歳上。2021年1月、「コボちゃん」が塗り替えるまで「アサッテ君」が一般全国紙の連載漫画として最長記録だった。節目の連載回数になった際は、互いに絵を描いて贈りたたえ合っていたといい、関係性について「『戦友』という表現がありますが、向こうは大先輩。言うなれば、上官と二等兵のような間柄」と言い表す。
東海林作品を「印象深いのは初期の頃の比較的長い漫画。ナンセンスギャグにキレがあり面白かった」と称賛し、「趣味で草野球をやっていると聞いており、お元気な印象だったので訃報には驚いた。心からお悔やみ申し上げます」と悼んだ。【高島博之、井上知大】