海水が約4メートルの高さで流れ込み、家が水上を流れ、多数の人命が失われた……。江戸初期にスペイン国王の使節として来日した航海家、ビスカイノが記録したのは今の岩手県大船渡市三陸町越喜来を襲った津波という▲徳川家康に謁見して国王からの西洋時計を贈呈し、沿岸測量の朱印状を得た。仙台で伊達政宗を訪ねた後、船上で遭遇したのが1611年の慶長三陸地震の津波である。ビスカイノは沈没を覚悟したが、助かった▲政宗が送った慶長遣欧使節は、スペインの技術で建造されビスカイノが指揮した木造帆船で太平洋を渡った。ローマ教皇と会見したのは4年後。ビスカイノは神の導きで津波から生き延びたと記録している▲明治、昭和、平成と大津波の被害を受けた三陸海岸。それ以前には平安時代の貞観地震と先の慶長の地震の記録がある。プレートの境界がある三陸沖で周期的に大地震が起きるのは宿命らしい▲20日夕にもマグニチュード7・7の地震で津波を記録し、「後発地震注意情報」が出された。15年前の東日本大震災を思い出し、眠れない夜を過ごした人も少なくなかっただろう▲東京でも長い周期の揺れを感じ、震度1以上を記録した地域は広範囲に及んだ。地震の規模に比べれば、被害は少なかったが、震源の周辺では地震活動が活発化しているという。「天災は忘れたころに……」とは逆に地震の記憶が語り継がれてきた地域である。わずかな確率とはいえ、普段より高まった後発地震への備えを万全にしたい。