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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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「こんな偶然」同級生と知った被爆者2人、NPT会議に合わせ渡米

佐久間邦彦さん=広島市中区で2026年4月17日午前11時9分、宇城昇撮影
佐久間邦彦さん=広島市中区で2026年4月17日午前11時9分、宇城昇撮影

 広島の同じ町で原爆の閃光(せんこう)と爆音に襲われたとき、赤ん坊だった2人に惨状の記憶はない。遠く離れた地で被爆者運動に尽力し、中学校の同級生だったと気付いたのは最近だという。27日から国連本部で始まる核拡散防止条約(NPT)再検討会議に合わせて渡米する被爆者の中に、同じ使命感を抱き、人生が交錯した2人もいる。

 原水爆禁止日本協議会(原水協)が派遣する代表団の一員で、名古屋市の金本(かなもと)弘さんと、広島市の佐久間邦彦さん。ともに81歳の2人は米軍が原爆を投下した1945年8月6日は生後9カ月で、広島市西部の己斐(こい)(現・同市西区)にいた。

 金本さんは日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)代表理事を、佐久間さんは広島県原爆被害者団体協議会(広島県被団協)理事長を務めている。

 数年前に日本被団協の会合で会った際、広島市内の中学校で隣のクラス…

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