横浜・阿部葉太×奥村頼人 笑えない選抜優勝と全てが詰まった夏
甲子園で数々のドラマを生み、名選手を輩出してきた名門に新たな歴史を刻んだ。昨春の第97回選抜高校野球大会で19年ぶりに優勝した横浜(神奈川)は、強烈な個性がぶつかり、高め合い、快進撃を見せた。
「YOKOHAMA」のユニホームを輝かせた前主将の阿部葉太(ようた)選手(18)と投打「二刀流」の奥村頼人(らいと)選手(18)は、どんな思いを胸に白球を追ったのか――。
春のセンバツも終わり、新年度を迎えた高校野球界では夏に向けたチーム作りが進んでいます。高校球児は日々、どんな思いで鍛錬を重ね、チームメートとどんな関係を築いているのでしょうか。GWにじっくり読んでいただきたい1本。今回は強豪・横浜高校で主将を務めた阿部葉太選手(現在は早稲田大)、エースで4番だった奥村頼人選手(現在はロッテ)の本音に迫ったロングインタビュー(26年3月公開)前編を再掲します。
「驚きなかった」2年生主将
――横浜の復権を印象付ける世代となった。明治神宮大会、選抜大会を制し、公式戦27連勝を記録。夏の甲子園は8強入りした。2人は今、口をそろえる。
阿部 もう一度、高校野球をやるなら、横浜に来ると思います。新チームになってからはすごく濃い時間を過ごせました。
環境や指導者、仲間にも恵まれました。夏はベスト8で終わりましたが、あれだけの試合ができたことは印象に残っています。
奥村 下級生の時は悔しくて、自分たちの代ではあんな思いをしたくないという一心でした。最後も悔しい終わり方でしたけど、3年間をやりきった。
高卒でプロに進むためにこの学校を選び、達成できました。もう一回選ぶとしても、この高校にします。
――阿部選手は愛知、奥村選手は滋賀出身。下級生の時から投打の軸だったが、結果が出ず、もがいた。
阿部 甲子園ってどれだけ遠い場所なんだと思っていましたね。毎大会のように試合終盤で逆転されました。シンプルに、勝てなかったのが苦しいというか……。とにかくチームがうまくいかない、どうしたら勝てるのかって、そこが大きかったですね。
3年夏の甲子園には地元の豊橋中央が初出場しました。友人がいっぱいいる中で、もし自分が甲子園に届かないままなら、どんな思いをしたんだろうと今になって思うことはあります。
奥村 (中学まで)一緒にやってきた仲間が甲子園に出ている姿も見ていましたし、地元に残った方が甲子園に出られたんじゃないかという思いもありました。焦りもありましたが、終わってみると、県外に覚悟を持っ…
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