昭和初期にアナキズム(無政府主義)に傾倒し、権力者の抑圧から解放を訴えたのが、長野県烏川村(現安曇野市)出身の文芸評論家、青柳優(ゆたか)(1904~44年)。アナキズムが抑え込まれても、北アルプスで「上高地温泉ホテル」の経営を親から引き継ぎながら、全体主義追随の文学界を批判し続けた。
アナキズムは差別や搾取を働く国や資本主義体制を否定。虐げられる労働者や農民を闘争主体とし、平等な個人の自由連合社会を目指した。その思想宣伝は文学、特に詩を手段とし、23年1月の詩誌「赤と黒」創刊から始まる。表紙には「詩人とは牢獄(ろうごく)の固き壁と扉とに爆彈(ばくだん)を投ずる黒き犯人である!」。25年3月に治安維持法が制定され思想統制が強まる。
青柳は早稲田大在学中にアナキズムに傾き、雑誌で理論を展開。「アナルコ・サンディカリズム」(革命的労働組合主義)の立場で、ゼネストなど直接行動による体制打倒を志向した。雑誌「黒色戰線(せんせん)」29年4月号で「障害の大きさは目的の高大に比例する。僅(わず)かな囘避(かいひ)も目的の質的下落を意味する」と訴えた。
この記事は有料記事です。
残り1856文字(全文2333文字)