松山市出身の俳人、正岡子規(1867~1902年)の業績を後世に伝える活動を続けた柳原極堂(1867~1957年)に関する展覧会が、同市の市立子規記念博物館で開かれている。極堂の生涯にわたる子規顕彰活動が分かる129点が並ぶ。6月8日まで。
極堂も松山市出身で子規と同い年。松山中学校時代に親しくなり、子規から俳句を学んだ。1897年、子規の俳句革新を支援するため俳句雑誌「ほとゝぎす」を創刊。新聞業界などで活躍した後、1943年には子規研究団体「松山子規会」を立ち上げた。夏目漱石と子規が過ごし、句会のため極堂も訪れたものの、45年に空襲で焼失した「愚陀佛(ぐだぶつ)庵」の再建など、子規の功績を次世代に語り継ぐ活動に尽力した。
展示では、愚陀佛庵で子規と過ごした後の自身の様子を「気力のぬけたる心地」と記した子規あての書簡や創刊に携わった「ほとゝぎす」(1~20号)などが並び、俳人としての極堂の姿が垣間見える。松山子規会の会誌からは、顕彰活動に注力していく様子がうかがえる。
4月24日、同博物館で関係者向け内覧会があり、説明した平岡瑛二学芸員は「『俳都松山』と呼ばれるのは、極堂が子規の顕彰活動を続けてきたからこそだ」と存在の大きさを説いた。観覧料は250円(65歳以上125円、高校生以下無料)。【狩野樹理】