「水俣の再生には…」違和感は確信に 次官はミシュランを訪ねた
環境問題に関わる仕事に就きたいと考え、1973年に旧環境庁に入った。国内のあらゆる環境政策の根幹となる「環境基本法」の制定(93年)や、日本を含む先進国に温室効果ガスの排出削減を義務づけた「京都議定書」の採択(97年)に携わるなど、環境行政の中枢を歩んだ。
その小林光さん(76)が水俣病問題を巡って抱いていたのは、ぬぐいがたい違和感だったという。一時金などの金銭的な補償はあっても、地域社会は立ち直れていないのではないか。「水俣は日本の高度成長の犠牲になった。『お国は栄えたけれど、水俣は犠牲になった』というのでは報われない」
水俣病の公式確認から70年。文化、医学、行政などさまざまな立場で水俣病に向き合ってきた人たちのインタビューをお届けします。
①俳優、竹下景子さんが伝える覚悟
②幻の47万人調査 元知事の虚無感
③決着したはずなのに 医師の嘆き
2008年、環境省の総合環境政策局長に着任し、水俣病と本格的に向き合うようになった。
当時、与党のプロジェクトチームが95年の「政治決着」に続く、未認定患者を対象とした新たな救済策を検討していた。
一定の症状があれば、被害者に一時金や療養手当などを支給する内容。同時に、原因企業チッソを患者補償会社(親会社)と事業会社(子会社)に分け、子会社の株式売却益を将来の補償に充てた上で親会社は清算する方針も打ち出した。
国会は民主党政権への交代前夜といった政治状況だった。小林さんは与野党議員の間を奔走した。09年7月、「あたう限りすべての救済」をうたう水俣病被害者救済特別措置法(特措法)が施行された。
小林さんがとりわけ重要と考えたのは、特措法に基づく救済方針とあわせて閣議決定された、水俣病発生地域の再生・振興を進める方針だ。
「水俣病は金銭だけで解決できる問題ではない」。事務方トップである次官になってからも水俣に何度も足を運んで…
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