作家の息づかいを本に落とし込みたい 祖父江慎さんが目指すもの
新しい発想で本の装丁やデザインに取り組み続けたブックデザイナー、祖父江慎(そぶえ・しん)さんが3月15日、亡くなりました。66歳でした。
型にはまらない発想の根底には、何があったのでしょうか。
日本の出版文化と共に歩んだその人生を、毎日新聞朝刊「私の記念碑」(2024年1月)の記事を再掲し、上中下の3回で振り返ります。
前中後編の後編です
前編:ブックデザイナーでも読むのは苦手
中編:くすぐったさを本にする
『坊っちゃん』だけで数百冊
ブックデザイナー、祖父江慎さんの東京・中目黒のデザイン事務所。本に囲まれた空間に、ひときわ目をひく棚があった。
幅約3メートル、高さ2メートル以上はある棚に夏目漱石の『坊っちゃん』だけがずらりと並んでいるのだ。まだつやつやと鮮やかな背表紙もあればすっかり日に焼けて茶色くなったものもある。
「原稿を原寸に起こしたレプリカもありますよ」と祖父江さんは言う。
漱石が初めて『坊っちゃん』を発表した雑誌『ホトトギス』(1906年)や、翌年に同作を収録した作品集『鶉籠(うずらかご)』、大正時代に初めて『坊っちゃん』というタイトルで発売された単行本も。そしてその後、さまざまな出版社から版が重ねられた幾冊もの『坊っちゃん』が続く。数百冊にはなるだろう。収集を始めて20年という。
一体なぜ、同じ小説をこんなにも集めるのか。
「漱石が小説の発表を始めた明治末期、まだ文字をどんなふうに組んで印刷するのか、はっきりと決まってなかったんです。時代に合わせて文字組みや記号の扱いがどのように変化していくのか、ひとつの作品を参考に追ってゆくとよく分かるんです」
例えば、漱石は文字組みでの「間」を大切にしていたという。原稿では「。……」と記したり、句点である「。」の後にスペースを入れていたりした。
初出の『ホトトギス』は原稿にほぼ忠実に組んだそうだが…
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