InMyLife・旅の途中で

言葉で、本屋で、背中押す 作家・落合恵子さん 未完の一本道

「このリンゴおいしいのよ」。クレヨンハウス東京店の店内に立つ落合恵子さん=東京都武蔵野市で、宮本明登撮影
「このリンゴおいしいのよ」。クレヨンハウス東京店の店内に立つ落合恵子さん=東京都武蔵野市で、宮本明登撮影

 自らの出生を「原点」と語る、作家の落合恵子さん(81)。

 婚外子として生まれたことで自身の役割を決めつけられることに居心地の悪さを感じ、幼い頃から「自分が自分である」ことを意識してきたといいます。

 大学卒業後は文化放送に入社。深夜放送に抜てきされると、「レモンちゃん」の愛称で一躍人気者になります。しかし、華やかな放送界で浴びるスポットライトには違和感がありました。

 各界で確かな足跡を残してきた方々に、人生という旅について語っていただく新連載「InMyLife・旅の途中で」。初回に登場いただくのは、作家の落合恵子さんです。
 前編:明るく軽やかに生きるため、闘う
 <主な内容>
 ・「鋼の自分」装う日々
 ・印税で「クレヨンハウス」
 ・性暴力を告発する女性を描く
 ・母を介護した7年の時間
 ・がん診断に「やっぱり」
 ・「悲観にも楽観にも傾かず」

なまりに悩んだ新人時代

<1967年、文化放送にアナウンサーとして入社。だが、出身地・栃木のなまりに悩まされていた>

 同期生は大学の放送研究会出身者ばかりで、入った時にはもうアナウンサーの基本をマスターしていた。実力のなさを実感しました。

 会社ではいつもレコード室に行って、山ほどレコードを聴いていました。自分でノートを作って、こういう番組の時はこの曲をかけるって勝手に頭の中で番組構成をしていました。後に番組を担当するようになった時、それが生きました。

 <69年、「走れ!歌謡曲」の日曜パーソナリティーに。その後、深夜放送の「セイ!ヤング」に起用され一躍人気者になった>

 レモンちゃんという愛称で呼ばれるようになり、「どうしよう」と思っていました。

 それまで私の中で、誰かを愛称で呼ぶことってなかったんです。アナウンサーを商品化しようとする会社としては当然のことだったんでしょうけど、ずっと納得できませんでした。

 本来の自分ではない形を、放送では見せていたんだと思います。どんなに傷つけられても傷つかない私。「私は鋼…

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