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水俣病公式確認70年 「公害の原点」教訓忘れず

静かな口調で水俣病に苦しんだ家族の話をする杉本肇さん=福島県いわき市で2023年11月26日午後1時19分、柿沼秀行撮影 拡大
静かな口調で水俣病に苦しんだ家族の話をする杉本肇さん=福島県いわき市で2023年11月26日午後1時19分、柿沼秀行撮影

 「公害の原点」と言われる水俣病が公式に確認されてから70年となった。だが、被害者の苦しみは今も続く。実態を直視してこなかった国と企業の姿勢が、救済を遅らせてきた。

 1956年、熊本県水俣市の幼い姉妹が言葉が出なくなるなどの重い症状で、新日本窒素肥料(現チッソ)水俣工場の付属病院に入院した。病院長が「原因不明の脳症状の患者が発生した」と保健所に届け出た。これが公式確認とされている。

 プラスチックなどの原料の製造過程で生じたメチル水銀が原因だった。工場排水に含まれた水銀が魚介類を汚染し、それを食べた人が神経疾患を発症した。妊娠中の女性の摂食によって被害は胎児にも及んだ。

 8歳の時、網元の祖父を失い、両親も認定患者だった漁師の杉本肇さん(65)は「初めて家族を亡くしたのが水俣病で、人を殺してしまう病気なのかと衝撃を受けた。親も命が危ないのでは、と不安になった」と振り返る。

成長のひずみが顕在化

水俣病公式確認から4年たった1960年4月当時の新日本窒素肥料(現チッソ)水俣工場 拡大
水俣病公式確認から4年たった1960年4月当時の新日本窒素肥料(現チッソ)水俣工場

 熊本大が「メチル水銀が水俣病の原因物質と考えられる」と発表したが、チッソは別の説を主張して反論した。国も規制に及び腰で、排水は止まらなかった。

 チッソが原因企業だと国が認めたのは、公式確認から12年もたってからだ。この間にも悲劇が繰り返され、65年には新潟県でも水俣病が確認された。

 被害が拡大した時期は、高度経済成長期と重なる。日本は重化学工業を中心とする産業への転換を急いでいた。石油化学工場からの煙による大気汚染で起きた四日市ぜんそく、鉱山から河川に排出されたカドミウムを原因とする富山県のイタイイタイ病など、ひずみが顕在化した。

 公害対策は政治課題となり、70年の臨時国会は「公害国会」と呼ばれ、14の関連法が成立した。これらの規制や補償、環境保全などを担うために発足したのが環境庁(現環境省)だ。

 だが、補償問題でも、国は被害を矮小(わいしょう)化してきた。公害健康被害補償法は「疑わしきは救済」を理念に掲げたものの、実態とはかけ離れていた。

 水俣病の認定患者は新潟を含めて約3000人で、申請件数の1割にも満たない。手足の感覚障害や運動失調など、原則として複数の症状があることを条件とする厳しい基準を設けたからだ。

 2004年の最高裁判決では、排水規制を怠った国の責任が認められた。未認定患者の救済策として一時金などを支払う措置が取られたが、国は対象者を居住地域で線引きした。被害者からは「同じ海の魚を食べたのにおかしい。一時金などを予算の枠内に収めるためなのか」との声も上がる。

国は早急に全面救済を

患者認定を求めた訴訟の控訴審判決で、訴えが棄却され厳しい表情で記者会見に臨む原告の(右から)西純代さん、緒方博文さん、原告団長の佐藤英樹さん=福岡市中央区で2026年4月23日午後3時40分、金澤稔撮影 拡大
患者認定を求めた訴訟の控訴審判決で、訴えが棄却され厳しい表情で記者会見に臨む原告の(右から)西純代さん、緒方博文さん、原告団長の佐藤英樹さん=福岡市中央区で2026年4月23日午後3時40分、金澤稔撮影

 救済から漏れた全国の1600人以上が今も集団訴訟を続けるが、平均年齢は74歳と高齢化が進んでいる。

 国が実態調査を怠ってきたことも問題である。5万人以上が一時金や医療費支給などを受けているが、被害の全貌は不明なままだ。

偏見や差別を恐れて長く名乗り出られなかった人もいる。国は早急に全面救済を図るべきだ。

 水俣病は、現代社会が抱える問題と地続きでもある。

 大量生産・消費を続けた結果、地球温暖化やプラスチックなどによる環境汚染が進み、人々の健康リスクとなっている。国立環境研究所の名誉研究員、柴田康行さんは「便利さの裏にある負の面をいかに幅広く把握して防ぐかは、今も大きな課題だ」と指摘する。

 中皮腫や肺がんなどを引き起こすアスベスト(石綿)の使用を国は長年放置し、作業員や工場周辺住民の被害が表面化した。発がん性が指摘され、各地で検出が相次ぐ有機フッ素化合物(PFAS)の問題でも、汚染源特定などに後ろ向きな姿勢は変わっていない。

 水俣病の反省は世界で共有され、水銀による健康被害や環境汚染の防止を目指す「水俣条約」が17年に発効した。ただ、途上国の金採掘の現場では、水銀の使用に歯止めがかからない。

 東京大の遠山千春名誉教授は「経済成長のしわ寄せは弱い立場の地域や人々に押しつけられる。水俣病はこうした構造的問題への警鐘でもある」と話す。

 健康被害と自然環境破壊の深刻さで類例を見ない惨事である。教訓を風化させてはならない。

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