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水俣病

1956年に公式確認され「公害の原点」といわれる「水俣病」。高度経済成長期に未曽有の被害と差別を生み、救済の訴えは今も続く。

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チッソ社長「あえて少し減らした」 あいさつの「水俣病」の表現

水俣病犠牲者慰霊式で祈りの言葉を述べる山田敬三・チッソ社長=熊本県水俣市で2026年5月1日午後2時48分、矢頭智剛撮影 拡大
水俣病犠牲者慰霊式で祈りの言葉を述べる山田敬三・チッソ社長=熊本県水俣市で2026年5月1日午後2時48分、矢頭智剛撮影

 熊本県水俣市で営まれた水俣病犠牲者慰霊式に参列したチッソの山田敬三社長は1日の式典終了後、報道陣の取材に応じ、式典で読み上げた今年の「祈りの言葉」について、「水俣病」という病名の表現を例年よりも「あえて少し減らした」と説明した。

 山田氏は、前回2025年の祈りの言葉で「水俣病の反省に立ち」などと計5回使ったが、今年は冒頭で式典名称として1回触れただけで、その他は「この反省に立ち」などと水俣病の表現を使わず読み上げた。

 報道陣から意図があるのかどうか問われた山田氏は「やはりメチル水銀中毒症と言っていただけると、水俣の方たちには、ちょっと地域貢献になるかどうか分かりませんが、そういう思いで、あえて少し減らした」などと述べた。

 山田氏は24年6月に社長に就任した。

 水俣病の名称を巡っては、1970年代に地元の商工会議所などが「病名が水俣のイメージを暗く悲惨なものと印象づけている」と主張して反対運動を展開し、患者や支援団体が猛反発。水俣病医療に尽くした医師の原田正純さん(故人)らが「医学的な『有機水銀中毒症』では人類が初めて経験した公害病を表現できない」として「水俣病」が妥当とする考えを示すなど論争を呼んだ。【諸隈美紗稀】

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