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水俣病

1956年に公式確認され「公害の原点」といわれる「水俣病」。高度経済成長期に未曽有の被害と差別を生み、救済の訴えは今も続く。

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水銀被害のない世界を 世代超え 願い一つ 水俣病公式確認70年 /熊本

緒方正実さん(左から2人目)ら語り部の会のメンバーらと面会した石原環境相(右)=熊本県水俣市で2026年5月1日午後3時33分、諸隈美紗稀撮影
緒方正実さん(左から2人目)ら語り部の会のメンバーらと面会した石原環境相(右)=熊本県水俣市で2026年5月1日午後3時33分、諸隈美紗稀撮影

 水俣病の公式確認から70年となり熊本県水俣市で犠牲者慰霊式が営まれた1日、石原宏高環境相は前日に続いて患者や関係団体と面会をした。水俣病の語り部や地元の高校生、経済界関係者らが思いを伝えていた。【諸隈美紗稀、野呂賢治】

高校生

 県立水俣高校の岩阪望央さん(3年)と本山典美さん(2年)が、石原環境相と面会した。2人は昨年11月にスイス・ジュネーブで開かれた「水銀に関する水俣条約」の第6回締約国会議(COP6)に参加しており、活動を報告して水俣の未来について語った。

 岩阪さんは、COP6で「水銀フリー社会」の認知度に関する調査結果を報告した経験を石原環境相に紹介。「知る、伝える、行動するというプロセスが、社会的な課題解決の基盤だと学んだ」と伝えた。岩阪さんが「将来は環境省で働きたい」と目標を語ると石原環境相や木村敬知事らが拍手で応えていた。

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