戸田恵梨香と制作陣が挑んだ“グレーな存在”細木数子「地獄に堕ちるわよ」
Netflixの日本オリジナルシリーズは、「地上波では不可能な表現」と評される作風で、独自の進化を遂げてきた。
実在の人物を描いた「全裸監督」「極悪女王」、社会の暗部に踏み込んだ「地面師たち」「九条の大罪」、あるいは 「サンクチュアリ 聖域」。
いずれも賛否を巻き起こしながらヒットを記録してきた。その系譜に連なる大型シリーズが「地獄に堕ちるわよ」である。
時代築いた占師の欲望と権力、生き方
本作は、占師として一時代を築いた細木数子をモデルに、昭和から平成にかけての日本社会を背景に、欲望と権力、そして「生き方」をめぐるドラマを描く。
主演の戸田恵梨香は、圧倒的な熱量でこの複雑な人物に肉薄し、その入魂の演技は強い印象を残す。最新技術で再現された昭和の街並みや空気感も緻密で、視覚的にも見応えがある。
「地獄に堕ちるわよ」という決めゼリフに象徴される強烈な言葉の数々も、本作の魅力のひとつだ。
親子丼を口にしながら「まっず。卵を産んでばかりいる鶏はダメね」と吐き捨てるようなセリフには、思わず苦笑してしまう毒とユーモアがある。戸田の神がかり的な役作りと相まって、ドラマ発の新たな“決めゼリフ”を生み出す可能性も十分にありそうだ。
評価二分の主人公どう描くか
一方で、細木数子という人物は強烈なカリスマ性で支持を集めるが、その言動やビジネス手法をめぐっては長年にわたり議論が続いてきた“グレーな存在”でもある。評価の分かれる実在人物を扱う点で、本作は「全裸監督」で描かれた村西とおるとも通底する。
賛否両論が起きることを前提に、あえて刺激的な題材に踏み込む。それがNetflixの一つの戦略であり、本作もその延長線上にある。
実際に、監督の瀧本智行は細木数子に対して「全く好意的な印象を持っていなかった」と明かし、当初はオファーを2度断ったという。それでも最終的に本作に参加した背景には、評価が二分する人物をどう描くかという創造上の挑戦があった。
プロデューサーの岡野真紀子は、その指針として「一方的に悪人として裁くことも、逆にウソで美しく見せることもしたくなかった」と語る。この方針は瀧本監督とも共有され、作品全体の軸となった。
矛盾をありのまま示すことで生じたもの
企画の原点には、細木自身による「女の履歴書」と、それを否定する溝口敦の「魔女の履歴書」という対立する二つの書籍があった。
両者を読み比べた岡野は、「どちらが真実なのか分からなくなった」と振り返る。だが同時に、そこに浮かび上がったのは、欲しいものを貪欲に手に入れようとする「あっぱれな生き様」だったという。
この解釈をもとに、本作は彼女の持つ、人を引きつける力と危うさの両面を、あえて矛盾ごと描き出していく。その結果、単純な善悪では割り切れない、揺らぎのある人物像が立ち上がる。
徹底した資料調査も、本作の土台を支えている。関連書籍や週刊誌記事など、入手可能な資料は徹底的に精査された。しかし、それらはあくまで素材であり、最終的な作品は「事実に基づくフィクション」として構築されている。
あっぱれな生き様と裏腹の危うさ
その鍵を握るのが、伊藤沙莉が演じる架空の人物「みのり」だ。
当初この題材に強い苦手意識を抱いていた瀧本監督は、「そのままでは自分はこの物語を語れない」と感じ、観客に近い視点を持つ存在として「みのり」を創り出した。経済的に困窮するライターである彼女は、きらびやかな細木の世界と対照的な位置に置かれる。
この二重構造、細木という“信頼できない語り手”と、観客の代弁者である「みのり」との対話が、物語に「何が真実なのか分からない」というミステリー的な面白さを加味している。
議論を尽くし、考え抜かれた本作の制作過程において、象徴的とも言える、こんなエピソードがある。
撮影に入る前の段階での最終話をめぐる脚本に対して、主演の戸田恵梨香から「このままでいいのか」という問題提起がなされ、対話が重ねられた。大枠の構成は維持されたものの、撮影直前までセリフの細部が調整され続けたという。
監督、プロデューサー、俳優の三者が納得できるラインを探る作業は、まさに綱渡りだった。最終的に目指したのは、「あっぱれだ」と感じさせながらも、その裏にある危うさを同時に見せること。この絶妙なバランスこそが、本作の核心となっているのだ。
戦後から平成を体現した存在
また、瀧本監督は制作を通して、彼女を単なる占師ではなく「戦後から平成を体現した存在」と捉えるようになったという。
焼け跡からのし上がり、高度経済成長期の男社会を生き抜き、バブル崩壊後の不安な時代に人々の心をつかむ。その軌跡は、日本社会の変遷そのものと重なる。そして、コンプライアンス意識の高まりとともに表舞台から姿を消していく過程すら、また時代の変化を映し出している。
もっとも、どのように解釈しようとも、実在し、しかも没後間もない人物を扱う本作には、大きなリスクが伴う。
瀧本監督は「たかがドラマ、されどドラマ」と語り、エンターテインメントでありながらも責任の重さを強く意識していたという。「どんな批判が来ても、『これが自分の作品だ』と言えるものにする」。その覚悟が、慎重に采配された作品のトーンを支えていることは間違いない。
共感できずともエネルギーに
一方、岡野プロデューサーは本作を「キャラクタードラマ」と定義する。必ずしも共感や好感を得られなくても、「この人の生き様を見届けたい」と思わせる強度を持った人物を描くこと。それがNetflix作品の本質だという。
細木数子の生き方は決して模範的ではない。しかし、その貪欲さや反骨精神は、見る者にある種のエネルギーを与える。岡野は「見終わった後に、少しでも明日の活力になれば」と語る。
「地獄に堕ちるわよ」は、断罪でも美化でもなく、その両義性ごと引き受けることで娯楽として描ききっている。この極めてNetflixらしい野心と挑戦に満ちた本作を、視聴者がどう受け取るのか。(今祥枝)
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