正義が揺らぐ災害時 「防災の倫理」と“成解”の可能性

「防災の倫理」について語る京都大の児玉聡教授=京都市左京区で2026年4月9日、村田貴司撮影
「防災の倫理」について語る京都大の児玉聡教授=京都市左京区で2026年4月9日、村田貴司撮影

 ブレーキの利かなくなったトロッコが線路を走っている。進行方向に5人の作業員がいる。別方向には1人だ。あなたはトロッコの進路を切り替えられる立場にいる。そのまま5人の死を見過ごすか、1人はやむなしと犠牲にするか――。

 倫理学などで議論される思考実験「トロッコ問題」の一場面だ。設定の非現実性に批判もある。しかし、似た構図のジレンマは現実にも存在する。災害現場では、限られた時間や資源の中で誰を優先するのか、厳しい判断を迫られることがある。

 防災や哲学の研究者ら21人が寄稿し、2026年1月に刊行された「防災の倫理」(ナカニシヤ出版)。地震や津波などが相次ぐ災害大国に生きる私たちがとるべき振る舞いを、多角的に考察する一冊だ。「防災の倫理」は命を巡る、語りづらいが無視できない問題をはらむ。編者を代表して、京都大の児玉聡教授(生命倫理)に聞いた。

命の優先を迫る現実、トリアージ

 一大ブームとなったNHKの教養番組「ハーバード白熱教室」で米国の政治哲学者、マイケル・サンデル氏が講じ、トロッコ問題は広く知られるようになった。倫理学で「功利主義」と「義務論」と呼ばれる立場の対立を扱う際に、しばしば取り上げられる。しかし、防災の現場では、比喩や例示にとどまらず、現実の問題として立ち現れる。典型例が「トリアージ」だ。

 災害や大事故の際、負傷者の状態に応じて、治療や搬送の優先順位を決める。人材や設備など限られた医療資源のもと、より多くの命を救うために求められる判断だ。結果として命の優先順位を定めることになる。

 児玉さんは「私たちは普段、『他人に親切にしましょう』という通念の中で生きています。しかし、有事には平時とは違った行動指針を突きつけられます」と解説する。例えば、医療の現場に当てはめてみる。「医療関係者は普段、来院した患者さんから順に診療をしたり、全員の命を助けようと努力したりします。一方、緊急時には『全員は助けられない』という前提に立ち、日常のルールに逆らってトリアージのような対応をとる必要が出てきます」

「津波てんでんこ」の教えとは

 ジレンマに苦しむのは、消防士や救命医など特定の職種の人たちだけではない。一般市民も「防災の倫理」にいや応なしに直面することがある。

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