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水俣病

1956年に公式確認され「公害の原点」といわれる「水俣病」。高度経済成長期に未曽有の被害と差別を生み、救済の訴えは今も続く。

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水俣の爪痕 紙面で伝え 福岡・大濠高新聞部 現地に取材、患者の声聞き /熊本

水俣病の取材を続ける意義を話す熊谷大吉さん(前列中央)ら大濠高新聞部員。同左は新聞部OBの大坪和真さん=福岡市中央区で2026年4月23日、金澤稔撮影
水俣病の取材を続ける意義を話す熊谷大吉さん(前列中央)ら大濠高新聞部員。同左は新聞部OBの大坪和真さん=福岡市中央区で2026年4月23日、金澤稔撮影

教科書で覚える一単語で終わらせない…

 高度成長期に甚大な被害を生み「公害の原点」と呼ばれる水俣病の公式確認から1日で70年がたった。その実相を知り、伝えていこうと、福岡市にある福岡大付属大濠高の新聞部員が取材を重ねている。水俣病を教科書で覚える単語の一つに終わらせないために。【山崎あずさ】

先輩から後輩へ

 新聞部は学内新聞「大濠新聞NEXUS(ネクサス)」(A4判カラー、16ページ)を年4回、各号約3000部発行している。創刊は1956年3月で、今年で70年の伝統がある。現在1~3年の29人が所属し、代々の部員は校内や学校周辺の話題のほか、東日本大震災や熊本豪雨の被災地、被爆地などに出向いて社会課題も取り上げてきた。

 水俣病の取材は2023年に始めた。その年の夏、鹿児島市で開かれた全国高校総合文化祭(新聞部門)に出席し、帰りに熊本県水俣市に降り立った。

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