その博物館に向かって進むと、珍しい名前の付いた交差点が次々と現れてくる。「伊達政宗陣跡」「前田利家陣跡」「加藤清正陣跡東」――。国の特別史跡「名護屋城跡」に隣接する「佐賀県立名護屋城博物館」(同県唐津市)に至る光景は、ここが日本の「中心」だったことを示す。
名護屋城は、豊臣秀吉が朝鮮半島に大軍を送った文禄・慶長の役(1592~98年)に合わせて1591年に築城が始まり、7年間にわたり大陸侵攻の拠点となった。面積は約17ヘクタールと当時は大坂城に次ぐ規模を誇り、周囲には諸大名の陣が約160カ所築かれた。商人や職人なども訪れ、全国から20万人超が集まったと言われる。
城跡の隣にある博物館は1993年10月に開館。常設展示室と企画展示室、ホールなどがあり、発掘・研究や、展示などを担う。この地の経緯を踏まえ、日本列島と朝鮮半島の交流史を原始・古代から近現代まで紹介しているのも特徴的だ。
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