特集
広島・長崎原爆
1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。
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「原爆の図」美術館ピンチ 資金難でリニューアルに暗雲
2026/5/6 06:30 -
長崎原爆写真展の学生ガイド育成へ 「伝える会」設立、継承に力
2026/5/2 14:16 -
被爆70年後の肺がんから原爆由来のウラン 研究の専門家が講演
2026/4/30 07:45 -
「焼き場に立つ少年」など 国連本部で原爆展 核の衝撃を写真で
2026/4/29 09:03 -
「歩ける私が行くしか」 NPT再検討会議に参加 82歳の覚悟
2026/4/27 16:28 -
「核兵器は悪魔の凶器」 被団協代表・田中さん、日本に危機感も
2026/4/27 14:30 -
83歳がNYで「一歩」へ 折り鳩に込める希望と原爆の理不尽
2026/4/26 06:30 -
「こんな偶然」同級生と知った被爆者2人、NPT会議に合わせ渡米
2026/4/25 20:44
もっと知りたい
連載
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思いつないで・被団協ノーベル平和賞
被爆者たちの思いをどうつないでいけばいいのでしょうか。日本被団協へのノーベル賞授賞式を前にさまざまな分野で活動する人たちに語ってもらいました。
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あの日の記憶・毎日新聞所蔵写真から
米軍による原爆投下から80年。毎日新聞記者が撮った貴重な記録写真を紹介します。
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ヒロシマ・ナガサキ80年
米軍による原爆投下から80年。被爆後、広島と長崎を離れて各地で暮らす被爆者を訪ね、80年の半生や今、伝えたい思いを聞きました。
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ヒロシマの座標軸
平和報道を専門とする宇城昇記者のコラムです。広島の人や場所、物、紡がれてきた物語に触れ、感じたことをつづります。
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ヒバクシャ
核被害の悲惨さを訴え続ける被爆者の声に耳を傾け、平和と核廃絶を求める思いを伝えます。
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証言・被爆80年
長崎原爆被災者協議会が被爆者の証言動画をユーチューブで公開する企画を開始。被爆者が語った体験やメッセージを紹介します。
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「八月十日の長崎」ルポ
毎日新聞デジタルの「「八月十日の長崎」ルポ」ページです。最新のニュース、記事をまとめています。
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広島原爆アーカイブ
1945年8月6日午前8時15分、人類史上初の核攻撃で破壊し尽くされた広島。その3日後、毎日新聞記者が撮った原子野の光景は、「核廃絶の原点」として後世に残さなければならない記録となった。「広島原爆アーカイブ」は広島原爆を撮った所蔵写真を順次公開していきます。
新着記事
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「原爆の図」美術館ピンチ 資金難でリニューアルに暗雲
2026/5/6 06:30 1072文字画家の丸木位里(いり)(1901~95年)、俊(とし)(12~2000年)夫妻が原爆の惨禍を描いた連作「原爆の図」を展示する埼玉県東松山市の「原爆の図丸木美術館」が資金難となり、緊急支援を呼びかけている。 開館60年となる27年のリニューアルオープンに向けて長期休館し改修工事中だが、物価高による工
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長崎原爆写真展の学生ガイド育成へ 「伝える会」設立、継承に力
2026/5/2 14:16 633文字長崎原爆の写真展を案内する学生ガイドを育てようと、「長崎平和推進協会写真資料調査部会」の草野優介さん(38)が、新たな団体「原爆写真を伝える会」を設立した。座学の数をこれまでより増やし、継承に力を入れる。【尾形有菜】 調査部会は1979年、長崎の被爆者6人が前身の団体を設立。長崎原爆の日(8月9日
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被爆70年後の肺がんから原爆由来のウラン 研究の専門家が講演
2026/4/30 07:45 778文字広島で入市被爆してから70年後の女性の肺がんの組織内で原爆由来とみられるウランが放射線を出しているのを確認したとする論文を発表した高辻俊宏・長崎大名誉教授(放射線生物物理学)が、長崎市で講演した。高辻さんは、放射線を検出した周辺で異常な球体が見つかったとして「内部被ばくによって肺の組織がダメージを
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「焼き場に立つ少年」など 国連本部で原爆展 核の衝撃を写真で
2026/4/29 09:03 417文字核拡散防止条約(NPT)再検討会議を開催している米ニューヨークの国連本部で、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)による「原爆展」が開かれている。 被爆者の苦しみと核兵器の恐怖を、写真や図表で分かりやすく伝えている。 会場は国連本部の1階ロビーで、英語の解説を記した約50枚のパネルを展示。原爆投
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「歩ける私が行くしか」 NPT再検討会議に参加 82歳の覚悟
2026/4/27 16:28 1273文字5年に1回開かれ、核軍縮などの道筋を話し合う核拡散防止条約(NPT)再検討会議に、長崎県内から被爆者の川副忠子さん(82)=長崎市=が参加する。「私は動ける。核の恐ろしさは語らないと伝わらない」。核廃絶を訴えてきた被爆者たちが第一線から少しずつ退いていく中、川副さんは渡米前、覚悟を口にした。 川副
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「核兵器は悪魔の凶器」 被団協代表・田中さん、日本に危機感も
2026/4/27 14:30 1997文字被爆者の立場で核兵器廃絶を訴えて2024年にノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)の田中煕巳代表委員(93)が3月、埼玉県所沢市の所沢まちづくりセンターで講演した。テーマは「核兵器のない平和な未来へ 次世代へのメッセージ」。田中さんの訴えに耳を傾けた。【高木昭午】 ◇「危
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83歳がNYで「一歩」へ 折り鳩に込める希望と原爆の理不尽
2026/4/26 06:30 2460文字母親が亡くなる時、4歳の妹は母の死を怖がり、呼んでも近づこうとしなかった。 「ああ、死ぬんだな」。7歳だった少女は死の床にある母親を見つめながらそう思った。「母親が死ぬ」とはどういうことなのか、まだ理解できていなかった。 1951年1月。広島への原爆投下から5年5カ月がたっていた。 原爆から生き延
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「こんな偶然」同級生と知った被爆者2人、NPT会議に合わせ渡米
2026/4/25 20:44 1316文字広島の同じ町で原爆の閃光(せんこう)と爆音に襲われたとき、赤ん坊だった2人に惨状の記憶はない。遠く離れた地で被爆者運動に尽力し、中学校の同級生だったと気付いたのは最近だという。27日から国連本部で始まる核拡散防止条約(NPT)再検討会議に合わせて渡米する被爆者の中に、同じ使命感を抱き、人生が交錯し
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「遺志受け継ぐ」 原爆で犠牲の米捕虜を調査の森重昭さん悼む
2026/4/24 21:20 847文字広島原爆で犠牲となった米兵捕虜を独自調査で明らかにした歴史研究家で、14日に88歳で亡くなった被爆者の森重昭さんのお別れの会が24日、広島市中区の広島国際会議場で開かれた。被爆者ら約150人が参列し、森さんの功績をしのんだ。 森さんは広島市で生まれ、8歳で爆心地から約2・5キロで被爆。会社勤めの傍
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戦争と原爆に翻弄された女性の悲哀 名作放送劇を舞台に 広島
2026/4/23 11:15 1089文字戦争と原爆に翻弄(ほんろう)された女性の悲哀を描いた放送劇の名作が、舞台劇となって広島で披露された。埋もれさせてはならない作品に光を当てたのは、演劇を通じて60年以上も親交を続けてきた同窓生らの力だった。 広島県福山市出身の劇作家、小山祐二(1904~82年)がラジオドラマとして執筆した「神部ハナ
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八女の原爆残り火 ハワイで来月点灯 融和と平和を願い 禎子さんの遺族が計画 /福岡
2026/4/21 05:01 430文字八女市でともされ続けている広島原爆の「残り火」が5月、真珠湾攻撃のあった米ハワイで開かれる式典で点灯される。広島市の「原爆の子の像」のモデルとなった佐々木禎子さんの遺族が、日米融和と恒久平和を願って計画した。 式典は5月24日、真珠湾攻撃の関連施設で開かれる予定。原爆投下を命じたトルーマン元米大統
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米国などのイラン攻撃批判も 長崎・平和宣言起草委員会の初会合
2026/4/19 18:30 425文字長崎原爆の日(8月9日)の平和祈念式典で長崎市長が読み上げる平和宣言の起草委員会の初会合が19日、長崎市の長崎原爆資料館であった。被爆者らの委員が、米国とイスラエルのイランへの攻撃を批判し、核兵器増強など世界の軍拡の動きに危機感を示すべきだとの意見が相次いだ。 被爆者団体「長崎原爆被災者協議会」の
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被爆から「70年後も内部被ばく」確認 長崎大など研究グループ発表
2026/4/18 17:00独自 924文字長崎大大学院の七條和子客員研究員らのグループは、広島原爆投下後に入市被爆して2015年に死亡した女性の肺がんの組織内で、原爆由来とみられるウラン粒子の放射線を検出し、粒子周辺部分で異常な球体を確認したとする研究結果を発表した。研究グループは、女性が爆心地近くに入って吸い込んだウラン粒子が体内に残留
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すったイモ塗った81年前 岐路立つ世界に「核も戦争も許せぬ」
2026/4/18 15:00 2085文字父は熱線で焼かれ、家族には三つの金具だけが残された。「最年少の被爆者」はその苦しみを、分水嶺(ぶんすいれい)にある世界で語り継ぐ――。 核軍縮などの道筋を話し合う核拡散防止条約(NPT)再検討会議が27日、米ニューヨークの国連本部で始まる。過去2回の会議は最終文書を採択できずに決裂し、NPT体制は
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セーターが語る「苦しみ」 被爆者援護法ない時代、編み物で生計
2026/4/15 11:39 1016文字長崎で被爆して下半身の自由を失いながら、被爆者運動に尽力した渡辺千恵子さん(1993年に64歳で死去)の編んだセーターが見つかった。被爆者の援護施策がない時代に、編み物を売るなどして生計を立てた渡辺さん。「どんな思いで編んでいたのか想像してほしい」。親交のあった知人がそう話すセーターは、長崎原爆被
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会ったことのない曽祖父の体験 映像作品でつなぐ広島の記憶
2026/4/12 10:15 1153文字建物の中は薄暗く、窓ガラスが割れて鉄扉は湾曲し、人を拒むような重苦しい雰囲気に圧倒された。最大規模の被爆建物「旧広島陸軍被服支廠(しょう)」(広島市南区)の赤れんが倉庫に立ち入ったのは、曽祖父の体験を元にした映像制作のためだった。「曽祖父を守ってくれた建物だと思うと、なんだか温かみを感じた」と振り
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ヒロシマの座標軸
名もなき主人公たちの秘話 記録を歴史に刻む責務
2026/4/12 06:00 1530文字「『書かずには死ねない』案件が一つ片付きました」。苦笑マークが付いたメッセージを受け取ったのは昨年末だった。 差出人はジャーナリストの佐田尾信作さん。新著「陸戦隊と暁部隊 ヒロシマの秘史を追う」(集英社新書)の刊行案内だった。 佐田尾さんは1957年島根県生まれ。中国新聞社で論説委員などを歴任し、
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ナガサキ平和リレー
/361 ろうあ被爆者の声、継承へ /長崎
2026/4/9 05:02 1202文字ろうあ被爆者の声を聞き取り、機関誌や紙芝居などで伝えてきた全国手話通訳問題研究会(京都市、全通研)長崎支部。40年以上にわたる活動は今春、新たな聞き取りをいったん終えた。体験を語れる被爆者が少なくなったからだ。今後は聞き取った被爆体験を多くの人に継承していきたいとしている。 全通研は1974年に立
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長崎で被爆体験伝え約30年、元小学校教諭の山川剛さんが引退
2026/4/8 19:27 1208文字約30年にわたり、長崎原爆で被爆した体験を修学旅行生らに語ってきた元小学校教諭の山川剛(たけし)さん(89)が、高齢と体調不良を理由に3月で証言活動を引退した。原爆投下から80年が過ぎ、被爆地で「記憶のある証言者」に直接話を聴く機会が細りゆく。 国民学校3年生だった8歳の時、爆心地の南約4・3キロ
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戦前の長崎をAIで再現 記憶継承へ、高校生がカラー写真集作成
2026/4/7 13:30 670文字長崎県立長崎東高(長崎市)の生徒9人が、戦前の長崎の人々の日常を写したモノクロ写真を人工知能(AI)技術を使ってカラー化し、写真集「あの日に色がさすとき」を作った。生徒は「カラーにすることで当時の情景がよりイメージしやすくなる。戦争で失われた日常について、現代に生きる私たちが自分のこととして考える
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