第三章 世界を見据えて
社会とともに夢に向かって(二)
昭和四十九年(一九七四年)二月、京セラの株式は東京、大阪の両証券取引所とも二部から一部に指定替えされた。
翌年の九月には株価が二千九百九十円をつけ、長くトップの座にあったソニーを抜いて日本一となる。時価総額が日本一になったわけではないが、株価が高いことが一流企業の証明であるのは間違いない。
優良企業ランキング、名経営者ランキングなどに京セラと稲盛和夫の名前が並ぶ時代がやってきたのだ。
この記事は有料記事です。
残り1074文字(全文1294文字)
投稿にはログインが必要です。
注目コンテンツ

